第百四十三話「ボルフォック」
一定の距離を保ってスレッド達とボルフォックは睨みあっていた。張り詰めた空気が闘技場に流れている。
「…………」
「…………来ないのならば、こちらから行くぞ?」
「ッ!?」
睨み合いを先の終わらせたのは、ボルフォックだった。
気が付いたら、スレッドの目の前に現れた。予備動作なく一瞬で移動し、ゆっくりと手の平をスレッドに向けた。
ドン!!
「ぐあ!!」
腹に衝撃を受け、スレッドは吹っ飛んだ。あまりに突然のことに全く対処が出来なかった。
吹っ飛んだスレッドを気にすることなく、ボルフォックは動き出す。肌に紋様が浮かび上がり、周囲のマナを吸収していく。
「はっ!!」
「ブレッド」
危険だとは分かっていた。それでもミズハとブレアは攻撃を繰り出す。炎を纏った刀を振り下ろし、魔力の弾丸を撃ちだす。
しかし、攻撃はボルフォックに届かなかった。
「吹き飛べ」
『きゃあ!!』
吸収したマナが衝撃となって二人の攻撃ごと吹き飛ばす。炎は消え去り、魔力の弾丸は衝撃で砕け散った。
三人共吹き飛ばされたが、空中で体勢を整える。スレッドは空中で新たに合体紋章を発動させ、身体に風を纏う。
ミズハは白夜の尻尾で空中を移動し、闘技場の壁に張り付いた。
ブレアは近くに飛んできたライアに摑まり、どうにか空中でライアの背中に乗った。
「次はこれだ」
まるで何かを試すかのような口ぶりで、ボルフォックは三つの光を生み出した。腕を横に振ると、光は高速でスレッド達に一つずつ飛んでいった。
向かってくる光を認識した三人は、光を迎え撃った。
「うおおおお!!」
スレッドは圧縮させた風を拳に纏わせ、手甲に刻まれた紋章を発動させる。圧縮された風と身体強化された右手が光と激しくぶつかり合う。
今のスレッドの拳は厚み十数センチ程度の鉄板さえ簡単にぶち抜いてしまえるほどの威力がある。人体に当たれば、簡単に引き裂かれてしまうだろう。
しかし、光はびくともしない。それどころか徐々にだがスレッドを押し戻していく。
「まずい!! このままでは…………」
《諦めるでない、我が主》
ミズハは刀で光を受け止める。氣や炎でどうにか拮抗させているが、先ほどまでの戦いでかなりの力を消費している。
炎が徐々に削られていき、刀に纏わせた氣が無くなっていく。
白夜は尻尾を限界まで増やし、尻尾の先を刃にして光を攻撃していく。それでも徐々に押されていく。
「…………はあ!!」
スレッドとミズハが光に押されているのとは対照的に、ブレアは杖を光に向け、「魔女の眼」を発動させて、光を分解していった。
込められたマナと魔力を解いていき、式の状態に戻す。そうすることによって、光は綺麗さっぱり無くなった。
「ほう…………」
ブレアが簡単に光を消したことを眺め、ボルフォックは目を細めて感心していた。
光は紋章術ではないが、それでも根本的な部分に違いはない。人が生み出す紋章術よりも複雑であるが、全く理解できないわけではない。
それでも魔族の扱う術は人間が理解できる範疇を超えている。理解しようとすれば、脳が焼き切れる可能性もある。
しかし、ブレアの眼はボルフォックの力を理解できる。力を理解できれば、その力を崩していくことも可能だ。
「ブレイド」
光を吸収したブレアは、瞬時に光を構成していた式を解析して、杖の先に同じような式を構成していく。マナはブレアの思い通りに動き、答えを世界に導き出した。
杖の先に三角形状の刃が形成された。
「ライア、お願い」
「ワウ!!」
ライアは返事をすると、宙を蹴った。まるで空気を蹴るかのように空を移動し、ミズハの近くに移動した。
ミズハを襲っている光を見据え、ブレアは手に持った杖を大きく振るった。刃が光に触れた瞬間、光を構成していた式が解かれ、刃に力が吸収されていく。刃は一回り大きくなり、密度を増していく。
ブレアとライアは光を吸い取ってから、すぐさまその場を移動した。
スレッドの近くに飛ぶと、スレッドは感覚だけで光の式を改変させ、光の力自体を自分の中に取り込んだ。
「…………ライア、お前のご主人は規格外だね」
「ワウ!!」
「褒めていないよ」
スレッドの規格外さに呆れながらも、ブレアはミズハを拾いながら地面に降りていった。
「うおおおおおおおお!!」
ボルフォックの放った光を身体に取り込み、右手にエネルギーを集中させる。足の裏に紋章を二重に展開し、一気に爆発させる。
直線的な動きだが、ボルフォックの傍へ瞬時に移動した。
「はああああああああ!!」
ボルフォックは驚くこともなく、スレッドを迎え撃つ。
右手と右手がぶつかり合い、力が拮抗し合う。二人を中心に竜巻が発生する。激しい衝撃に地面が沈下していき、まるでアリ地獄の様に徐々に二人の身体が沈んでいく。
『スレッド!!』
「来るな!!」
『!?』
スレッドを助けようと駆け出す二人だが、その二人をスレッド自身が押し止める。
このままではスレッドは崩れていく砂の中に埋もれていくだろう。スレッドならば問題なく抜け出せるはずだが、目の前にはボルフォックがいる。そう簡単に動ける敵ではない。
目の前の敵をしっかりと見据えながら、スレッドは左手の親指を立ててミズハ達に向けた。
「こいつとは俺一人でやる。だから――――上の奴らを頼んだぜ」
そう言って、スレッドはボルフォックと一緒に地面の中に沈んでいった。
次回は少し更新が遅くなると思います。