第二十六話「レンデン遺跡(後)」
「ここが最深部だ」
四人が辿り着いたのは、広大な部屋だった。
部屋の形は正方形で、他と同じように頑丈な造りをしている。明かりは無いのだが、なぜか辺りを見渡せるほどに明るい。まるで壁自体が光を発しているような感じだ。
ジョアンはそこが最深部だと言ったが、そこには何もなかった。
「ここに『皇帝の証』が置いてあるのか? 何もないようだが……」
壁にも地面にも天井にさえ何もない。何か仕掛けがある様にも見えない。
床に手を添える。古代文字が刻まれているが、特に意味を持たない文字ばかりだ。
そこは、本当に何もない部屋だった。
「ここにも皇族にしか反応しない仕掛けがあるのさ」
そういうと、ジョアンは入ってきた入口とは反対の壁に近づき、手を壁につけた。
すると遺跡に入るときと同じように紋章が浮かび上がる。紋章はどんどん大きくなり、部屋全体に張り巡らされ、巨大な術が発動しようとしていた。
「なぜだろう。悪い予感しかしないんだが」
「同感」
部屋全体が揺れ、紋章の光が強くなっていく。何か出てきそうな雰囲気にミズハとブレアは嫌な予感がしていた。
「ウゥゥ…………ガウ!!」
そして不運にもそれが的中してしまう。
ライアが虚空に向けて吠える。そしてそれは現れた。
「侵入者ヲ発見。排除シマス」
展開されていた紋章が部屋の中央に折り重なるように集まっていき、巨大な何かの形を形成していった。
それは、両手に刃物を持ち、感情のない機械仕掛けの三十メートルを超える巨大な人形だった。
素材は金属と岩で、無機質である。
「……これはなんだ?」
「おそらく……侵入者避けのガーディアンといったところだろう」
目の前の人形を見上げながら尋ねるスレッドに、ジョアンは慌てた様子もなく予測する。
あまりにも余裕な感じに後ろの三人と一匹は同時に溜息を吐いた。
「どうすればいい?」
「確か……ガーディアン自体に皇族であることを認識させればいい。あのお腹の部分。あそこに私が接触して紋章術を発動させれば大人しくなるよ」
指差す先、人形のお腹部分には何もないが、ジョアンにはそこに接触することで止められる自信があった。
あまりの巨大さと圧倒的な存在感に、それが難しいことであろうことは誰の目にも明らかだ。
それでも他に方法がない。
「やるしかないか……」
「そうだな。しかしこのデカブツに攻撃が効くのか?」
戦闘準備を始めながら、相手の弱点を考える。
戦いにおいて、始める前の敵の観察は重要な要素である。それを行なっているのといないのとでは天と地ほどに差がある。攻撃する場所を決め、それを行なうための布陣を整えること。そうして凶悪な魔物と五分以上に戦えるのだ。
だが、これほど巨大な敵と戦った経験など無い。何処を攻撃していいのか分からないし、攻撃が効くのかすら分からない。
このまま戦えば、敗北する確率が高まってしまう。
「このガーディアンはあらゆる武器・紋章術を弾き、自己修復機能まで備えている。一流の冒険者ですら倒すことは難しいよ。さすが帝国の技術を結集して作り上げたガーディアンだ」
「誇らしげに言うな。殴り飛ばしたくなる」
これから戦うのに、ジョアンの言葉は微妙にいらついた。ついつい拳を握りしめてしまうスレッドだった。
とりあえずジョアンを置いて作戦を立てる。
「ライアが奴を翻弄し、俺とミズハが攻撃を行なう。ブレアはその隙に紋章術を頼んだ」
「了解」
「あれ? 私はどうすれば?」
作戦に自分が含まれていないことに気付き、ジョアンが尋ねる。どうしたものかと不思議そうに尋ねる。
スレッドは半目でジョアンを見ながら答えた。
「……隙を見て、あれに突っ込んで止めろ」
「いやいや!! それじゃあ死んでしまうよ!!」
慌てて抗議するが、誰もジョアンの言葉を聞かず、散開していった。
ガーディアンは巨体と両手に持った剣を用いて襲いかかってくる。規則正しく繰り出される剣は、本来なら問題なく回避することが出来る。実際ライアは驚異的な回避力を持って回避し続けている。
壁やガーディアンの腕に飛び移り、ガーディアンの気を逸らしていく。
だが、いつかはライアの体力が先に尽きてしまう。ライアが氣獣であっても、限界は必ず存在する。
それでもライアは動き続けた。
(出来るだけ素早く弱点を見つけないと)
ライアがガーディアンの気を逸らしている間にスレッドは、関節部分に歯車の様な部品を発見した。
歯車は勢いよく回転しており、ガーディアンは激しく動いていた。
(機械仕掛けなら……雷が有効か)
動力が何なのか分からないが、金属で構成されているなら雷が有効だろうと判断し、手甲の紋章を発動させる。
足元に移動し、関節部分に雷を叩きこんだ。
バリバリバリバリ!!
甲高い音が部屋の中に鳴り響くが、たった一撃程度ではガーディアンの巨体はびくともしない。
「なら、効くまでぶち込むのみ!!」
迫りくる刃物を避けながら、今度は水の紋章術で関節を水浸しにする。
次に再び雷の紋章術を関節に叩きこむ。雷は水の掛かった部分に伝わり、先ほどよりも広範囲に広がっていった。
さすがにこれは効果があったのか、ガーディアンはその巨体を少しぐらつかせた。
「これなら……ミズハ、足元を狙え!!」
「分かった!!」
指示を貰ったミズハは、刀の紋章を発動させた。
以前の戦いから特訓を重ね、暇な時にはスレッドと模擬戦を繰り返してきた。その成果が今実ろうとしていた。
重力の紋章が力を増していき、空間が歪んでいく。軋むような音と共に切っ先に重力波が生まれた。
そしてミズハは、ガーディアンの関節に突きを繰り出した。突きを繰り出すことで重力波が切っ先を覆うように形成される。
切っ先は関節を貫き、破壊された歯車を歪めていく。
偶然全体を支えている部品の一部が破壊され、ガーディアンは一気に左側へと傾いていった。
「回避準備」
そこに紋章を完成させたブレアの声が聞こえた。スレッドとミズハは直ぐに後ろへと下がり、ブレアの紋章術に備えた。
二人が離れたことを確認して、ブレアは書き上げた紋章を開放した。
「ウィンドストーム」
開放された風は竜巻を生み、ガーディアンを飲み込みだ。強力な風はガーディアンの動きを止めた。
紋章術を放ったブレアは後ろで控えていたジョアンを無言で招き寄せた。
突然呼ばれたことに疑問符を浮かべるジョアン。それを無視してブレアはジョアンに杖を向けた。
「ちょっ!! 何をする気だ!!」
「突入準備」
ブレアはジョアンを風で包み、自分の前に立たせた。
「ゴー」
「うわああああーー!?」
風に包まれたジョアンを、更に風でガーディアンに向かって吹き飛ばした。吹き飛ばされたジョアンは竜巻をすり抜けた。
なぜジョアンは竜巻をすり抜けたのか。
それはジョアンを包んだ風が竜巻の影響を受けないように干渉したからである。
勢いのまま、ジョアンはガーディアンに手を触れた。
すると紋章が現れ、先ほどとは逆に紋章が解けていった。それと同時にガーディアンは織り込まれるように徐々に小さくなっていった。
小さくなっていったガーディアンは、最終的に手の平台にまで小さくなった。そして六角形の宝石がそこに残った。
「成功」
「じゃない!! 殺す気か!!」
「まあまあ、上手くいったんだからいいじゃないか」
誇らしげに胸を張るブレアに、無理矢理吹き飛ばされたジョアンは猛抗議するが、誰も同情してくれない。むしろブレアを擁護する。
そんな言い合いをよそに、『皇帝の証』は部屋の明るさで反射して、綺麗に輝いていた。