第百十二話「ミズハの特訓」
模擬戦が終わっても、スレッドは自分の手の平を見つめながらぼんやりとしていた。
「どうしたんだい?」
空間の歪みを元に戻し、呆然としているスレッドにカロリーナは声を掛ける。
「…………いつもと違う感覚がするんだ」
スレッドは模擬戦中に起こった感覚を話し始めた。
いつも以上に感覚が研ぎ澄まされ、カロリーナの気配が手に取るように分かったこと。本調子でないはずが、驚くほど身体が調子よく動いたこと。そして、その動きにデジャヴュのようなものを感じたことを。
話しを聞き終え、カロリーナは自身の考えを話し始めた。
「……おそらく『竜の血』の作用じゃないかね」
「『竜の血』の? だが、『竜の血』は解毒されたはずだが……」
カロリーナはスレッドの変化を『竜の血』が原因ではないかと予想する。
「確かに毒は消えたけどね。『竜の血』で強化された時の感覚は身体が覚えているものさ」
スレッドが飲んだ『竜の血』には大量の魔力が含まれ、強力な力をもたらした。大量の魔力で行なった合体紋章によって、スレッドの感覚は最大限にまで引き上げられた。人間の越えてはいけない限界を軽々と越えていた。
その当時の魔力は無くなったが、それでも引き上げられた感覚は身体が覚えている。それが強者であるカロリーナと戦うことで思い出されてきたのだ。
「今はまだ自在に引き出せないだろうけど、それを自分の意思で引き出せれば今よりもっと動きが良くなるさ」
「…………」
カロリーナの言葉を聞きながら、スレッドはさっきまでの感覚を思い出そうとしていた。
スレッドとカロリーナが模擬戦を行なっていた同時刻。
「…………」
森の中でしっかりと重心を落とし、目を閉じて柄に手を添えているミズハの姿があった。
周りには木々が茂り、ミズハの周囲を木の葉が重力に従って落ちていく。森の中には風が無く、静かな空間が広がっている。
「…………」
ミズハの眼前を一枚の葉が舞う様に落ちていく。ミズハは軽く息を吐き、次の瞬間刀の刃が煌めいた。
ヒュン!!
横薙ぎに鞘から抜いた刀を振り抜き、落ちてきた葉は二つに斬り分けられていた。
「……失敗か」
自身のもたらした結果を確認し、ミズハは溜息をついた。ゆっくりと刀を鞘に納め、もう一度腰を落として構えを取った。
ミズハの特訓、それは落ちてくる葉を半分に斬るのではなく、葉の半分だけを斬ることである。この特訓を提案したのはカロリーナである。
「葉の半分?」
「そう。完全に半分にするのではなく、葉の真ん中辺りまでだけを斬る。但し、完全に振り抜くこと」
基礎的な訓練がある程度進み、ミズハの訓練は次の段階に進んだ。
カロリーナの提示した特訓、それは自身の意思で斬りたい物だけを斬る訓練である。
一流の剣士は余計なものを斬らず、自然の振りで簡単に斬りたい物だけを斬っていく。かなりの高等技術だが、修得すれば確実に強くなれる。
「あらゆるものを斬ってしまう。そいつは剣を扱っているんじゃない。剣に扱われているだけさ」
「…………」
「自身の意思を剣に反映させる。それが一流の剣士さ」
今はまだ刀に扱われている。だが、カロリーナの提示する訓練を成功させられれば、刀を扱うことの出来る一流の剣士になれるだろう。
「コツは何かないのか?」
「コツ? 私は剣士じゃないから分からないよ」
「…………」
カラカラと笑うカロリーナの態度に、ミズハは諦めたように何も言わなかった。カロリーナもどちらかというとスレッドの様に感覚で戦うタイプだ。詳細な説明やアドバイスを求めてもしょうがない。
ミズハは刀を持って森へと向かった。
再び構えを取り、意識を集中させる。
「…………」
全身から力を抜き、タイミングを計る。ゆっくりと落ちてくる葉を待つ。
ヒュン。
刀を振るい、意識しながら葉を斬る。今度は半分に斬れてはいないが、思ったほどの完成度ではなかった。
「…………殆ど斬れてる」
一応繋がってはいるが、片方持ち上げただけで重力に従ってもう片方が落ちていく。またもや失敗の様だ。
ふてくされる様に溜息をつき、おもむろに刀を振るう。
ヒュン。
何気ない一振りだった。特に意識していない一振りは、ミズハの身体から余分な力が無くなっていた。
「あ…………」
気付くと、中心辺りまで斬られた葉が地面に落ちていた。よく分からない内に成功したようだ。
「これなら!!」
今の感覚を忘れない内に刀を振るう。しかし、かなり意識しているせいか、先ほどの様に上手くはいかない。
「はあ、はあ…………」
一度の成功から一時間。懸命に刀を降り続けたが、成功しなかった。
どうやら成功にはまだまだ程遠い様だ。