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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第七章「日常」編
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第百二十三話「ボンゴン」


 準備を整えたスレッド達は、ヴィンセンテの指定した村に到着した。


 到着した村の名前はボンゴン。農業と織物で生計を立てており、村で作られた作物と織物を街で売り、そこから得た収入で暮らしている。村には観光客が来ることはなく、たまに冒険者がクエストの為に立ち寄るくらいだ。


 その為、村の中には宿屋が無い。


「どうする?」


「村の人に泊まるところが無いか聞いてみるしかないな」


 村の入口で拠点をどうするかを考えていると、村の奥からスレッド達を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい!!」


 手を大きく振りながら、ヴィンセンテがスレッド達に近づいてくる。


「来てくれてありがとう。村長の好意で泊まる場所を用意して貰ってるんだ。こっちだ」


 用意してもらった宿に向かう為、ヴィンセンテを戦闘に歩き出す。


「…………到着してから気になっていたんだが、村の人はいないのか?」


 村に到着してからこれまで、スレッド達は村人と誰一人すれ違っていない。村の中には小さな畑もあるが、働いている者もいない。


 その疑問にヴィンセンテが答える。


「今はバブルリザードの出産期だからね。さすがに外出する人はいないよ」


 村にはギルドからバブルリザードの情報が教えられている。ギルドは村に対して冒険者の派遣を格安で提案する。村も被害を抑えるために冒険者を雇う。


 だが、冒険者がやってくるとはいえ、村人にとってバブルリザードは恐怖の対象だ。用事が無ければ皆家の中で大人しくしている。


「出産期が終われば、また活気を取り戻すさ」


 閑散とした村の中を進み、スレッド達は宿へと向かった。






 ヴィンセンテに案内されたのは、村長の家の横にある小屋だった。宿のないボンゴンでは訪れた商人や旅人などに無料で小屋を貸し出している。内装は結構しっかりとした造りをしており、数人は余裕で泊まれる広さがある。


 なぜこれほどまでの小屋を用意しているのか。それは、商人を村に来易くするためだ。作物と織物で収入を得ているボンゴンでは、たまにやって来る商人との売買は生活に欠かせないのだ。


 宿に到着したスレッド達は、明日の撃退のための作戦を立てていた。


「まずはチーム分けだ。この村に向かっているのは、バブルリザードが3体」


「俺が一人で押さえている間に、二人ずつで対処してくれ」


「大丈夫か?」


「ライアもいる。大丈夫さ」


 一人で戦うというスレッドに、全員が心配そうに見つめる。その心配を払拭させるようにスレッドは笑顔で応え、横で寝ているライアの背中を撫でる。


「無理はしないでくれよ」


「ライア、スレッドをお願い」


「ワウ!!」


 スレッドの力強い言葉にも心配そうなミズハとブレア。ライアがついているとはいえ、相手は高ランクの魔物だ。心配し過ぎることはない。


「じゃあ次だ。君達の戦い方を教えてくれ」


 それぞれに分かれて戦うとはいえ、共闘するならばお互いの戦い方や獲物について知っていた方がいい。


 戦場では何が起こるか分からない。チーム分けをしていても、何かの要因でバラバラにされてしまうかもしれない。

 その際に他の人の戦い方を知っているだけで、咄嗟の作戦を取りやすい。


 スレッド達の戦い方や獲物を披露する。但し、奥の手などは教えない。共闘するとはいえ、そこまで教えることはできない。


 冒険者は誰もが奥の手を持っている。それは最後の切り札であり、出来る限り情報を秘匿する。そうすることで相手に対処をさせない。冒険者の間では奥の手をパーティ以外の冒険者に聞くことが暗黙の了解となっている。


「僕の番だね。僕の武器はこれだ」


 ヴィンセンテの武器、それは背中に背負った大剣だ。大剣を自身の力だけで振り回し、敵を薙ぎ払う。


 以前は斬れるのかどうか分からない様な豪華な装飾のついた片手剣を使っていた。しかし、あの時の戦いで使い物にならなくなり、武器を変えた。


 最初はまともに持ち上げることすらままならなかった。それでもヴィンセンテは懸命に訓練を行ない、今では自由自在に振り回せるまでになった。


「私の武器はこれよ」


「これは?」


 ナディーネが腰から二つの鉄の塊を取り出した。筒に持ち手がついた見たことのない形に、スレッド達は首を傾げる。色々な角度から眺めているが、その物体が何なのか分からない。


「これは銃よ」


「銃? 確か…………遺跡から発掘された古代の遺物」


「そう、中に組み込まれた紋章を利用して弾を敵に向かって発射するの」


 鉄の塊の正体は、古代の遺跡から発掘された銃である。銃には撃鉄の一部に紋章が刻まれており、撃鉄が弾に当たる瞬間に紋章を発動させる。その勢いで弾を発射させ、敵を攻撃する。


 銃は遺跡から十数丁しか発掘されていない貴重なものだ。殆どが研究の為に国に保管されているが、たまにオークションや古市などに価値が分からずに出品されることがある。


 ナディーネも古市で二丁一対の銃を見つけ、購入した。初めは色々ガタがきて使うことが出来なかったが、自身で修理を行ない、今では実践に耐えるほどまで回復した。


「へー、これが武器なのか」


「弾はこれ。中には紋章が刻まれたものもあるらしいけど、あいにく高価過ぎて手に入らないの」


 弾は金属で作られており、遺跡から発掘された弾には紋章が刻まれていた。弾は着弾と共に紋章術を発動させる。


 だが、紋章が刻まれた弾は数が少ない上に市場になかなか出回らない。その為価格は冒険者では買うのが難しい。


「…………これなら刻めそうだな」


「本当!?」


 弾を眺めていたスレッドは、これなら紋章が刻めるだろうと判断する。その言葉にナディーネは驚きながらも嬉しそうだ。


「ああ。ただこの大きさに刻み込むのは難しいからな。明日までに刻めるのは一個ぐらいだろう」


「それでも構わないわ。お願いできるかしら」


 小さな弾に紋章を刻むのは難しい。刻むのに時間が掛かる上に、暴発しない様に調整するのにも時間が掛かる。


 単純な紋章を一晩に刻むには一個が限度だ。


「何の紋章を刻めばいい? 但し下位の紋章に限るがな」


「そうね、フレイムの紋章でお願い」


「すまないね、スレッド。ナディーネが無理を言って」


「いいさ。明日の勝率を上げられるなら、それほど苦じゃない」


 遠慮のないナディーネに苦笑しながらヴィンセンテがスレッドに謝罪する。スレッドは軽く手を振り、気にするなと応える。


 これで明日のクエストに向けて準備が整った。






「それじゃあ、そろそろ休もう。女性陣は隣の寝室を使用してくれ。スレッドは悪いが僕とここのソファでお願い出来るか」


「ん、大丈夫だ」


 小屋の中には寝室が一部屋しかない。さすがに全員で一つの部屋に寝るわけにはいかず、女性陣が優先されるのは仕方ない。


「それじゃあ行きましょうか」


「ああ」


「スレッド、お休み。行こう、ライア」


「ワウ」


 ナディーネ達が寝室に向かう中、ブレアがライアを連れていく。寝室に入っていくライアの姿を見ながら、男二人は少しだけ羨ましそうな顔をしていた。


「…………寝るか」


「…………そうだね」


 何とも言えない微妙な空気の中、二人は明日に向けてさっさと休むことにした。



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