第三十一話「近衛騎士団長」
「ぐぁ!?」
「へぶし!?」
「……やり過ぎ」
走りながら次々と城内の兵士を気絶させていく。
「ジョアンにどうにかさせれば大丈夫だろう」
心配するブレアにあっけらかんと答えるスレッド。たとえ問題になってもジョアンを皇帝にして犯罪で無いと明言させればいい。別に殺しているわけではないし、問題ないだろうとスレッドは考えていた。
しかし、ミズハとブレアは楽観的に考えていなかった。確かにジョアンが皇帝になれば問題ないが、ブッシャルが権力を握ったら自分達は追われる立場になる。
廊下を走る。無骨な廊下を走っていくと、広間へと辿り着いた。
「そこまでだ」
そのまま広間を通り抜けようとした瞬間、男の声が三人の歩みを止めた。
広間の奥から一人の兵士が現れた。
がっしりした身体に所々に傷のある鎧を纏っている。両手で巨大な棍を持ち、スレッド達に向けて構えている。
視線はスレッドに注がれ、凄まじい覇気が放たれていた。その覇気を受け、スレッドも覇気をぶつけて対応する。
「これ以上の狼藉は許さんぞ、侵入者め!!」
広間に険悪な雰囲気が流れる。今にも戦闘が始まりそうだ。
「これまでの兵士とは違うようだな」
「確かに。断然いい男だ」
「カッコいい」
スレッドと女性陣とで大きな認識の違いがあるようだ。
ミズハとブレアが言うように、目の前の男はイケメンだった。切れ長の目に茶色の短髪、整った顔立ちは男の敵に相応しい。スレッドも内心では不機嫌になっていた。
女性陣の言葉を聞いて、一瞬嬉しそうな顔をした男であったが、直ぐに表情を引き締めて棍を構える。
「俺は近衛騎士団団長ヨルゲン・ブルーニ。尋常に勝負!!」
ヨルゲンは相手の答えを聞くことなく、棍を振りかぶって襲いかかってきた。
振り下ろされた棍はその重量によって攻撃力を増していく。
「喰らえ!!」
棍がスレッドに向かって振り下ろされる。巨大な棍は地面に接触した瞬間、クレーターを作るように巨大な穴を生み出した。
素早く回避したスレッドは体勢を整え、ヨルゲンに向かって攻撃を開始した。右の拳でヨルゲンの脇腹に打ち込んだ。
「はあぁぁ!!」
これまで相手をしてきた兵士とは格が違う。それを感じ取ったスレッドは最初から全力で攻撃した。
「ふんっ!!」
「なっ!?」
全力で叩きこんだ拳があっさりと受け止められてしまう。多少は鎧がへこんだものの、ヨルゲン自身にはあまりダメージが通らなかった。
直ぐに気を取り戻し、後方へ下がる。直前までスレッドがいた場所を棍が横薙ぎに通過した。
「はあ!!」
力を溜め、壁際に追い詰めたスレッドに攻撃する。このまま直撃すれば、身体が粉々になってしまう。
物凄いスピードで迫る棍に対して、スレッドは紋章術で回避する。足裏に紋章を展開して移動すると同時に横から棍に拳を放つ。
衝撃に身体を取られ、体勢を崩すヨルゲン。棍が横に振られ、遠心力でヨルゲンの身体が引っ張られる。
ヨルゲンの左側に立ったスレッドは、相手の左腕に向けて強烈な蹴りを放つ。
「ぐっ!!」
左腕に鈍い痛みを受け、表情を歪める。だが、完全に体勢を崩すことはなかった。
すぐさま体勢を整え、棍を強く握りしめる。だが、左腕にダメージが残っている為、棍が軽く揺れている。
「ふう。さすが団長というだけある」
「ぬかせ。貴様こそ侵入者にしてはなかなかやるようだな。だが!! ジョアン様に害なす者は何人たりとも俺が排除する」
「ん? ちょっと待て」
ヨルゲンの発言に疑問を感じる。
目の前にいる兵士は宰相派の妨害だと今まで考えていた。このタイミングで襲いかかってくる者など宰相派以外の何物でもない。
だが、今のセリフではジョアンの敵ではないようだ。
「問答無用!!」
「だあー!! だからちょっと待てって!!」
スレッドは戦闘停止を要求するが、ヨルゲンは気合い十分に挑んでくる。
仕方なくスレッドは実力でヨルゲンを止めに掛かった。
ヨルゲンは棍をスレッドに向かって突いてくる。その攻撃に向かってスレッドは前進する。その動きにヨルゲンは驚いた表情を浮かべる。
今までヨルゲンの突きに向かって前進した者はいない。殆どの者が横に回避するか、後方に下がっていた。ヨルゲン自身攻撃力の高さは自覚していたし、その威力を前に前進してくるなど考えていなかった。
だが、スレッドは余裕の表情で前進する。そこには自棄になったといった類の表情はなかった。
スレッドは身体を横にずらし、紙一重で棍を回避する。棍に軽く拳をあて、突きの軌道をずらす。
全力で突きを入れたヨルゲンは直ぐに棍を引き戻せない。棍に引きこまれるように重心が移動し、ちょっとした衝撃で体勢を崩してしまう。
「ぐふっ!!」
体勢を崩したヨルゲンの脇腹に拳を入れる。今度は先ほどとは違い、鎧ごと脇腹にめり込んだ。
体勢を崩したことによりヨルゲンの身体から力が抜け、ダメージが通ったのだ。
「ブレア、水!!」
「オッケー」
スレッドの指示にブレアがすぐさま対応した。
水の紋章を展開して、スレッドとヨルゲンの上に水の塊が産み出される。塊の表面はゆらゆらと揺れており、触ったら落ちてきそうだ。
そして、塊は二人に浴びせられた。
『うおっ!?』
二人とも水で身体を濡らし、それまでの戦闘の熱が一気に冷めてしまった。
「おい、ブレア!! 俺までかけてどうする!!」
「失敗、失敗……テヘ」
舌を出して、ウインクする。無表情でやっているので、どうしても違和感を否めない。ついつい怒りを忘れてしまいそうだ。
ブレアのおちゃめな姿に、色々な感情が吹っ飛んでしまった。
「そうか。君達がジョアン様の雇った冒険者だったのか」
落ち着いたヨルゲンに事情を話し、なんとか理解を得た。
どうやらヨルゲンは宰相派の人間に騙され、スレッド達が侵入者であると唆され、排除するように上から指示されたようだ。
それをまんまと信じてしまい、広場で待ち構えていた。
真実を知ったヨルゲンは怒りで身体を震わせていた。
「おのれ!! ブッシャルめ!!」
「いいから落ち着け。また騙されるぞ」
直ぐにでもブッシャルの元に飛び込んで殺害しそうなヨルゲンを落ち着かせる。再びブレアに水を頼もうとすると、ヨルゲンは慌てて頭を横に振った。
大量の水は結構効いたようだ。
「ジョアンは無事なのか?」
「あ、ああ。ジョアン様は自室に軟禁されていたんだが、部屋からいなくなったらしい。俺はその知らせを受けた後に侵入者の一報を聞き、ジョアン様の安全を確保するために探していたところだ」
「そこで俺達にあった、と。そりゃあ俺達を敵だと考えるわな」
怒りに我を忘れかけたヨルゲンは、ミズハに尋ねられてうろたえる。どうやら綺麗な女性に話しかけられて動揺したようだ。
バルゼンド城には女性が殆どいない。メイドも最小限に抑えられ、勤めているのが殆ど男であり、兵士である。
若い頃から兵士として頑張ってきたヨルゲンには、女性への免疫が少ない。
「ここであれこれと考えていたら、日が暮れてしまう。今はとにかく急ごう。ヨルゲン、あんたはどうする?」
「……襲っておいて言うのは心苦しいのだが、俺も連れて行ってくれるか? 俺だけではおそらく宰相派の策に乗せられてしまうだろう」
「確かに。あんたは単純そうだ」
「なにーー!!」
「もう一回、いっとく?」
ヨルゲンを軽くからかいながら、四人はジョアンの元へと向かっていった。