第十七話「それぞれの戦い」
前に出たスレッドは、先ほどと同じようにレッドラードルを攻撃していく。
手甲の紋章術に加え、体内の氣を使用して身体を強化する。身体が軽くなり、一気に間合いを詰める。
「ウガァ!!」
「はあっ!!」
叫び声を上げながら向かってくるレッドラードルの腕をかわし、カウンター気味に拳を突き出した。
スレッドにとって、レッドラードルは脅威ではない。確かに攻撃力も高く、皮膚も固い。だが、スピードで勝り、攻撃も軽々入っていく。手甲の紋章術も使用している為、動きに隙が生まれない。
確かに十数匹程度ならまったく問題ないだろう。
しかし、それが百匹単位では違ってくる。
次々と湧きだし、戦意も衰えない。更に多少だが学習能力もある。段々とこちらの隙を突く様な攻撃が見られる。
このままでは、こちらの体力が無くなるのが先になってしまう。
(増援がくる気配もなさそうだ)
未だに壁の穴には誰もいない。気付いていなのか、気付いていても余裕が無いのか。どちらか分からないが、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「……大技が必要か?」
「ガウ!!」
レッドラードルに飛びかかり、前足を振り上げてレッドラードルを切り裂いた。
先ほどスレッドによって封印が解かれた時にスレッドの氣が補充された。
ライアの身体は核となる宝玉に大量の氣を送り込み、スレッドのイメージで作り上げたものである。核にはスレッドによって様々な紋章が刻まれ、ライアの意思で紋章術を使用することが出来る。
増幅した氣はライアの戦闘力も増幅させた。攻撃力とスピードが上昇し、次々とレッドラードルを倒していく。
「グルルゥゥ…………ガア!!」
後方へと少し下がり、意識を集中する。身体にある魔力を核に注ぎ込み、刻まれた紋章が起動し、世界へと干渉していく。
ライアの目の前に紋章が浮かび上がり、そこから火を噴きだした。
「ガウ、ガウ!!」
順調にレッドラードルを葬っているが、それでも全体の数はなかなか少なくならない。
「はっ!!」
迫ってきたレッドラードルに対して、ミズハは刀を振るう。
紋章術師であるブレアの護衛にスレッドとライアの取りこぼしを任されたミズハも次々やってくる魔物に苦戦していた。
刀ではレッドラードルを倒すのに数撃は必要だ。二回、三回と斬りつけ、レッドラードルが倒れていく。その後ろから次のレッドラードルが襲いかかる。
「ファイアランス」
横合いからブレアは杖に刻まれた紋章を展開させ、炎の槍で攻撃していく。
だが、下位の紋章術ではレッドラードルを倒すのに三、四発は必要になってくる。下位とはいえ、連続で出すのは厳しい。
「厳しいな」
「このままじゃ埒が明かない。打開策を講じないと危険」
「確かに……私が時間を稼ぐ。大技を頼めるか?」
「ん。三分ほど待ってほしい」
「出来るだけ早く頼む」
苦笑いを浮かべながら、刀の紋章を展開させる。すると刀の重さが無くなっていった。素振りをして感覚を確かめ、中段に刀を構える。
意識を目の前の一匹に集中する。
「せいっ!!」
刀を上段に振り上げ、振り下ろす瞬間に刀への重力を増加させた。
重力に引っ張られ、凄まじい重さとスピードで刃がレッドラードルの皮膚を切り裂いていく。レッドラードルの身体は二つに分かれ、左右に倒れる。
その後も紋章術を最小限に抑えながら刀を振り落とす。
本来ならば重力の紋章は物だけでなく、人間にも作用出来る。だが、扱うのが難しい重力の紋章をミズハはまだ使いきれない。
だからこそ焦らず、丁寧に刀を振るっていった。
「…………」
ブレアは杖を使い、無言で地面に紋章を描いていく。そのスピードは実にゆっくりだった。
紋章術とは、描かれる紋章が全てである。術師がどれだけ魔力を持っていたとしても、どれだけ周囲のマナが満ちていたとしても、紋章が正確に描かれていなければ世界に作用してくれない。
故に時間がなくても急いではいけないのだ。
「…………ふう」
汗を拭い、紋章を圧縮させる。
紋章術は威力が大きくなるにつれて紋章自体も大きくなる。これからブレアが放つ紋章術を発動させるには、最低でも直径五メートルが必要だ。しかし、それだけ大きな紋章をこの場で描けるわけがない。
そこで必要となるのが紋章の圧縮である。円を小さくして、同じだけの威力を発揮させる。
だが、その為に紋章が複雑になる。
「出来た……ミズハ、スレッドとライアを避難させて」
「分かった。スレッド!! ライア!! ブレアが大技を使う。その場から離れてくれ!!」
紋章を完成したことをミズハに伝え、スレッドとライアへの避難を促す。
ミズハは大声でスレッド達にそのことを知らせ、すぐさまブレアの後ろまで下がった。
超スピードで移動していたスレッドは、ブレアが描いた紋章が何の紋章であるのかに気付き、ライアを背中にしがみつかせて空へと飛び上がった。
全員が避難したことを確認し、ブレアは紋章術を開放した。
「ロックランス」
ブレアの声と共に地面から幾つもの尖った岩が突き出してきた。
岩がレッドラードルに突き刺さり、次々に死んでいく。攻撃を受けた殆どは倒したものの、運よく当らなかった奴や腕や脚をかすめただけの奴がいまだに生き残っているが、それでも数は減少した。
「もう一発いけるか?」
空からブレアの近くに降りてきたスレッドは、森から更に出現するレッドラードルに辟易しながら尋ねた。
「ん、後二、三発程度なら大丈夫」
魔力を消費し、顔に少しだけ疲れを覗かせるブレア。だが、今は疲れてなどと言ってはいられない。疲れを無視して、真剣な表情で前を見つめる。
「一体いつ終わるのやら」
「奴らにも学習能力ぐらいあるだろう? 無理だと諦めて、帰ってもらうまでかな」
ブレアと同様に疲れを無視して、ミズハは刀を握り直す。
そして、スレッド達が再び動き出そうとした瞬間、
「――――――――!!」
耳をつんざく雄叫びが動きを止めた。それはレッドラードルも同様だ。
濃密な威圧感、圧倒的な殺気がその場を支配する。これまでとは違った緊張感がそこにはあった。
緊張した面持ちで前方に視線を向けた。
そこには絶望を感じさせるような巨大な獣が悠然と立っていた。