第十五話「襲撃」
「た、大変だーー!!」
ギルドに一人の冒険者が慌てて走り込んできた。
息を切らし、床にへたり込む。身につけている防具はボロボロで、頭からは血を流している。明らかに敗走したことが分かった。
彼の容体を見て、奥から救急箱を持った女性職員とその後ろからギルドマスター、リカルドがやってきた。
「どうした?」
手当てを受けながら、ひどく怯えている冒険者の男。リカルドは緊急事態であることを感じながら尋ねる。
冒険者の男は女性職員から一杯の水を貰い、一気に飲み干す。
そして、最悪の事態を告げた。
「大量のレ、レッドラードルの群れが街の外に!!」
レッドラードルという単語にギルド内がざわめく。
レッドラードル――――二足歩行の毛むくじゃらな魔物で、森の奥で生活している。高い腕力を誇り、一撃食らっただけで防具が破壊される。スピードはそれほど速くないが、知能が高く、戦いの中で敵の弱点を攻撃してくる。単体でランクBの魔物である。
基本的には単体で行動している。群れで行動することはまずないと言われている。
「落ち着かんか!! ……現在の状況は?」
ざわめく冒険者達に喝を入れ、続きを促がす。
「騎士団が必死に抑えてますが、いつまでもつか……。それと未確認ですが、キングラードルもいると」
「ッ!?」
冒険者達に緊張が走る。先ほどまで以上のざわめきが起こる。一部の冒険者は震えていた。
「キングラードル?」
「レッドラードルの主で、単体でランクSの魔物だ。レッドラードルの体長を一回り以上上回り、攻撃自体が兵器に匹敵する。移動しながら生活していることから『歩く災厄』と言われている」
室内の雰囲気を考え、小声で話すスレッドとミズハ。冒険者がギルドに入ってきた後に隅に移動し、事の成り行きを見守っていた。
さすがにこの事態を見過ごして、宿に帰るわけにはいかなかった。
「頻繁にやってくるものなのか?」
「いや、レッドラードルが人里まで降りてくることは殆どない。群れで行動することなど本来ならあり得ない。更にキングラードルなど冒険者でも一生お目にかからないのが普通だ」
レッドラードルもキングラードルも人里に近づく事は無い。どちらも知能が高く、人間と呼ばれる種族が手強いことを知っているからだ。
肉食ではあるが、無理に人間を襲うことは無い。森で暮らす魔物を餌にしている。
「手の空いている者は直ぐに応援に向かえ!! 街にいる冒険者にも通達しろ!!」
「了解しました!!」
「ランクの低い者は市民の誘導じゃ!!」
「おお!!」
リカルドの一喝で、その場にいる全員が動き出す。ある者は現場に向かい、またある者は市民を避難させるために動き出した。
スレッドとミズハも自分の出来ることを考えて、街へと走っていった。
街中を走っていると、市民が次々と避難場所に向かって走っていく。逃げ遅れている人々に手を貸し、城もしくはギルドに向かう様に指示する。
城とギルドは緊急時の避難場所として指定されている。どちらも強固な造りをしており、騎士団や冒険者が防衛する。
なぜ二か所あるのかというと、一か所では市民を全て収容することが出来ないのだ。
周りに人が殆どいなくなり、次の場所に向かおうとした瞬間だった。
「きゃあーー!!」
女性の悲鳴が聞こえた。視線を向けると、そこには腰を抜かして倒れている女性と片手を振り上げている毛むくじゃらの魔物、レッドラードルがいた。
「どうして街中に魔物が!?」
「ちっ!! ライア!!」
「ガウ!!」
街中に魔物がいることに驚くミズハ。まさか入口の防衛線を越えて、ここまで侵入してきたのだろうか。
即座に飛び出したスレッドはレッドラードルに攻撃を加える。スレッドの指示を受けたライアは女性の襟を銜え、後方へと下がらせる。
紋章術の爆発によるスピードでレッドラードルの懐に飛び込み、左手をレッドラードルの腹に添える。左手で紋章を描き、右手で拳を作り、紋章に叩きつけた。
「――――!?」
レッドラードルの腹が爆発し、獣の鳴き声を上げて絶命した。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございます!!」
「急いで避難場所へ」
怪我が無いことを確認し、女性を避難場所へと向かわせる。その間も魔物の襲撃が無い様に、細心の注意を払う。
女性が無事に走り去ったのを確認し、現在の状況について話し合う。
「何処から入ったと思う」
「…………この街は基本的には一か所しか入口が無い。他にも小さな入口があるが、レッドラードルが入れるほどの大きさじゃないよ」
街中に魔物が入り込んだ事は今までなかった。十年前、アーセル王国では魔物の大襲撃があった。その際にも首都の高い壁を越えてくることはなかった。
また街全体を覆う様に結界の紋章術で張り巡らされており、上空からの侵入を防いでいる。
正面の入口では冒険者が防衛しており、紛れて入り込むとは考えにくい。
「……調べた方がいいな」
そう言うと、スレッドはライアを鷹へと変化させ、上空へと飛ばした。
空には結界があるので、あまり高度は上げられない。ゆっくりと旋回しながら街の様子を調べていく。
(…………ん? あれは!!)
ライアの視線を通して街を眺めていると、壁の一部に何かを発見した。
目を開き、何かを発見した場所に急行する。いきなりのことにミズハは驚くが、慌ててスレッドについていく。
ライアには既に指示を出し、上空からそちらに向かわせる。
「どうした、スレッド」
「……壁が破壊されている」
「何っ!?」
ちょっとやそっとで破壊されることのない強固な壁が破壊され、穴が開いている。そこからレッドラードルが街へと入り込んでくる。
「グルルゥゥ……」
辺りを見渡し、人間を探す。しかし、人間は見当たらない。探しに行こうと一歩を踏み出した瞬間、レッドラードルの身体は後方へと吹き飛んだ。
更にその隣りにいたもう一匹の身体が二つに分かれる。
「さて、どうする?」
「増援を待つ、というわけにはいかないな」
レッドラードルの前に現れたのは、スレッドとミズハだ。
この場所が破壊されたことを知る者はスレッド達以外いない。他の冒険者は入り口で激戦を繰り広げており、余裕はない。
ここはスレッド達が頑張るしかない。
「――――!!」
「とりあえず、やるか」
飛びかかってきたレッドラードルを左足で横っ腹を蹴り、右の拳で顔面を殴り飛ばした。
殴り飛ばされたレッドラードルは絶命し、それを見た他のレッドラードルがスレッドを脅威に感じ、数匹が一斉に襲いかかってきた。
「おら!!」
左手の手甲に刻まれた身体強化の紋章を発動させる。両手両足が光を発し、全身が強化される。動きが格段に上昇した。
まず右手を左側から襲ってきたレッドラードルの腹にぶち込み、その勢いのまま右側から襲ってきたレッドラードルの顔面に右足を叩きこむ。
倒された二体の巨体が後ろにいた他のレッドラードルに圧し掛かり、スレッドは倒したレッドラードルを足場にして背後へと移動する。
「はっ!!」
後頭部に拳を叩きつけ、頭蓋骨ごと破壊する。
その光景を見て、残りのレッドラードルは動かずにスレッドを警戒していた。
(……ここでは戦い辛いな)
襲いかかってこないが、警戒を解かないレッドラードル。この場で待機して戦えないことないが、街中では障害物などがあって少々動き辛い。
それならもう少し戦線を押し上げた方がいい。壁の前で戦えば、侵入してくることもないだろう。
「ミズハ。俺はこれから外に行って、殴り飛ばしてくる」
「ちょっと待て、いきなりどうした?」
突然の宣言に戸惑う。明らかに話の流れがおかしかった。
そこでスレッドは自身の考えを簡単に説明し、戦場に飛び込むために足裏に紋章を展開しようとした。
今にも飛び出そうとしたスレッドに、ミズハは少し考えて、それから決意の籠った表情で向けた。
「……分かった。私も行こう」
「大丈夫か?」
「それは私のセリフだ。一人で行かせるわけにはいかない。それに――――仲間だろう」
「――――そうだったな」
二人は笑い合い、そして戦場へ飛び込んでいった。