第百三十一話「冒険への準備」
「では、始めましょうか」
「ああ」
準備運動を整えたスレッドは、燕尾服を着たセバスと向き合っていた。
二人がいる場所はカグラ家の修練場。修練場の端にはライアが身体を丸めて寝ており、その身体には鳥が翼を休めている。
二人とも真剣な表情で向かい合う。ここから先は以前の様な軽い運動ではなく、スレッドの為の特訓だ。
なぜ二人が修練場で向き合っているのか。それは一日前まで遡る。
リカルドから依頼を受けたスレッド達は、魔王領に入る為の準備をするためにカグラ家に来ていた。
ミズハとしてはあまり実家に立ち寄りたくはなかった。ただでさえ危険な場所に行くための準備をするなど言ったら、父である二クラスが黙っているはずが無い。
しかし、これから向かう場所を考えると準備を怠るわけにはいかない。その意味ではカグラ家は準備をするに最適だ。
到着早々、二クラスが飛び出してきたが、母であるリアナが二クラスを叩き倒した。
「おかえりなさい、ミズハ」
「ミ……ミズハ、ちゃん…………おかえり」
ズタボロに転がる二クラスをよそに、リアナが笑顔で出迎える。その後ろにはセバスが控えており、誰もが二人の姿に苦笑するしかなかった。
「父上、母上。私達は冒険者として、魔王領の調査を行なう為の準備で帰ってきました」
『!?』
ミズハの言葉に、二クラスやリアナ、セバスまでも驚いていた。それほどまでに魔王領という単語は驚きの言葉なのだ。
最初にミズハの言葉に反応したには、やはり二クラスだった。
「駄目だ!! 認められん!!」
激しい口調で二クラスが反対する。鬼の様な形相でミズハに近づこうとしたが、何者かによって阻まれてしまう。
「少し待ちなさい、あなた」
「ぐえっ!?」
襟元を掴み、力ずくで後ろに放り投げる。二クラスは地面に身体を強かに打ちつけ、気を失った。だが、誰も助ける者はいなかった。
「…………まずは入りましょうか」
ミズハを睨みつける様に見つめるリアナだったが直ぐに笑顔になり、屋敷の中へミズハ達を促がした。
「…………そうですか、ギルドから」
「わしは反対だ!! 可愛いミズハをそんな危険な場所に行かせん!!」
「これは冒険者として私が受けた依頼です!! 父上には関係ありません!!」
居間に案内されたミズハはスレッド達と一緒に両親と向き合っていた。
二クラスは魔王領入りを大反対し、リアナはミズハの説明を聞いて考え込んでいた。ミズハは必死に両親を説得しようと声を荒げていた。
「ミズハ、私から一つ質問があります。それに納得出来たら、貴女の好きにして構いません」
「リアナ!? 何を言っているんだ!!」
「あなたは黙ってなさい」
「…………はい」
静かなリアナの言葉に二クラスは身体を竦め、リアナはミズハを真っ直ぐ見詰めた。
「…………」
「…………」
「ふう…………決意は固いようですね」
深いため息を漏らしながら、リアナは諦めたかのような笑顔を浮かべた。部屋の中の緊張が一気に解け、リアナはカップを持ちながら言葉を続けた。
「貴女の好きにしなさい、ミズハ」
「ッ!? 何を言っているんだ、リアナ!!」
突然リアナが賛成に回ったことに驚く二クラス。納得いかない二クラスはリアナに向かって怒鳴る。
いつもはミズハに甘いリアナも、さすがに今回は一緒に反対すると思っていた。それがあっさりと賛成したのだ。驚かずにはいられない。
それでも諦めるわけにはいかない。可愛い娘を魔王領に行かせるわけにはいかない。
リアナを説得しようと口を開こうとした。
「リアナ――――」
「あなた、何度も言わせないで」
「はい…………」
迫力のある笑顔のリアナに二クラスは一つ返事で黙り込んでしまった。夫婦の力関係が垣間見える光景だった。後ろに控えている執事やメイドはいつものことの様に表情を崩すことは全くなかった。
「この娘の覚悟は本物です」
「しかしだ…………」
「ミズハの決意を無駄にしてはいけません」
「……………………分かった」
意志の強いミズハの瞳が二クラスは根負けし、最後は絞り出すようにミズハの魔王領行きを許可した。
「ありがとうございます」
目元に涙をためながら、ミズハは二人に向けて頭を下げた。
両親の賛成を得られたミズハはブレアと一緒に自室へと向かった。色んな準備をするためにブレアも手伝うことになったが、さすがにスレッドを女性の部屋に入れるわけにはいかない。
「…………」
暇になったスレッドは屋敷の中を歩いていた。立ち入ってはいけない場所などは事前に確認しており、それ以外で屋敷内を見て回っていた。
ライアと共に廊下を適当に歩いていると、スレッドは突然立ち止まった。
「また、模擬戦か」
「…………いえ、今回は私の技術を伝授しようかと」
誰もいないと思われるところで話しかけると、通路の陰からセバスが現れた。セバスは笑顔で自分の技術を教えようと提案する。
セバスの言葉にスレッドは怪訝な表情を浮かべる。
「どうして俺に教えようと?」
以前模擬戦を行なった際に感じたことだが、セバスは達人級の戦士だ。おそらく格闘術だけではなく他の武器に関しても精通しているのだろう。
そんなセバスが教えてくれることは嬉しいが、それよりもどうしてなのかという疑問がある。
「……今のスレッド殿の実力では、魔王領は危険です」
「俺が弱い、と?」
「いいえ、貴方の実力は確かです。ですが、それでも魔王領は難しい」
セバスは振り返り、訓練場の方に歩き出す。
「こちらへどうぞ。私の技術の全てをお教えしましょう」
お待たせしました!!久々の更新です。
土曜、日曜無事に出張を終え、やっと落ち着きました。
明日から再び仕事ですが、これまでよりは多少落ち着きそうです。
少しずつ更新を進めていきたいと思います。
魔王領探索編とは銘打ってますが、おそらく魔王領に入るのはもう少し先だと思います。それまでは準備などを行わせる予定です。
まだまだ更新は遅いと思いますが、
これからも応援よろしくお願いいたします<(_ _)>