第百四十二話「古代紋章」
ほぼ無傷のボルフォックを観察しながら、次の戦術を考えていた。
「どうする、スレッド?」
「あの鎧は硬い」
先ほどまでの攻撃は全力で無かったとはいえ、それでもかなりの威力が込められていた。それがほぼノーダメージだったのだ。
分かっていたこととはいえ、魔族の強さには感心してしまうほどだ。
スレッドは身体に纏った力を両手両足に集めた。
「なら、壊れるまで殴る!!」
ヒュン!!
次の瞬間、スレッドの姿は消えていた。風だけが動き、瞬時にボルフォックとの間合いはほぼゼロになる。
「!?」
「おらっ!!」
スピードを乗せたまま右の拳を腹に叩きつける。鎧と手甲が激しくぶつかる音が響き、その威力にボルフォックの鎧は少しだけ凹んだ。
鎧にダメージがあっても、ボルフォック自身にはダメージは無い。手に持った戦斧をスレッドに向けて振り抜く。
しかし、攻撃を加えたスレッドはすぐさまその場から移動し、ボルフォックの側面に位置する。足に力を集中させ、ボルフォックの横っ腹に蹴りを入れる。
ボルフォックの身体は横に吹き飛ぶ。吹き飛んでいくボルフォックにスレッドが迫る。
「調子に乗るな!!」
「ぐっ!!」
吹き飛ばされながらも、ボルフォックは戦斧を放り投げ、向かってくるスレッドを殴る。
ボルフォックの動きは決して早くはない。いつものスレッドなら回避できただろう。だが、反撃してこないだろうと考えていたことと、戦斧を投げ捨てたことにスレッドは油断してしまった。
重い一撃を受け、スレッドは動きを止めてしまう。両手両足に力を集中させていたので、防御力が落ちていた。
「この位!!」
痛みを無視して、再びボルフォックに向かって足を動かす。真正面に立ち、両手両足に集中させていた力をスピード重視に変化させた。
「ふうー…………はあ!!」
軽く息を吐き、ボルフォックの鎧に連打で拳を叩きこむ。反撃できないほどのスピードで拳を繰り出し、徐々に鎧が破壊されていく。
何発放ったか分からないほど攻撃を加えた後、スレッドは突然後方へと下がった。
「ブレア!! ライア!!」
スレッドがボルフォックをぶん殴っている時。ブレアはライアの頭に手を置いて、ライアの中に眠る古代紋章に干渉していた。
古代紋章を解析し、ライアの核に宿る魔力を使用して、紋章を展開させていく。
「…………ガウ!!」
紋章が発動すると、ライアの身体が光り、ライアの身体を覆う鎧が形成された。銀色に輝く鎧はライアの存在感を強くしていた。
「次は…………これ」
強化されたライアの頭に再び手を置き、次の作業に入る。先ほどとは違う紋章に干渉し、ライアの目の前に紋章が展開される。
展開された紋章は、スレッドやブレアの使用する紋章とは違っていた。円であることは変わりないが、円の中に描かれる文字は現在の紋章に使用されている文字ではない。
紋章は次々と周囲のマナを取り込み、紋章術を発動させた。白く光る弾が浮かび上がり、白い弾はどんどん大きくなっていく。
「ライア、狙いは…………あそこ」
「ガウ」
スレッドとボルフォックの戦いを観察しながら、何処に紋章術を発射するか見極める。見極めを間違えれば、スレッドを危険に貶めてしまう。
しばらく観察していると、スレッドが後方へと下がった。
「ブレア!! ライア!!」
スレッドの合図と共に発射の準備に入る。
古代紋章は現在の紋章に比べ、比較にならないほど強力だ。その強力さゆえに反動も凄まじい。普通に使用したのでは反動で吹き飛ばされてしまう。
そこでライアの覆っている鎧の出番だ。鎧を纏うことで古代紋章を使用できる状態になり、地面に身体を固定させた。
狙いをしっかりと定め、ライアは紋章を発射した。
「無属性紋章、ギガブラスト」
「ガア!!」
白い光が一直線にボルフォックへと向かう。そのスピードはそれほど早くないが、スレッドの攻撃を受けていたボルフォックには回避することが出来なかった。
ズドオオオオオオオオン!!
「うお!!」
着弾すると同時に、激しい衝撃が近くにいたスレッドを襲う。目の前が真っ白になるほどの威力がボルフォックを襲い、巻き上がる煙にどうなっているのか確認できない。
それでもライアとブレアは確かな手ごたえを感じていた。
ギガブラストが直撃した場所が徐々に晴れていく。直撃したとはいえ、あれで倒せるかは甚だ疑問だ。
そして、その疑問は確信に変わった。
「ふふ、まさかこの鎧を破られるとはね」
煙が晴れた先には身体の所々に鎧の残骸を身に付け、半壊した兜を被ったボルフォックの姿があった。
ボルフォックは破壊された鎧の欠片を一つ一つ地面に捨てていく。重量のある鎧を着ているボルフォックの身体はかなり大柄な男であろうと予想していた。
しかし、予想とは反して、鎧の中からは細身の体が現れた。あれだけの鎧を着ていたとは思えないほどの筋肉量だ。
最後に兜を外す。そこからは黒髪の美少年が現れた。意外な素顔にスレッド達は驚いていた。
見た目だけ見れば、パンチ一発で倒せてしまえそうなひ弱な身体にしか見えない。
だが、スレッド達は油断しない。鎧で隠されていた魔力が溢れだし、冷や汗が出るほどの威圧感がスレッド達は襲う。
「では、第二ラウンドと行こうか」




