第一話「出会い」
「……迷った」
旅に出たスレッドは、育ての親であるフォルスと暮らしていた山を下りた。
黒いYシャツにズボン、地味な服装とは正反対な紅い髪。イケメンではないが、それなりに整っている顔は、真っ直ぐ前を向いている。
これまで二人で過ごし、フォルス以外の人間と接触することなく生きてきた。自給自足の生活で、そのまま山で過ごしたところで問題などなかったが、スレッドは外の世界に興味があった。
故にスレッドは山から一番近い街を目指している。
おそらくこちらの方角だろうと歩いてきたが、先が全く見えない。
「やはり勘で行くのは無理があるか」
住み慣れた山から下山し、勘を頼りにここまでやってきたが、やはり無理があったようだ。
もう一度辺りを見渡してみるが、方角はサッパリわからない。
「ライア」
「ガウ!!」
スレッドが名前を呼ぶと、一つの影が目の前に現れた。現れたのは一匹の狼の様な獣だった。
狼の名はライア。スレッドの相棒であり、幼い頃から共に過ごしてきた。銀の毛に鋭い牙、紅い目をしており、その姿はとても綺麗だ。
ライアにはこの辺りに何かないかと辺りを回ってもらっていた。
「どうだ、何かあったか?」
「クゥゥン……」
尋ねてみるが、申し訳なさそうに鳴きながら首を振る。どうやら周りは何も無く、何処までも森が続いているようだ。
空を見上げると太陽が見える。その位置から今の時間を割り出す。
(もうすぐ日が暮れそうだな)
夜まではそれなりにありそうだが、完全に日が暮れるまでに野宿の準備をしなければならない。夜の森を動くのは危険だ。
スレッドはライアの頭に手を置き、意識を集中させる。
「…………」
すると、ライアの身体が光り出し、その姿を変化させていく。身体は徐々に小さくなり、胴体の一部が羽へと変わっていく。
しばらくすると光は収まり、ライアの身体は鷹へと変化していた。
ライアの正体は氣獣である。その為、スレッドの意思で姿を変化させることが出来る。
氣獣――――あらゆる生物に備わっている生命力『氣』を核となる宝石や鉱石に注ぎ込み、具体化させたものの総称である。氣は生き物以外でも具体化できるが、殆どの者が生物を選択する。その為氣獣と呼ぶことが一般的である。
氣獣は本来一度イメージが固まると変化出来ないとされているが、ライアに限ってはその限りでない。なぜかスレッドの強いイメージによって様々な生物に形を変える。
鷹へと変化したライアを右手に乗せる。
「よし、それじゃあ頼む」
「ピッピー!!」
一声鳴いたライアはスレッドの腕から離れ、空へと大きく飛び上がった。
ライアが飛び上がったのを確認し、スレッドは辺りの気配を探る。危害を加えそうな魔物の気配が無いことを確認し、スレッドは目を閉じた。
「…………」
意識を集中する。すると、スレッドの脳裏にライアの見ている光景が見えてきた。
スレッドとライアは繋がっている。スレッドの氣で造られたライアは離れていても氣で繋がっており、ライアの眼を通してスレッドは遠くの光景を見ることが出来る。
(やっぱり何も…………ん?)
ただただ続く森の光景だけが見えていたが、そこに森以外の何かが見えた。ライアに指示を出し、近くに寄らせる。
近づいてみると、そこでは刀を持った女性が魔物に襲われていた。多くの魔物に囲まれ、女性はかなり疲労しているようだ。肩で息をしている。
このままいけば、魔物に殺されてしまう。
(このまま見捨てるのは忍びないな)
助ける義理も義務もない。無視しても問題ないだろう。
しかし、見つけたからには見捨てるのは人間としてどうだろう。このまま通り過ぎては目覚めが悪くなってしまう。
「……行くか」
そう言って、スレッドは足に力を入れ、女性が襲われている場所へと向かった。
「はあ、はあ、はあ……」
狼に囲まれた長髪の女性は、手に持った刀を構えて息を切らしていた。
刀は刃毀れし、体力も既に限界まで来ていた。このままでは助からないだろう。
冒険者である彼女は依頼で森に入り、森に生えている薬草を採集してくることが目的だった。
彼女がいる森、サルスガの森は凶悪な魔物が生息しているが、彼女には腕に自信があった。実際に剣の腕もあり、冒険者としての経験もある。いつもの彼女なら問題なく依頼をこなせていただろう。
「まさか、これほどの群れに囲まれるとは」
彼女を囲んでいる狼、タイガーウルフは数匹で群れを作り、自分達の領域に入った者を襲う。鋭い牙で相手を噛み砕き、骨まで食す。
だが、女性を襲ったタイガーウルフは三十匹を超えていた。更にかなり統率がとれており、気が付いたら囲まれていた。
また、襲いかかってくる数も一気に襲いかかるのではなく、数匹が時間をおいて襲いかかってくる。それによって長時間の戦いを強いられることとなった。
「助けは必要か?」
「ッ!?」
突然現れた人物に驚く女性。現れた瞬間を見ていない為、女性からしたら突然現れたように思える。
狼との戦いで疲弊し、気配を感じ取ることも出来なかった。それもスレッドを認識できなかった理由の一つだ。
「誰だ!!」
「その質問に答える前に、先ほどの質問に答えて貰った方がいいと思うが……助けは必要か?」
鋭い視線をタイガーウルフへと向けて牽制する。スレッドから放たれる殺気にタイガーウルフだけでなく、直接殺気を向けられていない女性も硬直してしまう。
それほどまでに強い殺気だった。
女性は少し考え込み、顔を上げてスレッドに向き合う。
「すまない。助力を頼めるか?」
「ん、分かった」
必死に強烈な威圧感に耐え、助力を頼む。
彼女にもプライドはあるが、そのプライドで命を落としては仕方がない。冒険者とは生き残ってなんぼの世界だ。
身体の緊張を解き、視線をタイガーウルフへと向けた。
「さて、始めるか。ライア!!」
「ガア!!」
荷物を地面に置き、余分な力を抜く。
スレッドが戦闘準備に入る前に、ライアが木々の陰から飛び出した。突然飛び出してきた影にタイガーウルフは一瞬動きを止める。
ライアは飛び出す瞬間に鷹の姿から狼の姿へと戻った。基本の姿である狼の姿に関しては、スレッドの力が無くともライアの意思で元に戻れるのだ。
女性に襲いかかろうとしていた一匹に対して鋭い牙が煌めく。タイガーウルフの横っ腹にかみつき、地面に押し倒す。そのまま腹を噛み切る。タイガーウルフはしばらく小刻みに震えた後、命を失った。
戦闘準備を終えたスレッドは重心を少しだけ前に預け、爆発的なスピードで動き出す。
(は、速い!!)
気が付いたら、数メートルの距離を一瞬で詰めていた。
「はっ!!」
「ガウッ!!」
横合いから腕を振り抜く。タイガーウルフは強烈な拳を受け、絶命して地面に転がった。
その後も超スピードで移動し、拳を振るっていく。戦いは一方的に進んでいった。
「……強靭な肉体を持つタイガーウルフを一撃とは」
辺りを警戒することを忘れ、ついついスレッドの戦いに見惚れてしまう。
戦いは一見すると滅茶苦茶に見える。ただただ拳を振るい、タイガーウルフを倒していく。
武器を使って一撃で倒すことは難しいタイガーウルフ。一流の冒険者でもこれだけ圧倒することは出来ないだろう。
だからこそ、次々倒していくスレッドに警戒心が薄れていく。
「危ない!!」
「ッ!? しまった!!」
呆然としていた女性に二匹のタイガーウルフが襲いかかった。
慌てて刀を振るおうとしたが、間に合わない。
「くっ!!」
タイガーウルフが口を大きく開けて、牙を突きたてようとした。
もう間に合わない。直観的にそう思ってしまった女性は身体に力を入れ、攻撃に備えた。
しかし、牙は女性の肌に突き立てられることは無かった。
「戦いの最中は気を抜かないことだ」
「ワウ!!」
「……すまない」
前方で戦っていたスレッドが危険を察知し、タイガーウルフを殴り飛ばした。もう一匹をライアが爪で切り裂く。
吹っ飛んだタイガーウルフは大木に激突し、全身の骨が粉々となった。爪で切り裂かれたタイガーウルフは幾つかの部分に分かれ、内臓が地面にぶちまけられた。
その後も戦いは続く。しばらくすると、タイガーウルフは数を減らしていき、戦いは終わりを迎えようとしていた。




