第百五十話「やるべきこと」
「…………」
口から血を流しながら、術士たちは満足そうに地面に倒れ伏している。最早動くことはない。
「ちっ!!」
キィン!!
そんな術士など気にすることなく、アーノルドは結界の紋章を封印を破壊しようと剣を振っていた。
結界の紋章は地面に描かれ、その上に石を積み上げてそこに封印を施す。十数人の術士によって発動された封印は並大抵の攻撃ではびくともしない。
しかし、アーノルドほどの冒険者の攻撃は封印すら斬り裂いてしまう。いつも通りなら封印は破壊され、結界の紋章がその姿を露わにしていただろう。
「はあっ!!」
ガキィィン!!
そのアーノルドでも術士の命を使った封印を破壊することが出来ない。
人間の命のエネルギーは凄まじい。その力は魔族にすら通用し、一軍隊に匹敵するほどの力を秘めている。
命のエネルギーが十数人分合わさっているのだ。たとえ熟練の冒険者であっても、力押しで破ることなど出来ない。
「おのれ!!」
「どうやら梃子摺っているようだな」
「…………マリューク様」
「人間の力というものは侮れないな」
封印を破壊出来ず焦っているアーノルドに声が掛けられた。振り返ると、そこにはマリュークが立っていた。
マリュークはゆっくりと封印へと近づいていく。マリュークの顔には余裕が見える。
「申し訳ありません。破壊することが出来ませんでした」
「構わんよ。この結界は本来の出力を出せていない。この程度ならばどうにでもなる」
まるで結界など歯牙にもかけない様な言葉が響く。
「こ、のぉ!!」
「これならば、我々の目的を達することが出来る」
ザシュッ!!
血だらけになりながらも、まだ息があった兵士がマリュークに攻撃を仕掛けた。脚はふらふらになりながらも、何とか目標まで辿り着く。精一杯に掴んだ剣を上段に構え、振り下ろす。
だが、兵士の剣はマリュークに届かなかった。
マリュークは指先一つ動くことなく、兵士の身体を斬り裂いた。どういった手段を用いたのかは分からないが、マリュークが行なったことだけは分かった。
兵士にまったく興味を示すことなく、マリュークは封印に背を向けた。
「さあ、戻ろうか」
「はっ!!」
短く返事をするアーノルドを連れて、マリュークは森の奥へと消えていった。
後に残ったのは、術師と兵士の死体だけだった。
『…………』
「どうだ?」
「…………かなり危険な状況です。助かる可能性は…………低いです」
作戦本部とは別の部屋で発見されたリカルドの状態を聞いたギルド職員は、誰も心配そうな表情で治療の様子を眺めていた。
傷ついたリカルドを発見したソルは、すぐさま紋章術師と医師を呼び、治療を行なわせた。
リカルドの負傷はすぐさまギルド職員の間に知れ渡り、誰もがリカルドの様子を確認しようと部屋に集まった。
「…………ぁ…………」
「!? リカルド様!!」
包帯で止血をして、治癒の紋章術を掛けられているリカルドの口が動く。微かだが意識を取り戻したようだ。
ソルが近づくと、リカルドは掠れる様な声でソルに言葉を伝えた。
「…………後を…………任せた」
「リカルド様…………」
リカルドの言葉を聞き、ソルの中で強い意志が生まれる。自分がすべきことを改めて示された様な気がした。
「…………全員、持ち場に戻れ」
「し、しかし!!」
ソルの指示に誰も戸惑う。リカルドはまだ危険な状態なのだ。そんな状態でこの場を離れることは出来なかった。
そんな職員達にソルは一喝した。
「俺達の仕事は何だ? 冒険者として敵と戦うことか? 術師としてリカルド様を治癒することか?」
『…………』
「いいや、違う!! 俺達がすべきことは、ギルド職員としてこの作戦を成功させることだ!!」
ソルは立ち上がり、リカルドの周りに集まった人々に強い視線を向けた。
「俺達がここで立ち止まれば、魔物の侵攻を許してしまう。そうなってしまえば、この街も、多くの人々も危険に晒される。俺達は失敗する訳にはいかない!!」
拳を握りしめ、怒号を飛ばす。
誰もこの部屋に集まっており、作戦は一時中断してしまっている。数人が現場からの報告を受けているに留まっている。
今この瞬間にも冒険者達が作戦成功を信じて戦っている。このままここで立ち止まり、作戦が失敗すれば全ての努力が無駄になってしまう。
リカルドの負傷は確かに心配だ。これまでリカルドが作戦を指揮してきた。誰もがリカルドを信じ、その指揮に絶大な信頼を寄せてきた。
それでも今、リカルドは命の危機に瀕している。頼ることはできない。
ならば、自分達が動くしかない。
「行け!! 俺達がなすべきことをするんだ!!」
『はい!!』
誰も力強い返事をして、作戦本部へと走っていった。その後ろ姿を確認して、ソルは再びリカルドの姿を見た。
「後は任せた」
「任せてください。必ず助けて見せます」
数人の術師と医師にその場を任せ、ソルは自分がやるべき事をする為に作戦本部へと歩いていった。
ついに150話までやってきてしまいました。
特に自分にとって特別な節目というわけではありませんが、
何となく感慨深いものがあります。
間もなく第八章も終わる予定です。
その後については考え中です。
流れは何となく見えていますが、
まだまだ考え中です。
とりあえず第八章を終えるように頑張ります。