第十四話「形見」
「ふぁ~~あ…………ん?」
コン。
見張りの男は転がってきた石ころに意識を向ける。その瞬間だった。
「!?」
首の後ろに激しい衝撃を受けた。何の訓練も受けていない盗賊では耐えることが出来ない。
すぐに意識を失い、地面に倒れ伏した。
倒れた男の後ろに現れたのは、スレッドだった。
草の間に隠れていたスレッドたちは、落ちていた石ころを男の近くに投げ、意識がそちらに向いている間に反対側から近づく。後ろに回ったスレッドは男の首筋に手刀を打ち込む。
意識の失った男に近づき、持っていたロープで縛り、口に猿轡を噛ませる。
「上手くいったな」
「ああ」
拘束された男を地面に転がし、二人は洞窟の奥へと進んでいった。
「今回も上手くいきましたね、頭」
「ああ、食料も金もたんまりだ」
盗賊たちは楽しそうに酒を飲んでいた。
彼らは数日前に近くの村を襲い、金品や食料を奪ってきた。若い娘がいればもっと良かったが、生憎村には若い娘がいなかった。
「しっかし、これなんすかね?」
「さあな、あの爺さんは必死になって守ろうとしてたが……」
そういって視線を向けた先には、二メートルほどの大きさの石像があった。
その石像は人の形をしており、精巧に造られている。歴史を感じるが、必死になって守らないといけないものとは思えない。
だが、必死に守っているものほど、彼らは欲しくなる。男たちは幾つかの金品を諦め、石像をここまで運んできたのだ。
その理由は――――
「一応は美術品だ。どっかの富豪が大金を出すはずだ」
裏のオークションで売るためだ。奇特な貴族がこういった良く分からないものを買いたがる。
「お頭、次は女を攫いましょうぜ」
「へへ、いいな」
酔った赤い顔で男たちは更に笑い声を上げる。
「てめぇらに次はない」
『ッ!?』
突然洞窟内に響いた声とともに煙が舞い上がった。視界はゼロになり、男たちは身動きが取れなくなる。
「なんだ、これ!?」
「落ち着け、お前ら」
部下たちは慌てるが、お頭は違った。慌てる部下たちを落ち着かせようと声をかける。しかし、前が見えない状況では落ち着くことが出来なかった。
「ぎゃあっ!!」
「ぐべっ!!」
「どうした!?」
聞こえてくる男たちの悲鳴。何が起こっているのか分からない。どうにか近くにおいていた片手剣を手に取り、鞘から抜いた。
悲鳴が聞こえなくなり、徐々に煙が晴れていく。そして洞窟内が見えてきた。
「誰だ、てめえ!!」
「単なる冒険者だよ」
お頭が目にしたのは、倒れている部下の近くに立っているスレッドの姿だった。何も考えられなかったが、反射的に剣を振り上げた。
キィン!!
甲高い音が響き、持っていた片手剣が吹き飛んだ。刀身が二つに折れ、壁に突き刺さる。
「脆いな」
片手剣を弾き飛ばし、真っ二つにしたのはミズハだった。ミズハは刀を振り抜いた状態で男の前に立っていた。
刀の切っ先を男の首に突きつけ、殺気を放つ。その殺気に男は身動きが取れない。
「大人しくしろ。さもなくば…………」
「わ、分かった!! 分かったから!!」
両手を挙げ、降伏する。腰が引け、身体は恐怖から小刻みに震えている。その姿はあまりにも情けなかった。
「まったく、よくこれだけ集めたものだ」
盗賊を全員縛り上げ、外に転がしている。全員に刀を突きつけて脅したため、震えながら大人しくしていた。
更にライアが見張っている。隙を見て縄から抜け出そうと試みる盗賊に牙を剥き、盗賊はすごすごと大人しくなる。
その後洞窟内の部屋を探索し、ペンダントを探していた。
しかし、なかなか見つからない。
「…………無くしたという可能性は捨てきれないな」
「…………」
ミズハの言葉にスレッドの手が一瞬止まる。考えなかったわけではないが、可能性はゼロではない。
それでも探し続ける。スレッドは再び手を動かした。
「…………」
「…………」
洞窟内には物を動かす音だけが聞こえてくる。様々なお宝からガラクタまで様々だ。
スレッドは大きな宝箱を開け、乱雑に入れられているアクセサリーを探っていく。その中から一つのペンダントを取り出した。
「…………あった」
そのペンダントはどこにでもある、安物のペンダントだ。珍しい形をしているわけでも、特殊な力が込められているわけでもない。
それでも、リズにとってはとても大事なペンダントだ。
「良かったな」
「ああ」
安堵の息を漏らし、二人は後のことをギルドに任せることにしてリズの元に向かった。
「あ、お兄さんにお姉さん!!」
リズは二人の姿を見つけると、笑顔で一生懸命に駆け寄ってきた。手には鍬を持っており、どうやら畑を耕していた様だ。
「ほら、取り戻してきた」
「!?」
袋から取り出したペンダントをリズに手渡す。受け取ったリズは目を大きく見開き、ペンダントを見つめた。
次の瞬間、リズの眼から涙が流れる。
「……ありがとう」
消え入るような、それでいて嬉しそうな声で礼を告げる。リズの顔には心からの笑顔があった。
紹介状にリズのサインをもらい、ギルドへとやってきた。
紹介状を受付で処理している間、ミズハは気になっていたことを聞いた。
「どうしてリズの依頼を受けたんだ?」
依頼を受ける前にも聞いた質問だ。その時スレッドははっきりとした答えを言わなかった。
スレッドはしばらく考えた後、口を開いた。
「……俺にも爺さんから貰ったものがある。なんとなく放っておけなかったんだ」
手に装備した手甲を触りながら語るスレッドの横顔は嬉しそうだった。凛々しいその横顔にミズハは一瞬ドキッとしてしまった。
二人の間に沈黙が流れる。しかし、その沈黙は洞窟内での沈黙とは違い、とても暖かい空気が流れていた。
「スレッド様、カードの更新が終了しました」
「ありがとう」
しばらくしてカードの更新が終了した。
今回のリズの依頼と盗賊を捕えたことにより、スレッドのギルドランクはDへと上がった。
ギルドでの用事も済み、スレッド達は宿に戻ろうとした。その時、一人の冒険者がギルドに飛び込んできた。
「た、大変だーー!!」