第十九話「災厄との戦い」
「――――――――!!」
地面を揺るがすほどの叫び声を上げながら、キングラードルが襲いかかってくる。
攻撃が当る瞬間、スレッドの姿が消えた。
キングラードルは突然消えたスレッドに戸惑い、辺りを見渡した。しかし、見つけることが出来ない。
「――――――――!?」
脇腹に衝撃が走る。
視認できないほどのスピードでキングラードルの左側に移動し、雷を纏った拳を五発胴体にぶち込む。衝撃が皮膚から内臓へと伝わっていく。更に雷が神経を麻痺させ、キングラードルの感覚を狂わせる。
今まで味わったことのないダメージに、キングラードルは苦悶の叫び声を上げる。
キングラードルの胴体はどのような名剣であっても傷を付ける事さえ難しい。その他の部位も固く、倒すのが難しいのはそれが理由であるとも言われている。
そんなキングラードルに打撃だけでダメージが与えられた。
横にいるスレッドに裏拳が迫ってくる。
遠心力を利用した拳は威力とスピードを増加させる。人間に直撃すれば、原形を残すことなく破壊するだろう。
拳はスレッドに当たることなく、空気を切り裂いていった。遠心力が付きすぎたキングラードルは体勢を崩した。
スレッドはその隙を見逃すことなく攻撃を加える。顔のすぐそばまで移動し、右の拳を顔面にぶち込み、左脚を後頭部へ叩きこむ。
頭を攻撃されたキングラードルは衝撃で頭をふらつかせる。
移動。
真後ろに移動し、両手で数十発のラッシュを見舞う。これまでの攻撃とは違い、攻撃力よりも手数を増やし、広範囲への衝撃がキングラードルの身体に走る。
最後の移動。
頭を攻撃することによって脳にダメージを、背中を攻撃することによって胴体の根幹である背骨にダメージを与えることで、キングラードルの動きを止めた。
その巨体は、最早単なる的と化していた。
「はあぁぁぁぁっ!!」
右の拳に力を集約させる。膨大なエネルギーが眩しいほどに右手を覆っている。
しっかりと腰を落とし、重心を安定させる。
眼を閉じ、意識を拳に集中させる。今この瞬間だけは、周りの全てを意識から排除させた。
眼を開き、前へと飛び出した。
「ライトニングフォース!!」
加速したスレッドはキングラードルの腹に雷と纏った拳を叩きこんだ。雷はキングラードルの腹に吸い込まれるように消えていき、次の瞬間雷がキングラードルの身体を包みこんだ。
雷の光が辺りを照らし、目を開けられないほどの光に包まれていった。
目を瞑っていたミズハとブレアは、ゆっくりと目を開けていく。
二人がそこで見たのは、元の姿に戻ったスレッドと地に伏しているキングラードルの姿だった。
「ふう…………」
「スレッド!!」
「ガウ!?」
力を使い果たしたスレッドは、ゆっくりと後ろへ倒れていく。直ぐにミズハが近づいてスレッドの身体を支えた。
ライアも慌てて近づいていく。心配するようにスレッドの周りを駆けまわっている。その姿は普通の飼い犬のようにしか見えない。
「さすがに疲れたよ」
「それで済むなんて、規格外」
苦笑いしながら疲れたと言うスレッドに、ブレアも呆れながら近づいてきた。直ぐに治癒の紋章術をスレッドにかける。
治癒の紋章術は怪我に効くもので、疲れなどに作用しない。それでも何もしないよりはましだ。
あれだけの戦闘を行ない、災厄の魔物を倒して疲れただけ。規格外と言いたくもなる。
「だけど、まだ終わっちゃいない」
「ああ、残ったレッドラードルをどうにかしないとな」
周りを見ると、未だにレッドラードルがこちらを窺っている。その数は依然として変わらない。
だが、先ほどまでの戦意は無いように思える。勢いはなく、静かにこちらを眺めているだけだった。
「? どうも様子が変ですね?」
「…………一番強いキングラードルが倒されたことで、本能的に負けを察知したのか?」
徐々にだが、レッドラードルが森へと引き返していく。スレッド達はその光景を不思議そうに眺めていた。
戦いは人間の勝利で終わりを迎えた。
残ったレッドラードルの討伐をミズハとブレアの二人に任せて、スレッドは外壁に背を預けて休んでいた。
殆どのレッドラードルは森へと帰っていったが、十数匹ほどは戦意を喪失せずに襲いかかってきた。
この程度ならミズハとブレアだけでも問題ないと判断し、ライアにスレッドの護衛を任せた。
ライアの背中を撫でながら、二人の戦いを見つめていた。
「これで、ラスト!!」
「ファイアランス」
刀で胴体を真っ二つにして、炎の槍が燃やし尽くした。
キングラードルと数十体のレッドラードルの死体が転がり、辺りに血の匂いが蔓延している。
戦いを終えた二人はスレッドの所まで歩いてくる。
「終わったな」
「ああ、これでゆっくり休めるよ」
殺伐とした光景の中、気持ちいいほどの笑顔で勝利を祝う。
「おい、大丈夫か!!」
大声が聞こえ、振り向くと南側で戦っていた大男たちが走ってきた。
三人共所々に傷があるが、無事に戦いを終えたようで余裕が感じられた。
「って、うお!! なんじゃこりゃ!!」
「これは、キングラードル!?」
「偽物…………ってわけじゃないですよね」
巨大な身体が転がっているのを見て、口を開けながら驚く三人。
『歩く災厄』が転がっているのだ。驚かないわけがない。
「こいつやったのは、お前さんたちか?」
「……ああ、俺達で倒した」
「……そうか」
スレッドはミズハとブレアの三人で倒したと嘘をつく。
伝説とまで言われる魔物を倒したのだ。騒がれないわけがない。それが一人でとなれば、もっとうるさくなるだろう。
そうならない為に手柄を分散させた方が良い。
男達もおそらく理解しているだろう。
彼らも一流の冒険者だ。戦いを見ていなくても大体の実力は把握できる。ミズハやブレアがキングラードルに通用するとは思えなかった。
それでもその場はスレッドの言葉に従った。最大の功労者への気遣いを見せた。
「後はあいつらに任せるとするか」
壁の穴を見ると、どうやら破壊されたことに気付いた様だ。多くの騎士や冒険者が集まり、レッドラードルの遺体を処理しているところだった。
こうして、魔物の襲撃は人間の勝利で幕を閉じた。
スレッド達が戦いを終え、休んでいる時。
その上空に二つの影があった。
「へえ、あの人間なかなかやるね~」
タキシードにマントを纏った赤眼の男が下を見下ろしている。その顔は喜びで彩られていた。
「まさか、人間があの技法を使うとは……危険だな」
ローブを羽織り、顔が見えない怪しい男がスレッドの合体紋章を危険視していた。
彼らからは人間の気配が全くしない。姿形は人間のそれであっても、雰囲気は別の生き物の様だ。
赤眼の男は楽しそうにスレッドを観察している。
「君は弱気だね~。もっと楽しまないと」
「私はお前とは違う。危険な要因は取り除くべきだ」
「駄目だよ~。あれは僕の獲物に決めたから~。勝手に手を出したら君でも許さないよ~」
睨みあう二人。殺気だけで空間が歪み、軋みを上げている。
「いいだろう。だが、『あの方』への報告はさせてもらう」
「それでいいよ~」
楽しそうに、実に楽しそうに再びスレッドを観察する赤眼の男。その笑みは獲物を狙う猛禽類の様であった。
下の冒険者が撤収した頃、二人の姿はいつの間にか消えていた。