第百五十三話「行方不明」
「行方不明?」
「はい。結界の紋章を配置した紋章術士達が帰還する途中、忽然と姿を消したようです」
「…………」
提出された書類を確認しながら、ザックは部下の報告を聞いていた。
部下の報告のよると、魔王領との境界線で結界の紋章を展開させていた紋章術士達が、リュディオンに帰還する途中で姿を消した。
護衛として兵士や冒険者が同行していたが、彼らは帰還途中で意識を失って倒れていた。意識を取り戻した彼らは何も覚えておらず、紋章術士達がどうなったのか分からない。
「それと、少数ですが各地でも紋章術士が行方不明になっております」
「誘拐か?」
「そこまでは分かっておりません。ですが、それなりに高ランクの術士が消えているのです。誘拐されたとは考えにくいですね」
次の資料には各地の紋章術士の所在が記されている。その中の数人の所在には線が引かれており、現在どこにいるのか分からない。
術士の殆どは冒険者であり、冒険者の所在が分からないのはそれほど不思議なことではない。クエストの受注中などギルドですら所在を把握できない時がある。
いつもなら問題にならないが、リュディオンに帰還中の紋章術士が消えたことで問題として上がってきたのだ。
「至急調査を行なってくれ」
「分かりました」
軽く一礼して、部下は部屋を後にした。それを確認して、ザックは書類を読みながら溜息を洩らした。
「さっさと回復して、戻ってきてくれ、リカルド。俺じゃあ書類に埋まっちまうぞ」
机の上に高く積まれた書類を眺めながら、ザックは疲れた表情でリカルドの回復を切に願っていた。
魔王領の奥深く、漆黒の巨大な城がそびえ立っている。空は雲に覆われ、雲の中では雷で常に輝いている。まさに魔族の城に相応しい光景だ。
そんな城の王座に巨大な円状の水槽が存在する。緑色の液体が水槽を満たし、中には赤黒い肉の塊が浮かんでいる。
肉塊は微かに脈動しており、すぐにでも止まってしまいそうなほど弱々しい。
「…………準備は整っているか」
「まもなく完了する。既に最終段階に入り、数日中には発射できるだろう」
「時間が無い。このままでは手遅れになってしまう」
水槽の前には眼鏡を掛けたインテリ風の男とラファエーレが立っている。真剣な表情で肉塊を見つめ、どこか焦っているようにも見える。
その理由は目の前の肉塊にある。目の前の肉塊は限界に達している。このままでは脈動を止め、肉塊は崩れていくだろう。
「それはそれで面白そうだけどね」
そこに空中からノアが現れた。二人の会話を聞いていたにも拘らず、ノアは二人の様に焦りなどしない。
それどころか、今の状態を楽しんでいるようにも見える。
「ノア」
「もう僕たちだけで侵略したほうが早いんじゃない? その方が僕も楽しめ――――」
「ノア、少し黙れ」
『!?』
眼鏡の男の声にラファエーレまで身体を固める。それほどまでの威圧感が眼鏡の男から発せられる。まるでこれ以上何かを喋れば、ノアは眼鏡の男に瞬殺されるだろう。それほどまでに魔族を束ねる目の前の男は強い。
「履き違えるな。我々の目的は、あの方の復活だ」
「…………分かっているよ」
さすがのノアも眼鏡の男には逆らえない。その姿勢に満足した眼鏡の男は、水槽を見上げる。
「早急に目的を達成させろ」
『了解』
ラファエーレとノアは指示に従う様に影を利用して城を後にした。
「後少し、後少しです…………」
一人になった王座で、眼鏡の男は肉塊に向けて言葉を発した。それに反応したかのように、肉塊は微かに動いた。
魔王領との国境近くの森の中。そこに中堅クラスの冒険者のパーティがいた。
彼らは以前の魔王領からの大襲撃で迷い込んだ魔物を討伐するクエストを受注して、恐る恐る森の奥へと進んでいった。
「なあ、大丈夫かな?」
「知らないわよ!! あんたが勝手にクエスト受けてきたんでしょうが!!」
「二人とも、あまり騒ぐな。突然襲われたらどうする気だ」
男二人に女一人のパーティである彼らは、前回の大襲撃には参加しなかった。その理由としては彼らのレベルでは作戦に参加するのは危険だったからだ。
リーダーである気弱な男は、意外と上昇志向が高く、以前の作戦にも応募をしていた。結局実力が足りずに落とされてしまったが。
参加できなかった悔しさで、リーダーの男はリュディオンのギルドで募集されていた魔王領から迷い込んだ魔物を討伐するというクエストを、仲間に相談もせずに受注してきてしまった。
仲間の二人は仕方なく森までやってきたが、ここまで来て怖くなってきた。
ガサ、ガサ!!
『ヒィッ!?』
突然聞こえてきた草木が動く音に三人は短い悲鳴を上げた。すぐさまそれぞれが武器を手にし、音の聞こえた方に構える。
心臓が破裂しそうなほど脈打ち、この状態が続けば直ぐに緊張だけで倒れてしまいそうだ。
目的の魔物かもしれない。気合いを入れないといけないのに、全員逃げ腰だ。
そして、草木の陰から何かが出てきた。
「はあ…………はあ…………た、たすけ…………」
ドサ!!
飛び出してきたのはボロボロになった男だった。服装からして紋章術士の様だ。
「おい!? 大丈夫か!!」
人が出てきたことにホッとしたが、傷ついていることに気が付くと、三人は慌てて男に近づいた。
どうやらかなり衰弱しており、身体中に傷痕がある。このままでは危険だ。今すぐ街に戻って治療を行なわなければいけない。ここで治療できればいいが、彼らの中で治癒の紋章を使える者がいない。
三人は周りを警戒しながら、男を担ぎ上げようとした。
「く…………あ…………」
「もうしゃべるな!! 直ぐに街まで連れて行ってやる」
「…………ギルドに…………伝えて、くれ…………危険が…………迫っている」
それだけ伝えて、男は意識を失った。
伝言を聞いた三人は戸惑ってしまったが、それ以上の言葉を聞くことが出来ない。仕方なく男を担いで街へと急いだ。
お待たせしました!!
ようやく新章を更新できました。
これまでの約一カ月、なかなか九章の中身が出来ず、
更には前の章の改訂も進みませんでした。
理由としては色々あるのですが、
10月1日から部署が異動になり、引き継ぎなどが大変だったり、
異動先が最悪だったりと仕事が大変でした。
ですが、この連休中に一気に話が降ってきて、
どうにかこの話数が出来あがりました。
ただ、前の章の改訂も行いたいので、
一応は同時進行でいきたいと思います。
自分の中では一応後数章で「格闘家な紋章術士」は
終わりを迎えると思います。
詳しい章数は教えることはできませんが、
どうにか終わりが見えてきました。
思えば長かったですが、どうにか完結は出来そうです。
ですので、出来れば最後まで読んでやってください。
これからもよろしくお願いいたします<(_ _)>