第百四十六話「心配」
エヴァを灰に帰したミズハは、力を使い果たして空中から落ちていく。
「ライア」
「ガウ!!」
落ちてくるミズハを助けるために、ブレアがライアに声を掛ける。ライアはブレアの指示に従って地面を駆け出し、空に飛び上がる。
《ほれ、こっちじゃ》
空に飛び上がったライアに向けて、白夜が尻尾をライアの身体に伸ばす。しっかりとミズハの身体を尻尾で固定し、ライアの背中に乗せた。その上に白夜が陣取る。
地面に降りたライアの上からゆっくりとミズハを降ろし、無事を確認する。一応治癒の紋章術をミズハにかける。
「…………問題なさそう」
《うむ、我が主の身体にはこれといった異変はない。おそらく力の使い過ぎじゃろう。もう大丈夫じゃ》
「それじゃあ、後よろしく」
その場を白夜に任せ、ブレアはライアを連れてスレッドが落ちていった場所に向かう。
「スレッド…………」
「ワウゥ…………」
そこには崩れた地面だけが広がっていた。
土の中。光の届かない地下になぜか氷の塊が存在する。明らかに天然に出来たとは思えない氷の中には、傷を負ったスレッドの姿があった。
「…………」
瞬き一つせず、合掌をした状態で固まっている。
パキ、パキパキ!!
氷は徐々に罅割れていき、氷が意志を持っているかのように形を変えていく。氷の破片の幾つかは水となって土に吸収され、中に人が入れるほどの空間を造り上げた。
「…………ぷはぁ!! 助かった」
ずぶ濡れのまま、スレッドは一息吐いた。風の紋章術で身体と服を乾かし、治癒の紋章術で身体の傷を治療する。さすがに大きな傷などは簡単に治せないが、何とか動くまでには回復した。
「何とか間に合ってよかった」
スレッドはボルフォックとの決着後のことについて思い出した。
「くそっ!!」
「さあ、共に逝くとしよう」
ボルフォックの身体が眩しく輝き、間もなく爆発を起こすだろうことは目に見えて明らかだ。
スレッドはボルフォックの腹に手を固定されて動けない。このままでは爆発に巻き込まれてしまう。合体紋章で強化されているとはいえ、直撃すれば命はないだろう。
(!! よし、弛んだ!!)
どうにかボルフォックの身体から腕を引き抜くことに成功した。ここからが勝負だ。
逃走。今から安全地帯まで避難する時間はない。合体紋章でスピードを上げたとしても、逃げてる途中に爆発に巻き込まれる。
回避。逃走同様に不可能だ。広範囲にわたる爆発を回避することなど出来ない。
(後は…………防御しかないか)
残るは防御のみ。しかし、生半可な防御力では防御ごと吹っ飛ばされてしまう。
「はああああ!!」
すぐさま両手に氷の紋章を展開させる。
本来スレッドがいる場所ならば、土の紋章で防御すべきだ。材料は豊富にあるし、何よりも防御力が高い。更に土の中から金属を集めて壁にすれば尚良い。
ならばなぜ氷の紋章なのか。それはスレッドがいる場所が問題だからだ。
地下の様な所で土の紋章を発動させれば、空間を支えている場所を削り取ってしまう可能性がある。
そう簡単に崩れることはないだろうが、間もなくボルフォックからの爆発がある。可能性は低い方がいい。
また金属だけを集めて壁にするには時間が掛かる。おそらく爆発までに必要数の金属を集めることはできない。
「間に合えーー!!」
氷の紋章同士を合体させ、スレッドを含めた辺り一帯が凍っていく。目の前で爆発が迫って来るのを眺めながらも、意識を集中させて氷の防御を展開させていく。
そして、氷の防御と爆発が激突した。
「無事…………とはあまり言い難いな」
目の前の氷を調べてみると、厚さは残り数センチにまで達していた。スレッドが覚えている限りでは氷の厚さは2メートル以上あったはずなのに。
それでも、助かっただけでもありがたい。
「ふう…………」
全身から力を抜き、スレッドは身体の調子を確認する。緩やかに氣を張り巡らせ、活性化と共に不調が無いかを氣の流れで判断した。
「身体に異常はないが…………氣も魔力も殆どなし、か」
天井を眺めながら、スレッドはどうするかを考えていた。
落ちてきた時間からして、おそらく地上までは十数メートル。更に爆発によって空間が崩れたことによる土砂でそれ以上に熱くなっているだろう。
ここから脱出するには、一撃で地上まで穴を開けなればならない。一度で開けないと、周りの土砂が崩れてスレッドを埋めてしまう。
砂や土ばかりとはいえ、今のスレッドの力では一度の攻撃で開けるのは難しい。
(ライア!!)
心の中でライアに呼びかける。
「…………!? ガウ!!」
「ライア、どうしたの?」
何かに気付いたライアが急に紋章を展開させた。ブレアはライアが展開した紋章を解析し、何かに気付いてライアの身体に手を添えた。
魔女の眼を発動させ、ライアの紋章術を補助する。
「…………ガア!!」
紋章術が発動すると同時に、目の前の空間に裂け目が生じた。裂け目の中は亜空間が広がっており、中には何も存在しない。
「…………スレッド」
一縷の望みにかけ、ライアの核に刻まれた空間の紋章を発動させた。だが、上手くはいかなかったのだろう。
空間の裂け目は徐々に小さくなっていく。膨大なドラゴンの魔力があっても、空間を操る紋章術は難易度が高い。
もう駄目かと気落ちした瞬間。
ガシ!!
空間の裂け目に手が掛かる。強引に裂け目を広げていき、人が通れるほどまでの大きさになった。
「助かったぜ、ライア」
「スレッド!!」
「ガウ!!」
「おわっ!?」
空間の裂け目から出てきたスレッドに向かって、ブレアは眼に涙を溜めながら抱きついた。ライアもスレッドに近寄り、身体をすり寄せている。
どうやらかなり心配をかけたようだ。いつもとは考えられないほどブレアが大きな声を上げていた。
「心配かけて悪かったな、ブレア、ライア」
小さく震えるブレアの背中を撫でながら、スレッドは優しく声を掛けた。
なんとか出張前に更新することが出来ました。
前にあとがきでお知らせしたとおり、
明日から18日まで出張に行ってきます。
出張中は執筆できませんので、
次回の更新は少し先になると思います。
では、行ってきます!!