第百六話「顔合わせ」
「…………ここに来るのもの久しぶりだな」
目の前にあるガンガールドの街並みを眺めながら、スレッドは懐かしそうに呟いた。
カロリーナの元でリハビリを行なっていたスレッド達だが、ジョアンが新皇帝になる為の戴冠式が首都ガンガールドで行なわれることを知り、気分転換も兼ねてジョアンを祝いに来ていた。
実際にジョアンには会うことが出来ないだろうが、戦友といっても過言ではない男を遠くからでも祝ってやりたかった。
「さて、まずは宿を探すか」
「拠点は重要」
立ち止まって街並みを眺めるスレッドの両脇をミズハとブレアが位置取る。今では普通に動くことの出来るスレッドだが、二人は未だに心配で、いつでも支えることが出来る様に横に立つようにしていた。
そんな三人の前をライアが先導するように歩いている。いつでも襲ってくる敵に対応するためだ。
「二人とも、そこまでしなくても大丈夫――――」
「駄目だ。まだリハビリが済んでいないんだ。無理をしちゃいけない」
「油断は禁物。だから、しっかり支える」
更にスレッドに近づき、寄り添うように歩きだす。その光景を見ている周りの男達は嫉妬の視線をスレッドに向けていた。
その視線にはまるで殺気の様な鋭さが含まれており、これまで様々な強敵と戦ってきたスレッドでも冷や汗を掻いていた。
そんな殺気に警戒を露わにするライアだが、スレッドは念話で警戒を解かせる。襲いかかって来るような類のものではないからだ。
急ぐようにスレッドは二人を連れて、さっさと宿に向かっていった。
ガチャ。
「お久しぶりです、エリュディオ様」
「久しぶりだな、ジョアン君。いや、皇帝殿とお呼びすべきかな?」
「自分はまだまだ若輩者です。いつも通りで構いませんよ」
応接室に案内されたエリュディオが部屋で待っていたジョアンに迎えられた。ジョアンから手を差し出し、握手を交わす。
二人は以前からパーティなどで顔を合わせることがあり、その時に幾つか話をした程度だ。
エリュディオは昨日バルゼンド帝国に到着し、本日ジョアンに挨拶を申し入れたのだ。数日後には会議で顔を合わすことになるが、それでも挨拶を欠かしてはいけない。
コン、コン、コン、コン。
しばらく世間話をしていると、控えめなノックが聞こえてきた。ジョアンが返事をすると、メイドの一人が恭しく礼をしながら部屋に入ってきた。
「お話中、申し訳ございません。リディア共和国の代表であるミラ様がご到着されました。ジョアン様に一言ご挨拶したいとのことですが……」
「そうか…………すまないが、少し待ってもらって」
「いや、構わんよ。ミラ代表には私も挨拶をしていなかったからね」
「そうですか…………君、応接室まで案内をお願いするよ」
「畏まりました」
メイドは深々と頭を下げ、ミラを案内するために部屋を後にした。
「初めまして、だね。リディアの代表をしているミラ・ダインだ。よろしく頼むよ」
不敵な笑みを浮かべながらジョアンとエリュディオと握手を交わす。ジョアンに席を進められ、ミラはソファに座った。
メイドが飲み物をテーブルに置き、部屋を後にした。
「前回の武術大会では迷惑を掛けたね」
「貴女のせいではありませんよ。気に病むことはありません」
「そうだな。貴女が代表になったのは事件の後だ。事件に関わっていなかったわけではないが、それでも貴女に責任はないだろう」
ミラは武術大会での事件に関して謝罪した。各国には色々と迷惑を掛けたが、バルゼンド帝国には大変な迷惑を掛けた。大会中のこととはいえ、バルゼンドの近衛騎士団長の腕を使い物にならなくさせたのだから。
対する二人はそれほど気にしていなかった。対外的な国同士の謝罪は既に完了しており、賠償も済ませている。
この場での謝罪はこれ以上必要なかった。
「それにしてもよくハイロウ両国を引っ張り出すことが出来たものだね」
「多少難航したがな。リカルド達が頑張ってくれたよ」
今回の世界会議は一年前以上から準備が進められてきた。本来ならもう少し早い時期に開催が予定されていたが、ハイロウ両国の交渉が難航した。
彼らは自分達に被害が無いこと、協力しても見返りが無いことを理由に会議への参加を断り続けていた。
人類全ての問題と伝えても、両国とも自国を立て直すことに必死だった。そこでアーセル王国とバルゼンド帝国が裏で資金を提供した。
更に話を聞いたリディア共和国もマドックの隠し資産をハイロウ両国への働きかけに使用した。
しかし、資金を出してもハイロウ両国は何かと渋っていた。資金を受け取った後も何かと要求してきたので、リカルドが中心となって交渉を進めた。そして、どうにか両国を引っ張り出すことが出来た。
ここまでしてハイロウを参加させなければいけないのかという疑問が生じるが、その答えは後ほど語るとしよう。
「戴冠式までしばらくある。ゆっくりとしてくれ」
その後ジョアンとミラはエリュディオに政務の仕方などを学びながら、穏やかな時間を過ごしていた。
「封印は見付かったか?」
「いや、バルゼンドに関しては情報があるが、ハイロウに関してはまだだ」
薄暗い部屋の中、ゆったりと椅子に座る眼鏡を掛けたインテリ風の男が目の間に座るフードの男、ラファエーレに問いかける。
彼らがいるのは暗闇に覆われた空の下にある森。その森の中に四角い物体の中。窓の無いその中は意外に広い。
外では魔物が四角い物体に攻撃を加えるが、傷一つ付けられない。
「人間どもの資料は確認したのか?」
「現在は警備も厳しい。人間などに後れを取るわけはないが、万全を期すべきだろう」
「だが、時間が無いのも事実だ」
「分かっている。間もなく人間ども一か所に固まる。その隙に侵入する」
「失敗は許されないぞ」
「言われるまでもない」
しばらくお互いを睨み合い、いつの間にか二人の姿は建物内から消えていた。