第百三十八話「講義 後篇」
「で、弁解はあるかしら?」
「…………ありません」
セバスに運ばれた二クラスは、リアナの前で正座していた。
客人であるスレッドの部屋に侵入しようとしたのだ。更にはスレッドに攻撃しようとしたなど、カグラ家の当主としてあってはならない行為だ。
未遂で終わったとはいえ、謝って済む問題ではない。
「全く、あなたはカグラ家の当主なのですよ。それ以前にあなたの行為は人として問題です」
「しかし、ミズハちゃんが!?」
「―――-あなた、少し黙りなさい」
「はい…………」
何とかリアナにも分かってもらおうと弁明しようとするが、静かなリアナの声に一瞬にして大人しくなる。
リアナは溜息をつきながら、どうやって二クラスを反省させようか頭を悩ませていた。
《では、再開じゃ》
「お願いします」
休憩を終え、白夜の講義後半戦が始まった。ブレアは真面目な表情で白夜に向かって頭を下げた。
《先ほどまで答えについて述べたが、次は式である紋章についてじゃ》
白夜は尻尾を器用に動かしながら、空中に紋章を描いていく。
《カグラ家や魔族は例外として、人間は紋章を通してしか術を発動することは出来ん》
人間は式の答えを理解することはできない。答えはあまりにも難解で、たとえ答えを見ることが出来ても、答えであることさえ理解できないだろう。
故に紋章を正しく描くことが紋章術で最も重要である。
「そう言えば、スレッドの合体紋章って今の原理で行くと、絶対成功しないんじゃ?」
《…………あれもある意味例外じゃ。本来なら紋章と紋章を合わせて答えを出すことはできない。違う式同士を組み合わせても、答えは導き出せんのじゃ》
スレッドが使用する合体紋章。紋章が式であるならば、式同士をどのように組み替えても答えを導き出すのは難しい。答えを出す前に紋章が暴発してしまう。
「? でも、スレッドは成功してる」
《本来なら、答えを導き出す前に暴発してしまう。しかし、スレッドは紋章と紋章を重ね合わせ、己の意志で必要な答えを強引に導き出しているのじゃ》
「…………」
あまりのスレッドの天才ぶりにブレアも呆れるしかない。
スレッドは感覚派の紋章術士だ。答えを理解して紋章術を使用しているとは思えない。そんなスレッドが緻密に合体紋章を発動させているとは思えない。
合体紋章を発動させる瞬間、スレッドは感覚だけで答えを導き出し、己の意志で膨大なエネルギーを抑え込んでいる。
この様に例外は存在するが、白夜が語ったように人間は紋章以外での術の発動は行なえない。
《じゃが、お主の眼は別じゃ》
「…………」
白夜は小さな前足をブレアの左目に向けた。その瞬間、ブレアの身体が微かに震えた。
《人間はその眼がマナを視認・操作するものだと考えておる》
「…………そうじゃないの?」
《それは力の一部でしかない。その眼の本質は、世界の答えを見ることにある》
「世界の答えを…………」
白夜の言葉に緊張しているブレア。それはそうだ。自身の力についてなのだから。
そんなブレアの様子に気付くことなく、白夜は話を進めていった。
《紋章術を使用するには魔力とマナが必要じゃ。お主の眼はその動きだけでなく、答えを視ることが出来るのじゃ》
『魔女の眼』にはマナの動きの先、式の答えを視る力がある。答えが理解できれば、紋章を展開させる必要もなくなってくる。
紋章の展開が省略されれば、それだけ戦略の幅が広がるだろう。
《その眼を通して、答えを認識するのじゃ。そこに答えがあると思い込み、己の意志で答えを理解するのじゃ》
「…………分かった」
答えを知ること、それこそブレアが成長するために必要なことだ。
《このくらいかのう》
「ありがとうございました」
白夜からブレアに訓練方法などのアドバイスが伝えられ、白夜の講義は終了した。ブレアはしっかりと頭を下げて、礼を述べた。
時間的に考えて、魔王領に入るまでにレベルアップするのは難しいが、理論を受けるだけでもブレアにはいい刺激になった。
「お腹すいた…………」
《うむ、食事でもするとしようかのう》
全身で疲れたを表現しながら、ブレアは部屋を後にする。白夜もブレアの肩に飛び乗り、一緒に食堂へ向かっていった。
食堂に向かいながら、ブレアはふと何かに気付いた。
「白夜は食事が出来るの?」
ブレアの疑問、それは白夜が食事を出来るのかどうかだ。
白夜はミズハから顕現された存在だ。食事を取るのかどうか疑問だった。
《本来ならば必要ない。じゃが、食事というものを楽しむことは出来る。故にきちんと妾の分も用意してもらうぞ》
「了解」
なぜか得意げに語る白夜の姿に苦笑いを浮かべながら、ブレアは廊下を歩いていった。
この話で三人の強化を終了です。
次の話の魔王領に向かわせます。
……やっと魔王領か(゜-゜)