第百七十七話「決戦前夜 中」
ブラッド達が宴会を催していた同時刻、ギルド内の一室に四人の男女が酒を片手に語り合っている。
「だから、アレはわざとじゃないっているでしょ」
「ふざけんな!! どう考えても20年前の遺跡での攻撃はわざとだ!!」
「ちょっと手元が狂っただけよ…………確かにあんたの姿は見えてたけど」
「やっぱりじゃねえか!!」
いや、怒鳴り合っていた。
「全く、いつも騒がしいのう、こいつらは」
「昔からだ。この二人を呼ぶ以上こうなることは分かっていたことだろう、リカルド」
「…………まあのう。じゃが、そろそろ二人も大人になったと思ったからのう」
どんどんヒートアップしていくカロリーナとザック。その姿を呆れながら眺めるリカルドと、特に気にすることなく酒をあおるセバスことカイザー。
魔王討伐を明日に控え、リカルドの呼びかけによって実現した酒宴だが、やはり静かに飲むなど出来そうになかった。
リカルド、カロリーナ、ザック、そしてカイザー。全員が元冒険者であり、今でも実力のある者たちだ。
若かりし頃から共に戦ったり、クエストを競ったりとお互いに切磋琢磨してきた。他にも仲の良かった冒険者もいたが、既に引退していたり、クエスト中に亡くなったりしている。
実力がなければ消えていく。それが冒険者の世界だ。
当時、カロリーナとザックはよく衝突していた。性格の問題もあったが、一番の問題はカロリーナが破壊の紋章術士だったことだ。
クエスト中、カロリーナはどのようなクエストであっても、何かしら破壊していた。時にはその場にいた他の冒険者も巻き込んだ攻撃を行ない、誰もが一緒にクエストを受けたくないと思っていた。
そんな中、ザックはよくカロリーナの被害にあっていた。その度に突っかかり、それを雑に対応するカロリーナ。喧嘩にならずにはいられなかった。
喧嘩になったら喧嘩になったで、カロリーナが武力でどうにかしようとして、ザックも反撃する。そして、更に辺りへと被害が広がっていく。
その為、冒険者の間では二人を合わせないようにするか、喧嘩が始まったら避難するようにしていた。
「…………二人とも、その辺りにしておけ」
『……………………ふん!!』
口喧嘩がヒットアップして、もうすぐ手が出そうになったところで、カイザーが覇気を放ちながら制止する。
普通の冒険者なら萎縮してしまうほどのカイザーの覇気だが、二人が気にするほどではない。だが、覇気を反応したことにより、気持ちが落ち着いた。
このまま喧嘩をし続けても酒が不味くなる。折角リカルドが用意した最高級の酒だ。美味しく飲むに限る。
また、テーブルには幾つかのツマミが用意されており、これはリカルド以外が各自で持ち寄ったものだ。
「…………それにしても、あいつがいないのは少々さびしいな」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
リカルドが何気なく呟いた言葉に誰もが彼を思い出す。名前を告げなくても、三人には誰のことかはすぐに分かった。
まさか最初に逝ってしまうとは思ってもみなかった。頑丈さでいえばここにいる者達の方がタフだったろう。
だが、一番しぶとく長生きしそうなのはカロリーナについで2番目だと思っていた。
「この婆はいつまでもしつこく生きてるがな」
「売られた喧嘩は買うわよ?」
皮肉るザックに向けて本気で紋章を展開するカロリーナ。後はカロリーナの合図一つで紋章術がぶっ放されるだろう。
普通の人間ならこの時点で顔を青くして、即座に土下座を決め込むだろう。
しかし、相手はザックだ。すぐさま全身に氣を張り巡らし、臨戦態勢を取る。このまま戦えば、おそらくギルド自体が更地になるだろう。
カラン。
『!?』
グラスの中で氷が転がる音がする。音のした方に視線を向けると、机の上に酒の注がれたグラスだけがあった。
そのグラスはここにはいない彼らの仲間、フォルスの為に注がれた酒だ。
「…………どうやら、あいつが来ているみたいじゃのう」
「お節介な奴なんだから…………」
カロリーナとザックが喧嘩を始めると、必ずフォルスが喧嘩を止めようとした。暴走機関車の様な勢いのある二人を止めるのは一苦労だったが、それでも二人は比較的フォルスの言うことを聞いた。
他にも大抵の面倒事はフォルスが後始末をして、ここにいる者はカイザーを除いて全員がフォルスの世話になっていた。
そんなフォルスがどうやらこの場にやってきて、死んだ後でもカロリーナとザックの喧嘩の仲裁に来ているようだ。
「いつまで喧嘩するつもりかって呆れていそうだな」
ザックは昔を思い出して、苦笑いを浮かべる。カロリーナとの喧嘩の後始末やクエストで協力する際の手続きなど、色々な面で助けられた。
フォルスが来ている前で喧嘩はできそうにない。
「では、もう一度乾杯するか、全員で」
そう言って無くなったグラスに酒を注ぎ、カイザーはグラスを前に掲げる。その意図に気付いた三人も同様にグラスに酒を注ぎ、胸の前に掲げる。
そして、テーブルに置かれたグラスへ身体を向け、笑顔でグラスを鳴らした。
『乾杯』
「さて、明日スレッド達は魔王領へ侵攻する」
宴も終盤となり、3人は真面目な表情でリカルドの言葉を聞く。いつもならここでカロリーナの茶々が入り、ザックが反応するが、今に関しては黙って話を聞いていた。
「おそらくスレッド達が魔王領へ侵攻した段階で、魔族側からの攻撃が行なわれるじゃろう」
ギルドは人間側の最大戦力であるスレッド達が魔王領へ侵攻したら、戦力が手薄になる人間界へ魔族からのアクションがあると予想している。
それに向けての高ランクの冒険者召集を行ない、魔王領との境界線上へ簡易的な拠点を造って対応する予定だ。
このことについてはスレッド達には一切知らせていない。彼らには魔王との戦いに専念してほしいからだ。
「魔物だけではなく、魔族も人間界へと攻撃を仕掛けてくるじゃろう。魔族では普通の冒険者では歯が立たん」
「だからこそ、俺達の出番といったところか」
リカルドの言葉を継ぎ、カイザーが静かに告げる。その表情は冷静で、恐怖も絶望も感じていない。
あるのはただ、敵を倒す意志のみ。
「…………全員、死なんようにな」
「あんたこそ、無理するんじゃないわよ」
「破壊し過ぎるなよ、カロリーナ」
「ミズハ様の花嫁姿を見るまで死ぬつもりは無い」
再度グラスを鳴らしながら、4人は明日の戦いへ向けて意識を向ける。
嵐の前の様に、夜は静かに更けていった。
大変お待たせしておりました。
今回はリカルド達の話を入れてみました。
決戦前夜の話は一応次で最後になります。
まあ、誰の話かは言わなくても分かり切ってると思いますので
次回をお楽しみにと言ったところですが、
次の更新は確実に6月8日以降になると思われます。
というのも、6月8日が以前言っていた資格の試験日ですので、
それまでは勉強に集中しようと思います。
ですので、次も少々お待たせしてしまいます。
出来るだけ早く書きあげたいと思っていますので、
しばらくお待ちください。