第百十三話「ブレアの特訓」
「フレイム…………ウォート…………」
ミズハが訓練をしていた頃、少し離れた場所でブレアも特訓を行なっていた。
(一つ、二つ…………)
空中に紋章を展開させ、下位の紋章を一つ一つ発動させていく。術が発動するたびにブレアは額に流れる汗が増えていく。
「…………」
いつものブレアなら、複数の紋章を同時発動させてもそれほど難易度は高くない。更に魔女の眼を発動させれば簡単に発動させることが出来る。
なぜブレアはこれほど辛そうに下位の紋章を発動させているのか。その理由は、全ての紋章の属性が全て異なるからだ。
「アース…………はあ、はあ…………」
紋章術師は紋章を発動させる際、一度に一つの属性を展開させる。違う術であっても、属性を揃えることによって術者の負担を軽減させる。
だが、どれだけ下位の紋章であっても、異なる属性を発動させるのは難しい。それも二つ以上になれば尚更だ。
「……ウィング…………ッ!?」
四つまで発動し終えた時、マナが乱れて発動していた紋章術が暴発した。互いの術が反応し、小さな爆発を生じさせる。
ブレアは咄嗟に後方へと飛び、爆発から回避する。四つの異なる術を発動させたことで身体には気だるさが感じられるが、気合いを振り絞って移動する。
「ふう…………」
自身の無事を確認し、疲れたように地面に座り込んだ。消費された魔力はそれほど多くないが、精神的な疲れが気だるさを感じさせる。
空を見上げると、気持ちいいほどの青空が広がっていた。眩しいほどの太陽の光を感じながら、ブレアはカロリーナのアドバイスを思い出していた。
窓から優しい光が差し込む昼下がり、ブレアはカロリーナの所有している魔道書などを熟読していた。
「…………」
ペラ、ペラ。
ブレアはこれまで様々な魔道書や学術書などを読み漁ってきた。冒険者としてしか入ることの許されない図書館や遺跡に安置されていたものなど、その知識量は半端ない。
そんなブレアからしても、カロリーナの所有している魔道書は宝の山に見えた。今のブレアの地位では読むことの許されない本や、カロリーナやフォルスが記した魔道書など、数ページ読むだけでまるで魔道書数冊を読んでいるほどの知識を得られる。
「これは…………訓練方法?」
「おや、懐かしいね」
部屋に入ってきたカロリーナは、ブレアが読んでいる本を覗きこんだ。そこには紋章術士として強くなる為の訓練方法が記されていた。
「これはね、フォルスが開発した訓練方法さ。下位の紋章を複数異なる属性で発動させていくもの。それによって精密な紋章発動が行なえるのさ」
「凄い…………これを行なえば、誰でも強くなれる」
「…………それがそう簡単にはいかなかったのさ」
カロリーナは遠い目をしながら、テーブルを挟んでブレアの反対側に座った。
どういうことかとカロリーナの言葉を待っていると、カロリーナは苦笑しながら説明を開始した。
「世の中全ての紋章術士が行なえるような訓練じゃなかったのさ。訓練中に失敗すれば、死ぬ可能性だってある。結局殆どの術士には行なえなかったのさ」
「…………」
フォルスが提唱したこの訓練方法は、その難易度と危険さから行なう者は殆どいなかった。
確かに本に記されている訓練を行なえば、強くなれる。だが、命の危険を冒してまで訓練をする者はいない。
「訓練方法、詳しく教えて」
「ッ!? やめときな。下手すると死ぬよ」
これまでフォルスの考えた訓練を行なう者の姿を見てきたが、成功した者はいない。たった一人を除いては。
「でも、カロリーナは行なったんでしょ?」
「…………どうしてそう思うんだい」
「あれほどの数の紋章展開。普通の訓練と才能だけとは思えない」
「…………ふう」
ブレアの推察にカロリーナは深いため息をつく。目の前のブレアが昔の自分の姿と重なって見えた。
無謀を無謀と思わず、面白いと思ったことは躊躇わずに実行した。フォルス達と冒険していた頃、フォルスが書いていた手帳を奪って面白そうだと実行した。意外にも上手くいったせいか、冒険者を止めた後他の者に訓練方法を教えたが、誰も成功しなかった。
それ以来、カロリーナはフォルスの訓練を自身の中に封印した。
「全く、あいつも何でそんなところで残しているんだい」
口調は怒っているものの、カロリーナの顔にはどことなく嬉しさが感じられた。昔のことを思い出しているようだ。
「で、どうしたらいい?」
「あんたには遠慮ってものが無いのかい…………」
その後いくらかの問答があったものの、魔女の眼を持つブレアなら大丈夫だろうと、カロリーナはフォルスの訓練方法をブレアに伝授した。
「気持ちいい風…………」
森の中を流れる風をその身に感じ、ブレアは立ち上がって再び訓練を開始した。
(数を増やすことが目的じゃない)
この訓練の目的は、魔力とマナの操作技術を高め、紋章の引きだす力を高めることにある。一つ一つを正確に描き、無駄のない術を発動させる。
一つ二つと展開し、順番に発動させる。細心の注意をはかり、自身の制御でその場に術を停止させる。
「…………」
目標は全属性を一度に制御すること。目標に向かい、ブレアは日が暮れるまで訓練を続けた。