第二十四話「レンデン遺跡(前)」
「頼む。私を助けてくれないか?」
「……保証は? あんたが裏切らないという保証がなければ、どれだけ金を積まれても依頼を受けることは出来ない」
ミズハとブレアを見つめると、二人は静かに頷いた。スレッドの判断を任せると。
クエストを受注するのは問題ない。問題があるとすれば、報酬だ。ギルドを通していれば、仲介料が取られるが報酬は保障される。更にポイントも加算される。
だが、ギルドを通さない場合トラブルが発生することがある。以前依頼主と冒険者の間にトラブルが生じ、報酬が支払われない事があった。
その為ギルドは直接依頼を受ける場合、その責任を冒険者が負うこととなっていた。また直接依頼はギルドとは一切関係ないことが決められている。万が一失敗し、ギルドの信用を無謀な冒険者の為に落とすわけにはいかない。
ジョアンが皇太子であっても、報酬を保証する証ではない。
「……これを証明として先に渡しておく」
「これは?」
ジョアンは懐から宝石のついたペンダントを取り出し、スレッドに差し出してきた。
手にとって宝石を眺める。淡い碧色の宝石が綺麗に輝いている。
「私が持っている宝石の中で一番高価なものだ。これはクエストの成功・失敗に関わらず君達に差し上げよう」
ジョアンの説明を聞きながら、スレッドは宝石に魔力を注いだ。
宝石には紋章が刻まれていた。単純な紋章であるが、紋章が刻まれている宝石は珍しい。
この世界のあらゆるものには大小様々だが、マナが含まれている。その中でも宝石には大量のマナが含まれる。
紋章を刻む際、マナの量は重要である。あまりに多すぎると少しの衝撃で反応し、失敗の際に暴発してしまう。
だからこそ紋章を刻まれた宝石は数が少なく、貴重である。
「手に入れることが出来れば、成功報酬も支払おう。それ以外にも要望があるなら言ってくれ」
ジョアンの言葉に三人の眼が光る。
「これ以外の宝石が欲しい」
「出来れば刀の紋章武器を貰えるとうれしい」
「国保有の魔道書希望」
「……なんとか用意できるように努力しよう。だから、どうか頼む!!」
額から汗を流して、どうにか用意できるように約束する。三人の圧力に少々引き気味のジョアンであった。
そんなジョアンの言葉を聞き、スレッドは悩みながらも承諾した。
「……分かった。依頼を受けよう」
「本当か!! ありがとう!!」
こうして次のクエストが決定した。
数日後、ジョアンを入れた四人と一匹が『皇帝の証』が納められているレンデン遺跡にやってきていた。
「人が一杯だな」
遺跡には多くの観光客で賑わっていた。
レンデン遺跡は帝国直轄の遺跡である。既にある程度の調査が終わっており、危険もない。今では観覧料を取って、遺跡への観覧ツアーまで行なわれているほどだ。
その為今ではバルゼンド帝国でNo.1の観光地である。
「こんな所にその『皇帝の証』というのはあるのか?」
あまりにも人の多く、それでいて賑やかな遺跡に『皇帝の証』あるとは思えないミズハ。下手をして観光客が遺跡の奥へ入り込んでは危険だ。
「観光客が一杯……」
「だからこそ、かな。まさか誰もこんな場所に『皇帝の証』があるなんて予想もしていないだろう。それに裏の入口には皇族しか入ることが出来ない。間違っても国民には入ることは出来ないよ」
遺跡の周りにある屋台で食べ物を買っているスレッドを無視して話を進める。スレッドは二人分購入し、一つをライアに与えている。ライアは貪るように次々と胃に納めていく。
「そろそろ行こう。こっちだ」
話を終えて、ジョアンは遺跡の裏側へと案内していった。
「ここだ」
辿りついたのは何の変哲もない遺跡の壁だった。複雑な幾何学模様と幾つもの彫刻が並んでいる。
ジョアンは壁に近づき、手をつけた。するとそこに紋章が浮かび上がり、小さな円が徐々に大きくなっていく。紋章は一メートルほどの大きさとなり、光を放った次の瞬間、入口が現れた。
「遺跡にはありがちな仕掛けだな」
「この紋章は皇族以外には反応しないんだ。さあ、行こう」
遺跡に入ると、先の見えない通路だった。真っ暗の闇が続き、奥からは微かに冷たい風が流れてきていた。
「ッ!?」
最後尾のブレアが入った途端に入口が閉まってしまった。慌てて入口を探ってみるが、辺りは暗闇に包まれ、見えなくなってしまう。
「しまった。松明を忘れてしまったよ」
ジョアンはここに来るまでに様々な準備をして、背中のリュックに詰めてきた。しかし、リュックを探って気付く。生憎ここで一番重要な松明を忘れてしまったようだ。
「大丈夫だ」
周りが見えない中で、スレッドは空中に紋章術を発動させた。
ボウ!!
紋章が一瞬光ると同時に一つの炎が生まれる。炎は辺りを照らし、遺跡の内部が見えてきた。
内部の壁は何百年も経ったと思えないほど強固な造りになっていた。おそらく何かしらの力が掛かっているのだろう。中の空気が新鮮で、窓もないのに本当に微かに空気の流れがあることからもそれが分かる。
「それじゃあ、気を付けて……ぐぇ!!」
歩き出そうとした瞬間、ジョアンの襟首をスレッドが掴んだ。掴んだままジョアンと共に後ろに下がる。
「何をするんだ!!」
突然のことについつい怒鳴ってしまう。それほど首が苦しかった。首元を手で押さえながら抗議する。
だが、スレッドは気にすることなく、少し先の床を指差した。
「死ぬ気か? そこの地面に罠のスイッチがあるぞ」
「えっ!?」
そう言われて地面を確認してみると、一ブロックだけ色が違い、少し力を入れてみると沈み込む。
誰がどう見ても罠にしか見えなかった。
辺りを確認すると、その罠に掛かった者の末路が転がっている。矢に刺さった白骨死体が廊下の隅に倒れていた。
「道は分かっているか?」
「あ、ああ。道程だけは分かっている」
もう少しで死にそうになって、動揺しながらも頭の中で思い出す。以前皇帝の部屋で盗み見て、道順は全て頭の中に叩きこんである。
現在地と頭に浮かぶ地図を照らし合わせ、進む方角を調べる。
「なら俺が先行するから、後ろから道案内してくれ」
「護衛は任せてくれ」
「安全第一」
前を見据える。スレッドの紋章術で照らしているとはいえ、奥は底の見えない暗闇だけが広がっていた。