第百九話「地下」
バルゼンド帝国で世界会議が行なわれていたその頃、北ハイロウのある図書館。普段から人が来ること無く、唯一いる職員は暖かな陽気にうつらうつらと舟を漕いでいた。
「すー…………すー…………」
「…………」
光さす図書館の空間が突然歪み出す。歪みの奥から闇が浮き上がり、その更に奥からラファエーレがその場に降り立った。
「ふふ、こっそり侵入なんてドキドキね」
ラファエーレの後から出てきた妖艶な女性は笑顔を浮かべながら、ラファエーレの横に降り立った。
「遊びじゃないぞ、エヴァ」
「分かっているわ」
ラファエーレの呆れた様な注意をエヴァと呼ばれた女性は笑顔を崩すことなく答える。ラファエーレは珍しく溜息を吐きながら作業に入っていく。
辺りに意識を集中させ、目当ての場所を探索していく。ラファエーレが探しているのは、この図書館にあるとされている地下への入口だ。
「…………」
「後よろしく~」
黙々と作業を進めていくラファエーレに対して、エヴァは室内にある机にだらしなく座っている。さすがのラファエーレも内心イライラしていた。
それでも言葉にはしない。彼女に何を言ったところで暖簾に腕押しだ。
しばらく室内を歩き続け、ラファエーレは本棚と本棚の間、日の当らない場所で立ち止まった。
「…………ここか」
ラファエーレが床に手を置き、紋章を展開させる。精密に描かれた紋章が図書館の地下を探査していく。
「…………」
静かに作業が進められ、お目当ての物が何処にあるのかを探っていく。数分後、ラファエーレの探知に何かが引っ掛かった。
「どう~? 見付かった?」
「…………行くぞ」
エヴァの問いに答えることなく、ラファエーレは床に歪みを発生させた。歪みの奥には薄暗い部屋の様な場所が見える。
さっさとラファエーレが歪みに入っていき、その後をゆっくりとエヴァが歪みに落ちていく。
二人が歪みに入ってすぐ、歪みが消えて室内に静寂が訪れた。
「おい、起きろ」
「んあ?」
身体が揺れて、まどろみから意識が起き上がっていく。目を覚ますと、カウンターの椅子で座る自分とその彼を起こす同僚がその場にいた。
「お前なあ、利用者がいないからって、仕事中に眠るな」
「ふあ~~あ、仕方ないだろう。誰も来ないんだから」
「全く…………交代してやるから、飯食べてこい」
「うーい…………」
背伸びをしながら、食事をするために外へと歩いていく。それを確認して、代わりにやってきた職員がカウンターに座る。
室内を目視で確認し、手元の書類にチェックを入れる。
「…………問題なし」
まるで何事もなかったかのように、静寂な時間が進んでいった。
四方が石に囲まれた部屋。その四方の壁にはそれぞれ人が一人通れるぐらいの入口があり、その奥にも同じような部屋が存在する。まるで迷路の様だ。
部屋の一室の天井に突然歪みが発生する。歪みは大きくなり、その中からラファエーレとエヴァが落ちてきた。
ストン。
「…………」
ドン!!
「痛ったーい!! もう、何よこれ」
軽やかな動きで地面に降り立つラファエーレに対して、エヴァはお尻から地面に落ちた。したたかにお尻を打ちつけ、不満を漏らす。
恐ろしいほどの冷静さを持って、ラファエーレはエヴァを無視して探索を開始する。
ラファエーレの足元にある影が蠢き、影の帯となって四方へと伸びていく。別の部屋に入るごとに激しい音と共に侵入者避けの罠が発動する。しかし、影にはどのような罠も通用しない。
次々と影が迷宮を探索し終え、目的の部屋を見つけてラファエーレの足元に戻ってきた。
「はぐれずに付いてこい」
「あのねえ、子ども扱いしないで。これでもあんたより生きてるんだから」
目的の場所に向かう為に歩きだすラファエーレの後ろを、ブツブツ文句を言いながらエヴァが付いていった。
「ここだ」
到着した部屋には、頑丈な仕掛けが施された扉が存在した。取っ手も鍵穴も見当たらない。扉には幾何学的な文字や図形と幾つもの宝石が散りばめられている。
本来ならば正しい手順で封印を解除していき、鍵となるべき宝石が封印と同調することによって扉が開く。
だが、二人とも手順など知らないし、鍵も持っていない。
ならばどうするのか? 答えは単純だった。
「エヴァ」
「はいはい」
エヴァは何処からともなく取り出した銀色の針を扉へと突き立てた。
パキン!!
銀の針は扉に突き刺さると同時に砕け散った。一見すると、失敗したように見える。
しかし、次の瞬間には扉は粉々に粉砕され、奥へと進める様になった。原理はサッパリわからないが、それでも先に進めるのだから問題ない。
「これか…………」
部屋の中は他の部屋と同じ造りだった。その中央には台座があり、その上には一冊の本が置いてある。
長い年月そこにあったはずなのに、本は全く痛んでいない。それどころか、先ほどそこに置かれたかのように汚れが一つもない。
表紙にはタイトルが存在しない。だが、必要なのはタイトルではない。
「目的の物は手に入れた。戻るぞ」
「はいはい。それにしても、その本には何が書かれているのかしら?」
「…………お前は何も知らずに着いてきていたのか」
エヴァの質問にラファエーレは呆れながらも説明する。
「これには、あの方の封印に関しての情報が記されている。これがあれば、封印の破壊が進むだろう」
「うーん、これがねえ」
ひょいっとラファエーレから本を奪い取り、中を開こうとした。だが、本は何かでひっついたかのように開かなかった。
「なによこれ?」
「封印されているに決まっているだろう。強力な封印だ。ここで解除することは難しい。さっさと戻って、作業に入る」
エヴァから本を奪い返し、この場所を後にするための歪みを目の前に生み出す。ここに入ってきた時とは違い、歪みの奥は遠く離れた場所のどこかだ。
「最早ここには用が無い。行くぞ」
「ふふ、もう少しね」
迷宮に興味を無くし、二人は消えていった。そして、後には何も残らなかった。
次回更新は少し遅れるかもしれません。