第百十一話「スレッド対カロリーナ」
「準備は出来たかい?」
「ああ」
腕を組み、スレッドの準備を待つカロリーナ。装備を整えたスレッドは軽く準備運動をしてカロリーナに向き合った。
二人がいる場所はカロリーナの小屋の近くの開けた場所。周りは自然に溢れ、その辺りに転がっている岩の上では小動物が二人の様子を眺めている。
これからスレッドとカロリーナの模擬戦が行なわれる。その経緯は二時間ほど前に遡る。
「ふう…………」
復活から1ヶ月が経ち、スレッドは以前と同じように動けるようになるまで回復した。これまでも軽い運動は行っていたが、本格的に動き始めたのは今日からだ。
二時間ほど身体を動かし、休憩を取る。汗をふき取り、木に背中を預けて座る。そこにライアが近づいてきて、スレッドに寄り添うように眠り始めた。ライアの背中を撫でながら、スレッドは自然の風を感じる。
「…………」
暖かな日差しに自然の香り。心が落ち着いていく。このまま少し休もうかと目を閉じていく。
「気持ちよさそうだね」
「ん…………」
もう少しで眠りに落ちていきそうな時に声を掛けられた。ゆっくりと目を開けると、カロリーナが近づいてくるところだった。
危険な人物ではないと判断し、座ったままで行っていた戦闘態勢を解いた。
「リハビリは順調かい?」
「まだまだ本調子というところまでいかないが、ある程度は回復したよ」
スレッドはゆったりと木に背中を預けながら、全身の氣を循環させていく。循環した氣は新陳代謝を高めていく。
復活したことによりスレッドの氣は以前より遥かに増幅された。要因ははっきりしていないが、おそらく竜の血が関係しているのだろう。
増えた氣によってスレッドの回復量も増えた。後半月もすればスレッドは完全に回復するだろう。
「なら、ちょっと付き合わないかい?」
スレッドがある程度動けることを聞き、カロリーナは楽しそうに笑いながら提案を持ちかけた。カロリーナの笑みに危険なものを感じるスレッドだったが、一応話を聞くことにした。
模擬戦を提案されたスレッドは久々に人との訓練を行いたかった。二つ返事で了承し、互いの準備を開始した。
「それじゃあ、そろそろ始めようかね」
互いの準備が終了し、カロリーナは周囲の空間を歪ませる。二人とも紋章術士であり、使う技によっては周囲を破壊してしまう可能性がある。
ちなみにミズハとブレアは修行中であり、模擬戦を後で知った二人はなぜ知らせなかったのかを怒っていた。
ライアは近くで寝そべっている。この模擬戦はスレッドの回復具合を確かめるもので、カロリーナに勝つことが目的ではないのだ。
「合図はどうする?」
「私はいつでもいいよ。そっちから向かってきな」
余裕の態度にスレッドは多少カチンときた。さすがにカロリーナの方が格上とはいえ、スレッドも一流の紋章術師だ。そう簡単に負けはしない。
「ふう…………」
(落ち着け、この程度で乱されるなんて未熟な証だ)
一息吐き、気持ちを落ち着ける。このまま戦えば無様に倒されてしまうだろう。勝てないかもしれないとはいえ、無様に負けるわけにはいかない。
紋章術で身体を強化させ、足裏に紋章を展開させた。
「いくぞ!!」
ドン!!
紋章を爆発させ、カロリーナとの間合いを詰める。すぐさま拳を繰り出していく。しかし、そう簡単にはヒットしない。
スレッドの拳を紙一重で回避していくカロリーナ。簡単に回避しているように見えるが、その実意外と余裕が無かった。スレッドの攻撃が予想よりはるかに速く、強力だからだ。
それでもスレッドの攻撃はヒットしない。スレッドは慌てることなく、次への布石を作っていく。
「ウインド・フラッシュ!!」
気付くと、カロリーナの周りには多くの紋章が展開されていた。スレッドは拳を繰り出した瞬間に紋章をその場に展開し、停止状態で空間に描かれていたのだ。
スレッドは後方へと飛びながら、紋章を発動させた。発動した紋章は連動し、下位の紋章が巨大な竜巻を造り出していく。
「面白いね!!」
スレッドの戦術に笑いながらカロリーナは対処する。
同じく紋章術で竜巻を自身の周囲に展開させ、同じ力で相殺させる。更にその流れから生まれた周囲の風を一つに纏め、圧縮された空気の塊がスレッドに向かった。
「レザー・ブック!!」
紋章を地面に叩きつけ、目の前に鋼の盾を造り出す。地中に含まれる鉄を瞬時に錬成し、四角い壁が出来上がる。
ギュイイイン!!
空気の塊が乱回転しながら鋼の盾を削っていく。甲高い音が辺りに響く。
「ッ!?」
攻撃を防いだスレッドは、何かを感じて咄嗟に回避した。先ほどまでスレッドがいた場所をカロリーナの脚が過ぎる。
そこから二人の接近戦が始まった。
(なんだ、これ…………)
カロリーナの拳が紙一重でスレッドの顔の横を通り過ぎる。戸惑いながらも、スレッドは余裕でカロリーナの攻撃を回避した。
スレッドは先ほどから変な感覚に戸惑っていた。いつも以上に感覚が研ぎ澄まされ、カロリーナの気配を感じることが出来る。スレッドの動き自体はさほど速くなっていないが、それでも簡単に回避することが出来た。
千日手の様に互いの拳と脚が相手を襲うが、徐々にだがスレッドが押し始める。
しばらく接近戦を行ない、二人は互いに距離を取る。
「これならどうだい!!」
カロリーナは上空に巨大な紋章を描き、紋章はドーム状の炎の壁を生み出した。炎の壁は徐々に縮小していき、スレッドを押しつぶそうとする。
「…………」
炎の壁を見ても、スレッドは全く慌てることなく対処した。
両手に紋章を展開させ、まず右手の紋章を炎の壁に接触させた。紋章は風を生み出し、炎の一部を歪ませた。
(…………ここ)
炎の歪みとその周辺を冷静に観察し、左手の紋章を歪みの一部に接触させた。その瞬間、
「!?」
炎の壁は完全に消え去っていた。
驚くカロリーナにスレッドはすぐさま詰め寄り、攻撃を開始する。直ぐにカロリーナもガードするが、いつもではありえない隙が対応を遅らせた。
カロリーナの反撃を簡単に弾き、スレッドは右の拳をカロリーナのお腹に押し当てた。
「…………」
「…………」
動きを止めた二人だが、どちらからともなく身体の力を抜いた。
「まさか、病み上がりに一本取られるとはね」
スレッドとカロリーナの模擬戦は、意外にも本調子でないスレッドの勝利となった。
皆様、お久しぶりです。
ついに第七章に入りました。
第七章は基本的にのんびりとしたペースで話が進んでいく予定です。
どの程度の話数になるかは分かりませんが、
それなりに日常的な話にしたいと思っています。
年度末に向けて仕事が忙しくなり、
更新が多少遅くなるかもしれませんが、
出来るだけペースを保って進めていきたいと思います。