第百十七話「ライアの休息 後篇」
グリードベア。凄まじい攻撃力が有名であるが、防御力も高い。全身が茶色い毛で覆われており、その下には鋼の様な筋肉がある。ちょっとやそっとの攻撃ではグリードベアを傷つけることが出来ない。
「ガウ!!」
身体を強化させたライアは一気にグリードベアに詰め寄り、グリードベアの右肩に牙を立てた。
しかし、牙は殆ど突き刺さらない。多少は傷を付けたものの、グリードベアにとっては蚊に刺された程度の傷だ。
「グルル…………ガア!!」
背後に着地したライアに向かって、振り向く遠心力を利用して腕を振り下ろす。
グリードベアの腕が地面に直撃する前にライアは前に回避する。直後に襲う激しい風に押されるように空中で身をよじる。
軽やかな動きで木の枝に乗り、グリードベアに視線を向けた。
「…………ワウゥ!!」
ライアの前に紋章が展開される。紋章は氷の塊となり、一気にグリードベアに向かって飛んでいく。
「ガア!!」
向かってくる氷の塊に向かってグリードベアは軽く腕を振る。たったそれだけで氷の塊は粉々に砕け散る。この程度の攻撃などグリードベアにとっては余裕だ。
「?」
氷は砕け散り、グリードベアの周りに漂っている。ゆっくりとした動きで地面に落ちない氷を見て、グリードベアは戸惑っていた。
氷を眺めていたところにライアが現れた。その姿は一匹だけではなかった。
「!?」
「ガウ!!」
氷から放たれる光が乱反射し、透き通った氷にライアの姿が幾重にも浮かび上がり、ライア自身は氷の影を素早く移動していく。
パリィィン!!
グリードベアは腕をふるい続けるが、ただ氷を破壊するだけで、ライアに攻撃を与えることは出来ない。
対するライアはグリードベアの捉える事の出来ないスピードで少しずつダメージを与えていく。与えているダメージは微々たるものだが、幾つも積み重ねれば倒せるはずだ。
更に紋章を展開させ、風を発生させる。風は氷と混じり合い、細かい氷がグリードベアを襲う。
このままライアが一方的に攻撃し続けると思われていたその時、
「ニャー…………」
「!?」
聞こえてきた猫の鳴き声に反応する。視線を向けると、木の陰に隠れていたはずの子猫が怯えながら立っていた。
ライアが気付いたということは、グリードベアも気付いたはずだ。
「グアッ!!」
ライアに攻撃が当らない苛立ちから、グリードベアは目についた猫の姿に向けて腕を振り上げていた。
子猫に回避するだけのスピードも体力もない。ライアが急いで子猫の元に辿り着き、子猫を銜えて回避するには時間が無い。
「ッ!? ワウ!!」
「ニ、ニャー…………」
グリードベアの攻撃は子猫に当たらず、グリードベアと子猫の間に飛び込んだライアに直撃した。
胴体に直撃を受けたライアは吹き飛ばされ、木にぶつかった。地面に落ちたライアは動くことが出来ない。身体中のあちこちにダメージを負い、すぐには動くことが出来ない。
「ミャー」
「…………」
震えながらも、子猫はライアにすり寄る。ライアの身体をぺろぺろと舌で舐め、甘えている。
その姿を見て、ライアは気力を振り絞って立ちあがる。グリードベアは待ってくれない。ライアに止めを刺そうと近づいてきている。
核に蓄えられた氣を放出させ、グリードベアを威嚇する。ボロボロで震えているが、それでも自身の命を燃やしても立ち上がるライアの姿にグリードベアも感じるものがあるのか、動きを止めてライアを睨みつける。
「ガアア!!」
ライアの睨みに一瞬ひるんだものの、グリードベアは腕を振り上げた。弱ったライアに怯んだことを否定するために攻撃を行なおうとしていた。
ヒュン!! ズドン!!
「――――!?」
風を切る様な音がした次の瞬間、振り上げられたグリードベアの右腕が地面に落ちた。切り口からは血が噴き出し、グリードベアは痛みで獣の咆哮を上げる。
「私のテリトリー内で暴れるとはいい度胸だね」
森の奥からラフな服装で散歩でもするようにカロリーナが近づいてくる。視線はグリードベアに固定され、不敵に笑いながらも隙を見せない。
「グルル…………」
「へえ、実力の違いが分かるなんてね」
どういう攻撃で腕を斬り落としたのか分からないが、たった一撃で腕を斬り落としたカロリーナをグリードベアは恐怖して後ずさる。
カロリーナが一歩近づくたびにグリードベアも後ろへと下がる。
しかし、グリードベアにも強者の誇りがある。ある一定のところで足を踏ん張る。
「死にたくなけりゃ、とっとと私の前から姿を消しな。でなけりゃ、四肢を斬り落とすよ」
「!?」
カロリーナから放たれる覇気にグリードベアは震えあがり、一目散に逃げていった。そのスピードはいつもの3倍はするほどの速さだ。
恐怖を植え付けられたグリードベアは、今後一度もこの森へ近づこうとしなかった。
ドサ。
グリードベアが逃げ去り、必死に立っていたライアは地面に倒れ伏した。息遣いが荒くなり、氣の放出が早くなる。
「全く、主人に似て無茶をするね」
苦笑を洩らしながら、カロリーナはライアの治療に入ろうと紋章を展開させた。しかし、ライアの症状を見た瞬間、顔を歪めて呻いた。
「まいったね、これは…………」
カロリーナが確認したライアの症状、それは核の破損だ。
氣獣であるライアには普通の治療は意味が無い。本来は氣を注入することである程度の症状は完治する。氣は本来氣獣を造り上げた者、この場合スレッドの氣が必要だが、一時的な補充ならばカロリーナでも可能だ。
だが、核にダメージを負うと話しは別だ。氣獣を構成する核は生物で言うところの心臓に当たる。核が破壊されれば、氣獣は再生を行なえない。
「どうしたものか…………ん?」
どうするかを考えていると、ライアの近くに紐のついた巾着が落ちている。どうやらライアの首に付いていた物が落ちたようだ。
カロリーナは巾着の中身を確認し、目を見開いた。
「…………あんたが今これを持っていたのは、運命なのかもしれないね」
巾着の中から出てきたもの、それはアースドラゴン・テオの爪だった。
「ほら、飲み込みな」
「ワウ…………」
テオの爪をライアに飲み込ませ、爪は身体の中に入っていく。喉から体内に入った爪はライアの核に近づき、爪は核と融合していった。
融合していくところでカロリーナが補助していく。簡単に融合しているように見えるが、カロリーナの補助が無ければ爪と核は反発しているだろう。
ドラゴンの素材には大量の魔力と人間では理解できない特殊なエネルギーが含まれている。多くの研究者が研究を行なっているが、含まれるエネルギーが何なのか、長年の研究でも分かっていない。
研究者達はそのエネルギーを活用しようと現在でも研究を続けている。
そんなドラゴンの素材である爪を取り込むことはカロリーナの補助があっても難しい。
「後はあんたの力と意思次第だ」
「ガ、ガア!!」
溢れだしそうな魔力とエネルギーがライアを襲う。ドラゴンの力を自身の力と意思で抑え込む。それが出来なければ、核は爪の力を反発させ、核は砕け散るだろう。
「ニャー」
身体を震わせながら耐えるライアの身体に、子猫がすり寄る。まるで応援するようにライアの身体を舐める。そのけなげな姿を見て、ライアは自分の身体を震え立たせる。
ゆっくりと、だが力強く起き上がる。
「ウオオォォォォン!!」
力を力で抑え込み、ライアの身体は光を発している。身体が一回り大きくなり、圧倒的な覇気が身体から溢れ出していた。
顔を子猫の顔にすり寄せる。その姿はまるで親子の様だ。
「乗り越えたようだね」
そんな二匹に気を使ったカロリーナは、辺りに結界を張り、魔物がやってこない様にしていた。
しばらくの間、森の中には穏やかな空気が流れる。こうして、ライアの休息の一日は終わっていった。
今回のライアの強化ですが、第三章のテオを出した時点から考えてはいたのですが、なかなか機会がなく、ここまで延ばし延ばしになってしまいました^^;
とりあえず今週の日曜日にはストックを作りたいと思います。
なんとか更新頻度を元に戻したいです( ..)φ