第二十五話「レンデン遺跡(中)」
遺跡を進んでいく四人と一匹。その道のりは簡単なものではなかった。
ヒュン!!
「おっと」
飛んでくる矢を掴む。矢には何かしらの液体が塗られていた。その液体は紫色をしており、どう見ても怪しい物体にしか見えない。
「……致死毒とは、えげつない罠だな」
「『皇帝の証』とは何を持っても守るべきもの。この程度は当り前さ」
「嬉しそうに言わないでくれ」
矢を観察して毒の種類を特定する。毒の種類から見て、少しでも掠れば即死であると分かる。
そんな罠の苛烈さにジョアンは嬉しそうに語る。まるで自分の手柄のように。
スレッドは呆れたようにジョアンに注意を促す。これまでの道のりでかなり危険な場面があった。主にジョアンだけだが。
「ジョアン、後どれくらい?」
「大体半分ほど進んだかな」
頭に入れていた道順を書き出した地図を見ながら答える。
まだ半分であることを聞いたミズハとブレアは溜息を漏らした。それほどまでにこれまでの道程は大変なものだった。
これまでの罠もえげつないものだった。鋭い槍の生えた落とし穴、突然上から降ってくる巨大な岩、部屋を埋め尽くすほどの水責めなど次から次へと押し寄せてくる。
その一つ一つをスレッドとブレアの知恵とライアの機動力によって丁寧に解除していく。
作業は精神的に疲れる様な作業だった。さすがのスレッドも疲れているようだった。
更に凶暴な魔物が遺跡に溢れており、狭い通路で戦うのは骨の折れる作業だ。
「もう少し進めば休めそうな部屋がある。そこで休憩しよう」
「助かったよ。戦闘はスレッドに任せていたけど、それでも疲れたからね」
辺りを警戒しながらも、休めることがあることにミズハは安堵する。
「それじゃあもう少し頑張るか」
進んだ先の部屋には数匹の魔物がいた。
部屋の魔物、デスリッチは骸骨の魔物である。遺跡によく出現する魔物で、手に持った剣で襲いかかってくる。骨だけで行動しているので腕や足を破壊しただけでは倒すことが出来ない。全ての骨を破壊するか、核となる部分を破壊しなければならない。
ランクとしてはBに属し、同ランクの冒険者でも倒すのはなかなか難しい。
「デスリッチか。俺が右の二匹を相手にするから、ミズハは真ん中の一匹、ライアは左の一匹。ブレアはジョアンの護衛」
「分かった」
「ガウ!!」
「お任せあれ」
頷き合い、タイミングを計ってスレッドとミズハ、ライアが飛び出した。
スレッドは一匹目を飛び出した勢いで数発叩きこんだ。殴られた個所は骨が砕け、殴られた勢いで壁に激突した。その衝撃でデスリッチは粉々に砕けていった。
一匹目のデスリッチの死体を確認することなく、後方へと飛んだ。直後に今いた場所に二匹目のデスリッチの一振りが襲いかかった。
「ふっ!!」
脇腹辺りに蹴りを入れる。右足が肋骨部分を折り、体勢を崩したところで剣を持つ右腕を拳で叩き折る。
スレッドの両脚には強固なブーツが装備されている。このブーツはアーセル王国で倒したキングラードルから採れた素材を使用した逸品である。報奨金の代わりに貰った素材をミズハの刀を買った武具屋に持ち込み、スレッド専用に調整してもらった。
これを装備することによって、スレッドの攻撃力は格段に上がった。
体勢を崩したデスリッチの核がある胸元に拳を叩きこむ。
核を破壊されたデスリッチは仮初めの命を失い、あっけなく崩れていった。
「はっ!!」
ミズハは剣を回避しながら刀を振るう。
デスリッチの骨は堅く、刀で斬ることは難しい。修練を積めば斬ることは出来るかもしれないが、今はまだ無理だ。
そこでミズハが目をつけたのが、関節部である。骨と骨を繋ぐ関節に刃を滑らせ、一つ一つ落としていく。
「終わり、だ!!」
一歩下がって、胸の部分に突きを喰らわす。突きによって核が貫かれ、デスリッチは叫び声を上げながら崩れ落ちた。
「――――!!」
「ガウ!!」
デスリッチの剣を回避していくライア。いつまでも疲れることのないデスリッチは、淡々と攻撃を繰り返すのみだ。
対するライアは爪でデスリッチを切り裂こうとするが、骨を切り裂くことが出来ない。
隙を見て攻撃していくが、全く効果が見られない。
そこで、ライアは一歩後ろへと下がり、紋章術を発動させる。
ライアの前に現れた紋章を見たデスリッチは、攻撃を阻止しようと剣を振り上げる。
「グルルゥゥ…………ガア!!」
デスリッチの剣が振り下ろされる前にライアの紋章術が完成した。ライアの前に光が生まれ、その光がデスリッチを飲み込んだ。
眩い光に包まれたデスリッチは浄化され、糸が切れたように崩れ落ちた。
部屋にいた魔物を全て倒し、スレッド達は休憩に入った
スレッドとブレアが部屋の中に簡易的な紋章で結界を造り出し、その間にミズハとジョアンが荷物の整理を行なう。ライアが紋章術で部屋の中心で焚火を起こしていた。
「防御は完ぺき」
「こっちもだ」
部屋の中央に集まり、紋章術で造り出した焚火を囲んだ。
その火で温めた具のないスープと携帯食料、更に遺跡の中で倒した魔物の肉を火で焼いたものを食べ始めた。
遺跡の中に生息していた魔物の肉だが、それなりに美味い肉だった。
「へえ、君達は最近結成したパーティなんだ」
「結成して数週間といったところか」
魔物の肉に齧り付きながら、ミズハが相槌を打った。
ジョアンは三人がどのようなパーティであるのか興味を示し、主にミズハが語っていた。話の間、スレッドは食べ続け、ブレアは熱々のスープをちびちび飲んでいた。一足先に食べ終わったライアはスレッドに寄り添うように休んでいる。
だが、全てを話したわけではない。特にスレッドの秘密は一般人にすら話せない。それが皇太子ともなれば尚更だ。
世間話は差しさわりない内容で進んでいった。
「俺も一つ質問してもいいか?」
「ああ、いいよ。私に答えられるものなら答えよう」
「宰相が擁しているジョアンの弟はこの遺跡に来ないのか? 皇族であるその弟もこの遺跡に入れるなら、兵士を連れて『皇帝の証』を手に入れられるのではないか?」
これまでの行程で兵士の死体は転がっていなかった。
ジョアンの弟に宰相が味方しているなら、兵士を連れてくるだろう。更に言えば、そこらの兵士程度では遺跡の罠を掻い潜ることは出来ないだろう。
遺体を連れて帰ったことも考えられるが、余計な荷物を持って遺跡を移動するのは危険であろう。
また高位の冒険者を雇っていたとしても、罠を解除した後があるだろうが、それも見付からない。
他の誰かが侵入していないことは明白だ。
「それは無理だ」
「なぜだ? 可能性としては無いわけではないだろう」
「……異母弟は先天的に身体が弱い。遺跡探索できるほどの体力がないんだ」
「なるほどな……」
齧っていた肉を飲み込み、立ち上がる。
「そろそろ行くか」
「残り半分。気を引き締めて」
「慎重に、な」
「クゥゥン……」
各々が準備を整える中、眠りから起きたライアはあくびを漏らす。その様子に微笑ましさが感じられる。
指を鳴らして、焚火の紋章を消す。荷物を袋に詰め、部屋にかけていた簡易的な結界を解除する。
残り半分。スレッド達は気合いを入れて、遺跡探検を続けた。




