第百六十一話「復活」
魔王領の奥、城の中心に設置されている水槽の肉塊が蠢く。赤ん坊ほどの大きさは一気に膨れ上がり、成人男性ほどの大きさになった。髪は腰ほどまで伸び、端正な顔立ちをしている。身体は細身で、どこにでもいる青年にしか見えない。
水槽の中で目を見開き、手を水槽の内側につけた。
パリィィン!!
一瞬にして水槽のガラスが割れ、水が地面に流れる。青年は裸のまま水槽の外へと歩いていく。
「お待たせいたしました」
「うむ」
青年の前にインテル風の男が跪く。いつもは冷静な男の声に喜びがにじんでいた。待ちに待った瞬間であった。
青年が手を振る。すると、全身が輝き、黒を基調とした服装が出来上がった。悠然と歩き、王座に辿り着く。
「…………足りんな」
手の平を上に向け、前に突き出す。すると、手の上に魔力が集まり、黒い塊が生み出された。
その黒い塊をおもむろに口に含んだ。
ゴクン。
瞬間、青年の魔力が一気に膨れ上がった。数百倍にまで高まり、その魔力を完全に自分の物にしていた。
青年が食べた魔力は周辺一帯に漂っていたものであり、一気に取り込めば魔族でも魔力が溢れて爆発してしまうだろう。
そんな量の魔力を取り込んで平然としている青年こそが、魔族が待ち望んだ魔王である。
「サイフェル」
「はっ!!」
跪いていた男、サイフェルは恭しく頭を下げながら返事をする。そこには魔族に指示を出す不遜な態度は全く見えなかった。
サイフェルにとって、魔王は絶対的な存在だ。逆らうことなど出来ない。
「人間界への侵攻はどうなっている?」
「…………申し訳ありません。思う様に進んでおりません」
サイフェル達魔族は魔王を復活させるために力を注いでいた。人間界侵攻も決して手を抜いていたわけではないが、それでも芳しくないのは事実だ。
それでも進んでいないのは、なかなか人間が手強いからだ。
「くっくっく、そうでなくてはつまらん」
魔王は楽しそうに笑う。簡単に世界を手に入れてしまってはつまらない。
しばらくの間、魔王城の王座に笑い声が響いていた。
「さっさと終わらせねば」
「ッ!?」
ノイドはその巨体に似合わず、瞬時にしてスレッドの傍に近づいた。その動きはスレッドでも何とか視認出来たほどだ。
四本の腕に魔力を集め、四本同時に拳を突き出した。
「ぐっ!?」
回避することが出来ず、防御するしかなかった。合体紋章のエネルギーを前面に集め、どうにか威力を殺す。
しかし、防御を超える攻撃がスレッドを襲う。全身が砕けそうなほどの威力がスレッド自身を吹き飛ばす。崩れた神殿の砂にぶつかり、埋まっていく。
「スレッド!!」
「よそ見をしている暇はないぞ」
ノイドは重力に従って地面に降りていき、四本の腕で砂の地面を全力で叩いた。
「サンドブレイク!!」
四本の腕は激しい衝撃を地面に与えた。すると、砂は全方位に動き、波の様に浮かび上がっていく。
「うわ!?」
「逃げ……!?」
砂の波はノイドを中心に広がり、兵士たちを飲みこんでいく。波は3メートルほどの高さに達しており、空を飛べない兵士には回避することなど出来なかった。
「白夜!!」
迫る砂の波を見据えながら、ミズハは炎を発生させた。自身を覆う様な形で炎の結界を展開させ、砂の波を燃やし尽くしていく。
周りには砂に飲まれていく兵士の姿が見えるが、助けることが出来ない。無理に彼らまで助けようとすれば、自分も含めて全滅してしまう。
彼らが自分で助かることを願うだけだ。
次々押し寄せる砂を燃やしていくが、砂の量が多すぎる。このままではミズハも砂に埋もれてしまう。
《主、結界の形を変えるのじゃ》
「形!! 今の状態では難しい!!」
白夜が難しい要求をしてくる。今目の前の砂を対処するだけでも難しいのに、ここから更に結界の形を変えるなど、不可能に等しい。
《そこは妾が補助しよう。前方の結界を角張らせ、砂を左右に誘導させるのじゃ》
「分かった!!」
ミズハは白夜の補助を受け、結界の形を変えていく。前方を角張らせ、砂を燃やすのではなく、左右に誘導させる。これで押し潰される心配は無くなった。
「…………」
刀の柄に手を添える。砂の先にはノイドがいるはずだ。砂が無くなった瞬間に攻撃できるように意識を集中させる。
そして、迫りくる砂が無くなった。
「!?」
「考えは読めている」
砂が晴れた先には、ノイドが四本の腕を振りかぶっていた。
すぐさまミズハも反応した。一気に刀を振り抜き、ノイドの胴に向けて炎を纏った刃を放つ。同時にノイドも腕を振り下ろしていた。
ガキィィン!!
まるで金属がぶつかり合う様な音が響く。生身の腕のはずなのに、金属の様に硬かった。
「人間の力など、知れているわ!!」
「きゃあ!!」
ミズハはあまりの威力に身体ごと吹き飛ばされてしまう。その方向はスレッドが吹き飛ばされた神殿の方向だった。
このままでは砂に激突する。砂は柔らかいとはいえ、激突すれば無事では済まない。
しかし、ミズハが砂にぶつかることは無かった。
「よっと」
ミズハは無事に現れたスレッドに受け止められた。その横にはブレアとライアもいる。ミズハに怪我が無いことを確認し、スレッドはミズハを地面に下ろす。
色々と心配の言葉が溢れてきたが、今は無駄口を叩いている時ではない。目の前に強大な敵がいるのだ。
「貴様らの死をあの方の復活に捧げよう」
「返り討ちにしてやるよ」
再びスレッドは構え、ノイドへと向かっていった。




