第三十話「それぞれの思惑」
魔物化した兵士を倒した三人はこれからどうするべきか話し合っていた。
「これからどうする、スレッド?」
「うーん……」
腕を組んで考えるスレッド。どうするべきなのか、ついつい悩んでしまう。
兵士を殺した証拠を消し、このまま見付からずに城を脱出すれば、問題ないかもしれない。更に国境を越えれば万全だ。
冷静に判断するならば、逃げるべきである。
だが、このままジョアンを助けず、宰相派に謀殺されれば報酬は貰えない。国境を越えても指名手配されれば危険な事には変わりない。
第一牢屋を脱獄したのだ。時間が経てば経つほど危険が迫ってくる。
ならば、答えは一つである。
「助けよう」
「……だな」
握り拳を高く掲げ、高らかに宣言するブレアに苦笑する。
ジョアンを助け、皇帝にさせる。そして、スレッド達の罪を全てチャラにさせる。そうすれば全てが解決する。
かなり無理のある作戦だが、今はこれに賭けるしかない。
「なら急ごう。状況からしてあまり時間がないだろう」
兵士達はスレッド達を逃がした後、おそらくブッシャルへと報告に行く予定だったのだろう。その報告を受けて、ジョアンに罪をかぶせる。
脱走幇助で死刑は無いだろうが、軟禁されるだろう。そして自殺など何かしらの理由をつけて謀殺する。
後は時を待って権力をその手中におさめればいい。それが一番簡単だ。
「よし、ジョアンを探そう」
「ああ!!」
「おー」
まずはジョアンを探すため、三人は城の奥へと進んでいった。兵士に見付からない様に気配を消しつつ。
スレッド達がジョアンの自室を目指していたその頃。
自室に軟禁されていたジョアンは、どうやって父親である皇帝に会うかを考えていた。
(正面から向かっても、兵士に抑えられている)
道順を思い浮かべる。一番近い通路を使えば数分で行けるが、どう考えても待ち伏せがあるだろう。ジョアンの力だけでは突破することは難しい。
(……遠くても、回り込むしかないか)
部屋の片隅に置いてある片手剣を手に取り、鞘から抜いた。
その剣の刃はとてつもなく綺麗だった。くすみも無く、刃毀れもしていない。まさに見た目だけなら名剣と呼ぶにふさわしい。
「まさかこれを使う日がくるとは……」
苦笑いを浮かべながら輝く刃を見つめる。その眼には懐かしさが見て取れる。
この片手剣は、父である皇帝フィカルドから与えられ、この剣を使用して稽古をつけてもらっていたものである。
共に過ごした日々を思い出す。
バルゼンド帝国の皇族には、代々受け継がれる高い動体視力を有している。初代皇帝は四方からの攻撃を難なく回避し、降り注ぐ矢を全て避けながら進んでいったと言われている。
皇族として生まれたジョアンであったが、彼は運動神経が全く良くない。事あるごとにフィカルドが稽古をつけたが、強くなることはなかった。一応受け継がれた動体視力を持ち、フィカルドに後一歩まで迫ったことがある。だが、一度も勝つことは出来なかった。
自分程度の実力では戦場に出ることは無いと思っていた。そんな自分がジョアンよりも強かった父を助けるために戦いに向かう。
そんな状況に笑いが込み上げてきた。
「…………よし!!」
決意を固めて、ジョアンは扉へと手を掛けた。
「……ピー!!」
「何だ!?」
突然窓から部屋に入り込んできた鷹。いきなりのことにジョアンは驚き、持っていた片手剣を構える。
その構えはそれなりに様になっていた。
入り込んできた鷹は、部屋の上空を一回旋回した後、床に降り立った。そして、鷹は全身が光り輝いた。
光り輝いた鷹はその姿を変化させ、見覚えのある姿がそこに現れた。
「ワウ!!」
「ッ!? ライア!!」
現れたのは、別行動を取っていたライアだった。
ライアはブッシャルに捕まる寸前に姿を消し、鷹に変化して城を窺っていた。その後、スレッドの指示を受け、ジョアンのサポートをするためにここまでやってきた。
そして、もう一つ目的が。
「ガウ、ガウ!!」
「これは…………」
ライアがジョアンに見せた物、それはライアがスレッドから預かっていた『皇帝の証』である。
あの時点ではジョアンが証を持っていた。しかし、ブッシャル達が現れるとスレッドはジョアンの懐から証を取り出し、ライアに預けた。そうすることでブッシャルに証を奪われることはない。
実際にブッシャルは徹底的に身体検査を行なったが、証は見付からなかった。
ジョアンはライアから証を受け取り、強く握りしめた。
「ありがとう」
「クゥゥン……」
窓から差し込む光で輝く銀毛を撫でる。ライアは気持ちよさそうに大人しく撫でられていた。
「ライアがいれば、心強いよ」
「ガウ!!」
心強く吠えるライアに頷き、準備を整えたジョアンは皇帝の部屋に向かった。
宰相ブッシャルの部屋は城の中で一番といっていいほど豪華な造りとなっている。
様々な美術品が飾られ、一見して高価で分かるほどの家具がある。
部屋の主であるブッシャルも豪華な格好をしている。身体全体に装飾が施され、金銀のアクセサリーをこれでもかと身につけている。
まるで成金貴族のようだ。
「計画は順調かい?」
そんなブッシャルの前にタキシードにマントをつけた赤眼の男が楽しそうな笑みを浮かべながら立っていた。
「はい。貴方様のお陰で順調に進んでおります」
この国で今一番権力を握っている男が敬語で応える。そのブッシャルの額には汗が流れている。
赤眼の男はそこに立って、笑っているだけである。特に殺気や覇気を出しているわけでもない。凶悪な武器を持ってわけでもない。
赤い目など珍しい外見をしているが、何処にでもいる青年にしか見えない。
それなのにえも言われぬ恐ろしさが感じられた。様々な権力闘争を行なってきたブッシャルだが、それでも冷や汗が止まらない。
「そっか、そっか。なら力を貸した甲斐があるというものだね」
腕を組み、嬉しそうに頷く。
「ですが、何やら不確定な者どもが現れたのですが……」
「ん? あの冒険者三人かい?」
「はい。ジョアンが雇ったようですが、なんだか嫌な予感がするのです」
直接顔を合わせたのは一回しかないが、それ以前から報告を受け、なんだか分からないが嫌な予感がしていた。
確かな証拠はないが、ブッシャルの勘が確実に障害になると訴えていた。これまでも自分の勘を信じて助かったことが数多くある。
心配そうなブッシャルを見て、赤眼の男は心配ないとでも言うように手を振りながら答えた。
「大丈夫さ。僕が与えた力、それさえあれば負けることはあり得ない」
赤眼の男は常に自信ありげに笑みを絶やさない。だが、その変化の無さが逆に不安を狩りたてていた。
不安なブッシャルを無視して、赤眼の男はこの先の展開を楽しそうに予測していた。
(さてさて、君達はどのように踊ってくれるかな)
赤眼の男にとって、ブッシャルの計画が成功しようと失敗しようとどちらでも良かった。彼には彼の目的があって、それに一番近い場所にいたからブッシャルを選んだ。
一番近い場所にジョアンがいれば、ジョアンを選んでいただろう。その程度の差なのだ。
「それじゃあ僕は行くとするよ。頑張ってね」
「ありがとうございます。必ず成功させて見せます」
話を終えると、赤眼の男は自分の影の中へと消えていった。
「…………」
男が消えていく光景を見ながら、ブッシャルはどうしても不安をぬぐい去ることが出来なかった。