第十六話「チーム分け」
穴を飛び出した二人の前には、辺り一面をレッドラードルが埋め尽くしていた。
「ガウ!!」
そこではライアが狼のスピードを生かしてレッドラードルをかく乱していた。
鋭い爪で顔面を引っ掻き、関節に牙を突き立てる。レッドラードルも反撃しようと腕を振り下ろすが、ライアのスピードを捕えることが出来ない。
ライアはスレッドに気付くと、攻撃を中止してスレッドの足元にやってきた。
「さて、役割分担だ。俺とライアが突っ込むから、ミズハは穴の前で取り逃がした奴を頼む」
「了解した」
辺りを警戒しながら役割分担を決める。これだけ大量の魔物を相手にするには役割を決めて、効率的に戦闘を行なわなければならない。
攻撃力のあるスレッドとライアが前面で戦い、新しい武器に変えてまだ慣れていないミズハが後方で援護を行なう。
スレッドはその場でしゃがみ込み、ライアの頭に手を添えた。
「…………」
スレッドが眼を閉じて、ライアの頭に置いた手が光り出した。光はライアの身体全体を覆っていき、ライアの銀毛が更に輝きを増していく。
「よし」
「スレッド、これは一体……?」
「ライアに施していた封印を解いた。これでライアは全力で戦える」
「封印?」
氣獣であるライアにはスレッドが施した封印が存在する。封印は核となる宝石に刻まれた紋章の力を抑えるもので、スレッドの力で解除することが出来る。
封印を解くと、核に刻まれた幾つもの紋章を使用してライア自身が紋章術を発動できるのだ。
「ああ、魔力の消費が激しいから普段は抑えているんだがな」
封印を解けば強力な力を使うことが出来るが、その分消費も激しい。スレッドから供給されている魔力が尽きれば、ライアは休眠状態に入ってしまう。
その為普段は力を抑えているのだ。
「さあ、準備完了だ」
紋章を足裏に展開し、一気に距離を詰める。そのスピードにレッドラードルは反応できない。
「はあ!!」
左の手甲の身体強化の紋章を発動させ、右の手甲で火の紋章を発動させる。そして殴打の瞬間にレッドラードルは燃えながら吹き飛んでいく。
燃えたレッドラードルの身体が他のレッドラードルにぶつかり、包囲の体勢が少しだけ崩れる。
「グルルゥゥ…………ガア!!」
口を大きく開いたライアの目の前に紋章が展開される。紋章は瞬時に展開され、咆哮と共に紋章術が発動した。
発動した火の紋章術が吹っ飛ばされたレッドラードルごと周りの敵を燃やしていく。燃やした敵を確認することなく、すぐさま動いて他のレッドラードルに牙を立てていく。
その後も次々と移動と攻撃を繰り返し、街に向かいそうな魔物を優先的に倒していく。
「ふう、それにしてもきりがないな」
一旦立ち止まり、辺りを見渡す。
そこかしこにスレッドが殴り飛ばしたレッドラードルの死体とライアが燃やして、切り裂いた死体が転がっているが、それ以上に生きている方が圧倒的に多い。
よく見ると、その場所から見える森の奥から次々に出現しているようだ。
「どうする?」
一旦壁の近くまで戻ってきたスレッドと相談する。
「おそらくこの集団のリーダーを倒せば逃げていくだろうが、見分けるのは至難の業だ。それが出来ない以上、地道に数を減らしていくしかないな」
「それしかないか」
今の状態に辟易しているミズハ。しかし、それも仕方がなかった。
外壁がレッドラードルに襲われてから数刻経っているにも関わらず、外で戦っている人数は極端に少ない。冒険者達のランクが低いのもあるが、それ以上に彼らは大量のレッドラードルに恐怖を感じていた。
更にこの場所は入口とは少々距離がある。おそらくこの場所はまだ確認されておらず、増援は入口付近に集中しているのだろう。
「おい、お前ら!!」
もう一度突撃しようとしていたところに声を掛けられる。
声のする方を振り向くと、そこには軽々とレッドラードルを倒しながら近づいてくる四人の冒険者の姿があった。
「おらぁ!!」
一人は巨大な大剣を片手で持った大男。くたびれた服の下には鍛えられた筋肉が盛り上がり、黒く焼けた肌のあちこちには切り傷があった。
頑丈な大剣を叩きつける様にレッドラードルを真っ二つにしていく。大男の表情は実に楽しそうだ。
「全く、うちのリーダーはあまりにも野蛮過ぎるな」
二人目は眼鏡を掛けた優男。甘いマスクにコートを纏い、右手に槍を持ち、その刃にはレッドラードルの血が滴っている。
一回の攻防で五回の突きを放ち、レッドラードルを串刺しにしていく。その姿には余裕が感じられる。
「気をつけてくださいね~」
三人目は綺麗な金髪をした女性。僧侶の格好に杖を持ち、パーティの防御を担当しているのか、紋章術を展開しているようだ。のんびりとした声で注意を促す。
「油断は禁物」
最後は長い白髪を後ろに流した女性。彼女も紋章術師のようで、手に杖を持っている。彼女は時たま近づいてくるレッドラードルに紋章術を放っていた。
涼しげな表情でクールに語る。容姿ともあいまって、まるで人形のように見える。
ここまで歩いてきただけで数匹を倒して四人がスレッド達の傍までやってきた。
「って、なんじゃこりゃあ!!」
「派手に壊れてるねえ」
壁に開いた穴を見て、四人は驚きを見せる。厚さ一メートル近くある壁が破壊されているのだ。誰が破壊したにしろ、驚かずにはいられない。
「……これはお前達がしたのか?」
「いや、ここに来たら壊れてた」
リーダーであると思われる大男が穴を破壊具合を確認しながら尋ねてきた。対してスレッドは冷静に応える。
しばらく睨みあっていたが、スレッドの眼を見て、男は信用したようだ。
「で、こいつらを倒したのもお前らか?」
今はあまり時間が無い。誰が壁を壊したかを判明するより、現状の対処に目を向けるべきだ。
周りに倒れているレッドラードルを眺めながら、状況を尋ねる。
「ああ」
「実力は問題なさそうだな……ギルドランクは?」
「Dだ」
「私はランクC」
『はあぁー!?』
スレッドのランクを聞いた瞬間、四人共盛大に驚いた。
辺りを見ると、殴り飛ばされた死体と獣の牙や爪で切り刻まれた死体が転がっている。スレッドは手甲を付け、ミズハは刀を装備している。
話をしている間も、ライアは牙と爪、紋章術を併用してレッドラードルと戦っている。その死体は爪で切り刻まれている。
これらから導き出される答えは、これらの現状はランクDのスレッドと魔物であるライアが起こしたことが分かる。
「冗談……というわけではないようですね」
「レッドラードルのランクはB。信じられない」
「凄いですねー」
優男と白髪の女性は信じられないものを見る様にスレッドを観察し、金髪の女性は純粋に感心していた。
「色々聞きてぇとこだが、時間がねえ。お前さん達とブレアにここを任せた。俺達は他を回ってくらぁ」
「ああ、分かった」
スレッドとミズハ、ブレアと呼ばれた白髪女性が穴の開いたこの場所を任された。
スレッドとしても聞きたいことは多いが、話している暇は無い。今この時もレッドラードルがゆっくり近づいてきているのだ。
そして二組に分かれて移動していった。
「一応名前だけは伝えておく。スレッドだ」
「私はミズハだ」
「ブレア。よろしく」
戦いの前に名前を教え合う。スレッドとミズハは笑顔で答えるのに対して、ブレアはピースサインをしながら自己紹介をする。
いきなりのピースサインに一瞬ぽかんとするが、すぐに我を取り戻す。
そこにライアが魔物退治から戻ってきた。
「こいつは俺の相棒であるライア。こう見えて氣獣だ」
「ガウ!!」
「……かわいい」
走りながら器用にライアを撫でていく。その顔には微かな笑みが浮かんでいた。
「パーティを離れて良かったのか?」
気になったことを聞いてみる。
四人いる中で、ブレアだけがパーティから離れてしまった。あの場では反論している暇もなく、仕方ないとはいえブレアはあっさり承諾した。
「大丈夫。私と彼らは臨時のパーティ。むしろ、彼らとは連携しづらい。だから後ろで紋章術を使ってた」
「なるほど。ならこちらでも後方で紋章術を頼む。俺とライアはさっきと同じく前衛で、ミズハはブレアの護衛と俺の取りこぼしを頼んだ」
「了解」
役割分担を決めた瞬間に自分達の配置に着く。同時にレッドラードルが押し寄せてくる。
第二ラウンドが開始した。