第百七十三話「巫女」
空中に映し出された女性はゆっくりと目を開け、優しげな笑みを浮かべている。
「あなたは…………」
『私の名はミスト。運命を司る女神の一柱です』
『!?』
セリナの質問に応えた女性、ミストの答えに誰もが驚く。ある程度誰もが予想していたが、それでもはっきりと言葉で聞くと驚かずにはいられない。
銀色の神に碧の瞳、白のローブを着ている。正に女神と呼ぶに相応しい格好だが、なぜかその場の誰もが映像が出現した瞬間の神々しさに今は若干の違和感を覚えていた。
まさか偽物だとは思えないが、なんとなく怪しかった。
『事情は心得ています。あなた方が魔王討伐に集まった者たちですね』
「あ、はい」
『女神の一人としてお礼を申し上げます。ありがとう』
穏やかに微笑みながらお礼を述べるミスト。お礼を言われるとは思わず、その場の全員が多少戸惑う。
次の言葉を待っていると、ミストは視線を下に落とし、身体が徐々に震え出す。
どうしたのかと誰もが疑問に感じた瞬間、何かが爆発した。
『ぷ、く…………あはははは!! やっぱり無理!!』
「…………は?」
「どうなってやがる?」
普段はあまり驚くことのないスレッドはミストの突然の変貌を呆然と見つめ、ブラッドもいつもと違い戸惑っている。
一頻り声を出して笑うミストだったが、どうにか落ち着きを取り戻す。その間誰も突っ込むことが出来なかった。
『折角だから厳かな雰囲気で頑張ろうと思ったけど、やっぱり無理ね』
愉快に笑うミストは、先ほどまでの穏やかな雰囲気ではなく、周りを明るくさせる様な雰囲気を漂わせている。
「あの、女神ミスト、ですよね?」
『そうだよ~。一応女神やってまーす』
「なんというか…………」
「まったく女神に見えないわ」
軽いミストの態度にヴィンセンテとナディーネはどういった表情を浮かべればいいのか迷っている。他も似たり寄ったりの表情だ。
『女神だからって堅苦しくなる必要ないでしょ? 大事なのは魔王を倒すこと。でしょ?』
「確かにそうだね」
自分の態度が微妙な空気を生み出したことに苦笑しながらも、ミストは今重要なことを確認するかのように尋ねる。それに対してカロリーナも頷く。
今は女神の態度などとやかく言っている場合ではない。
『それでは、女神様のプレゼントタイム、イエーイ!!』
「イエーイ」
『…………』
ノリノリなミストに反応するのはブレアだけだった。他は軽いノリに疲れた様な表情を浮かべている。
どうやって対応していけばいいのか分からなくなってきた。
『それじゃあまずは魔王城までの翼ね。羽根と爪はある?』
「あ、こちらにあります」
突然指名され、ヴィンセンテは慌てて羽根と爪をミストの近くまで持ってきた。二つを確認したミストは小さく何を呟くと、右手を前に出した。
立体映像だから実際には手が現れたわけではないが、ミストの手の辺りから輝く粉の様なものが降り注ぐ。輝く粉は羽根と爪にかかり、二つを包み込むように光が発生した。
光は徐々に小さくなっていき、代わりに光の中から真っ白い卵が現れた。ミストは再び何かを呟き、右手の人差し指を動かした。
すると、卵の表面に幾つもの紋章が浮かび上がり、瞬時に発動した。
『これでよし。後は生まれるまで待つだけだね』
「どの位で生まれるのですか?」
『そうだねぇ…………紋章無しなら約3万年かな』
「いやいや、絶対間に合いませんよ!!」
じっくり観察しながらいつ生まれるのだろうと質問するシャンテ。その問いにあっけらかんと万単位で答えるミストにミンティがツッコミを入れる。
『大丈夫、大丈夫!! 紋章有りなら3日で生まれるから♪』
『早っ!?』
『あはは!! ナイスツッコミ!!』
あまりの短縮に全員が突っ込んでしまった。息ぴったりなツッコミにミストは声を上げて笑っていた。
しばらく笑っていたミストは何とか落ち着きを取り戻し、二つ目のプレゼントタイムとなった。
『二つ目はこれ…………女神の力~♪』
「…………ありがとう、ございます」
突然力を与えられ、戸惑うセリナ。身体の中に生まれた力と知識を感じながらも、どうにかお礼を述べる。
最早ミストの性格には突っ込まない。いや、突っ込みたくない。
『身体の中に感じる力を神器へ付与させる様な感じでやれば大丈夫だよ』
「頑張ります」
セリナは女神の力を早速身体の中で操りながら、ミストの知識を参考に神器へと力を付与させる感覚を掴もうとしていた。
『さってと、もうそろそろ終わりかな』
神が世界に干渉できる時間は限られている。上位の存在ある神が人間の世界に干渉すれば、力のバランスが崩れ、最悪世界が崩壊する可能性がある。
「大丈夫なのですか、かなり干渉していますが?」
『問題なしだよ。巫女であるセリナの力を借りているからね』
「その、巫女というのはどういったものなのですか?」
これまで疑問に思っていた質問をぶつけてみる。その質問にミストは真剣な表情になった。その表情に誰もが息を飲む。
どうやら重大な事実がありそうだ。
『…………多分私の力の一部を使えるだけじゃない?』
全員がこけずにはいられなかった。まさかミストの口から疑問形で答えが返ってくるとは思ってもみなかったのだ。
「なんじゃそりゃ…………」
『しょうがないじゃない。私自身がそれほど分かってないんだか』
拗ねたように答えるミストはとても可愛く見えた。だが、答えはどうしようもなかった。
神の巫女とは神に選ばれた女性で、神の力の一部を授かった者をそう呼ぶ。神の力はそれぞれの神によって違うが、人の力を超えたものである。
神の力は確かに強大だが、それを引き出すのは人の力と意志だ。今回は封印が解除されたことにより溢れ出した力で顕現しているが、本来は巫女の祈りによって神の力を発揮する。
しかし、神は巫女を選ぶことはできない。世界の意思によって神から巫女へと力が付与される。力の種類を選ぶこともできない。
勝手に力を持っていかれるのだ。どんな神であっても巫女のことをよく分からないのだ。
『だから、そっちで勝手に調べてね♪ それじゃあ時間だから。じゃあね~♪』
『……………………』
誤魔化す様な笑みを浮かべ、軽く手を振りながらミストは消えていった。
最早これ以上ないくらい全員が疲れていた。




