第十三話「少女の願い」
スレッドとミズハは様々なクエストを受注し、達成していった。
猫探しから魔物の討伐まで、これを冒険者に頼むのかと思える様なクエストもあった。そんなクエストをスレッド達は丁寧にこなしていく。
そして本日もクエストを受注しにギルドまでやってきた。
「さて、今日は何をするかな」
「そろそろランクアップまでのポイントが貯まる。頑張ろう」
これまで達成してきたクエストで貯まったポイントで、スレッドはまもなくランクDにランクアップしようとしていた。おそらく次のクエストで必要なポイントが貯まるだろう。
だからこそやりがいも出てくる。
しばらく掲示板を眺めていると、一つの張り紙に視線が止まった。
『私のおじいちゃんの形見を取り返してください』
「…………これにしよう」
そう言ってスレッドが手に取ったのは、少女がたった数枚の銅貨で頼んだクエストだった。
「……本当にこちらでよろしいんですか?」
「ああ、これを受注する」
差し出された依頼書を確認し、受付の女性は困惑する。この依頼を受けてくれる冒険者がいるとは思ってもみなかった。
少女の依頼は、亡くなった祖父から貰ったペンダントを盗賊から奪い返してほしいというものだった。
以前盗賊に襲われ、財産を奪われた。命は助かったものの、全てを無くしたといってもいい。その奪われた財産の中に祖父から貰ったペンダントがあった。
そして、最近近くの森にペンダントを奪った盗賊がいるという話を聞き、なけなしのお小遣いで依頼してきたのだ。
「……では、こちらが紹介状になります」
「ありがとう」
紹介状を受け取り、カウンターを離れる。近くで待っていたミズハに声を掛け、ギルドを後にした。
「どうして受けたんだ? 他にもクエストはあるのに」
「……なんとなく、放っておけなかったんだ」
ミズハは不思議そうに尋ねる。どうしてこのクエストを受けたのかと。
このクエストを受けたことに関して、ミズハは反対しなかった。
確かにこのクエストを受けても、それほどのメリットはない。貰えるお金は少ないし、ポイントも低い。
それでも少女の思いを無碍には出来ない。
しかし、スレッドがなぜこのクエストを受けたのか。スレッドに情が無いとは言わないが、それでも自分から進んで受ける様には思えなかった。
「…………」
「…………」
それから少女の元に到着するまで、二人の間に会話はなかった。
「依頼を受けてくれてありがとう!!」
到着した場所で待っていたのは、ボロ小屋と満面の笑顔を浮かべた少女の姿だった。
しかし、少女の笑顔はどこか無理があるように感じた。
笑顔ではある。いや、笑顔でしかない。そこには喜の感情が込められていない、空っぽの笑顔がある。
「君が依頼者?」
「はい、私リズって言います」
依頼者の少女、リズはボロボロの服を着て、手には僅かなお小遣いを握りしめている。この僅かなお金を貯めるためにどれだけの時間が掛かったのか。
そんなリズにミズハは同じ目線までしゃがみ込み、やさしく話しかける。無理のある笑顔は気になるが、彼女の事情も知らずに尋ねるものではない。
「それで俺達は盗賊からペンダントを取り戻せばいいのか?」
スレッドは早速仕事の話にはいる。
この惨状を見たらどうしても同情してしまい、なかなか本題にいけないものである。何か話題はないかと探してしまう。
しかし、彼女が求めているのは同情ではない。盗賊に奪われたペンダントだ。
話を進めるスレッドの態度に気分を害することなく、リズは説明を開始した。
「はい。首都の近くの森にいる盗賊からおじいちゃんの形見のペンダントを取り戻してほしいんです。報酬は……こちらです」
そういって開いた右手に乗っていたのは、銅貨3枚だった。
「足りないのなら、後で必ず支払います。ですから…………どうかお願いします!!」
リズは深々と頭を下げた。身体は振るえ、表情は見えないが今にも泣きそうになっていた。
スレッドは頭を下げたリズの頭に手を置き、乱暴に撫でた。髪がくしゃくしゃになるほど乱暴だったが、その手からはどこか暖かさが感じられた。
盗賊に襲われてからこれまで、感じることのなかった暖かさだ。その暖かさがとても心地よかった。
「わっ、わわっ!!」
「安心しろ。必ず取り返してきてやる」
「…………ありがとう、ございます」
笑顔で確約するスレッドの姿に、リズは涙を流しながらも笑顔になった。そこには感情のこもった笑顔があった。
ペンダントの特徴を聞き、スレッドたちは盗賊がいるという森にやってきた。
「ピッピー!!」
「……どうやらこの先にアジトがあるみたいだ」
森に到着してまずしたことは、盗賊の居場所を特定することである。ライアを鷹へと変化させ、上空から探し出す。
アジトに見張りはいるだろうが、まさか盗賊も鷹が斥候とは思っても見ないだろう。
盗賊のアジトを見つけ、ライアを戻す。
「どうする?」
「正面から突っ込めばいいんじゃないか?」
「…………さすがにそれは無茶だ」
警戒しながらアジトへと向かう。足音を出来るだけ抑え、魔物の気配から回避するように進んでいく。襲撃前に騒動を起こして、警戒されては意味がない。
数分進むと、洞窟が見えてきた。洞窟の入り口前には男が武器を手に立っていた。どうやら見張りのようだ。
「ここからじゃどの位の規模か分からないな」
「なら、ライアに任せるか」
再びライアを変化させる。今度は鷹ではなく、ネズミへと変わっていった。
「チュー」
ネズミへと変化したライアは、洞窟の入り口に向かって走っていく。入り口付近まで行くと、見張りがライアに気づいた。
「ん? なんだ、ネズミか」
横を通り過ぎた影に視線を向けるが、ネズミだと分かるとあくびをしながら見張りに戻る。相当油断しているようだ。
無事に侵入を果たしたのを確認し、スレッドは目を閉じて意識を集中する。
脳裏に洞窟の内部が浮かび上がる。ライアの体がネズミなのでどうしても目線が低いが、突入前に内部を知ることが出来る。それだけで成功率が違ってくる。
洞窟の内部は一本道で迷うことはない。天然に出来た洞窟なのか、内部の壁はデコボコしており、人が住むには住み難そうだ。
奥から野太い笑い声が聞こえてきた。声のするほうに進んでいくと、大きな空間が現れた。空間内には多くのお宝が転がり、その上に5人の男が座っていた。
(外の一人と合わせると、合計6人か)
ライアを物陰に隠れさせ、待機させる。意識を自身に戻し、目を開く。
「人数は見張りと合わせて6人。問題ないだろう」
身体をほぐし、突入に備える。すでに戦闘態勢万全だ。
「油断は禁物だ」
刀を抜き、感触を確かめる。
すでにこれまで色んなクエストでこなし、新調した刀を使用してきた。だが、手に馴染むまでにはまだまだ時間がかかる。
それでも重力の紋章は少しだけ使用することが出来てきた。
「じゃあ、行こうか」