第百五話「各国の準備」
なんとか1月中旬に更新が出来ました。
何はともあれ、本編をお楽しみください。
アーセル王国、玉座の間。
そこには豪華なマントを羽織り、一国の支配者に相応しい威圧感を持ったアーセル王エリュディオ・アーセルが玉座に座っている。
「どうだ、交渉は順調か?」
「はい。ハイロウ両国は多少難航しておりますが、まもなく調整がつくかと」
「うむ、苦労を掛けるな」
玉座の前には姿勢を正して立っているリカルドの姿がある。玉座の間には王とリカルドだけがいる。
「…………魔族が動き出した。ならば、人間は力を合わせて立ち向かわなければならない」
エリュディオは光の射しこむ窓を眺め、今の状況を思いながら呟く。
リディア共和国の武術大会での事件の後、ギルドは冒険者達を動員して調査を行なった。武術大会以前の事件なども調査し、多くの事件に魔族が関わっていることが分かった。
調査では以前アーセル王国を襲ったレッドラードルやキングラードルも魔族の計画だったことが分かっている。
報告を聞いたエリュディオはリカルドと話し合い、たった一国では太刀打ちできないという結論に達した。
この問題はアーセル王国だけの問題ではない。この大陸に住む全ての人間の問題なのだ。
そこで、エリュディオはリカルドに命じて、ギルドに各国の代表を集めて会議を行なう手筈を整えさせた。
「会議はバルゼンド帝国の首都ガンガールド。新皇帝の戴冠式が終わり次第行なう予定となっています」
当初はアーセル王国で会議を開くことを考えられていたが、リカルドの提案によりバルゼンド帝国で開催されることとなった。
本来国家間の会議では、会議を提案した国で開催されることが慣習となっている。
だが、リカルドは他国で行なうことで相手の信用を勝ち取り、今回の会議を成功させられるだろうと考えた。
また、この会議は大々的に行なえる内容ではない。理由もなく各国の代表を集めるわけにはいかない。
そこでジョアンの戴冠式が行なわれた後、会議が行なわれることとなった。戴冠式には多くの要人が招かれる。これならば秘密裏に集まる必要が無い。
「何年ぶりですかな、世界会議は…………」
「…………私が若い頃が最後だからな。おそらく三十年ほどだろう」
報告が終わり、世間話を始める。二人は穏やかな雰囲気の中で話し始める。
エリュディオとリカルドは旧知の仲だ。エリュディオが王に戴冠する前からの知り合いで、リカルドはたまにエリュディオの話し相手をしている。
前回の世界会議は三十年ほど前まで遡る。当時は今ほど国家間の関係は良好ではなかった。少しの衝突だけで戦争に突入するほどの緊張を孕んでいた。
それでも行なわなければならない理由があった。なぜならば、当時も人類を揺るがす問題が起こったからだ。
当時の資料は殆ど残っていないが、魔物に関することだった記憶がエリュディオの頭に残っている。
窓の外は快晴。季節は間もなく春を迎えようとしていた。
「隊長、報告書です」
「…………あたいはもう隊長じゃないよ。それと、報告書はもう結構」
リディア共和国にある城の一室、その中で書類に埋もれたミラの元を訪れた元部下のダニエル。今はミラの跡を継ぎ、ダニエルは隊長として部下を率いている。
ミラは現在書類地獄に襲われている。マドックが様々な不正を行なっていたことから、それらの後処理に追われ、まともに休みを取っていない。
先日スレッドの治療のために仕事を抜けたことも要因して、仕事が山のように溜まっているのだ。
「すみません、つい癖で…………。まあ僕のことはいいですから、報告書は受け取ってください」
そう言ってダニエルが差し出した書類には、マドックの不正が数多く記されていた。
マドックの死亡後、関係のある者達が証拠を隠蔽しようと試みた。それらを摘発するため、ダニエルの部隊もリディア各地を回ってきた。
そして、最後の仕事を終え、二日前に城へと帰還したのだ。
「マドックの実験に関わっていた者はこれで最後です」
「全く、人体実験なんて何を考えているのやら」
報告書を読みながら、ミラは顔を歪めた。
マドックの実験は常軌を逸していた。魔族から渡された種を人間に埋め込み、経過を観察する。実験に用いられた人間は犯罪者が多かったが、中には一般の兵士も多く被験者にされていた。
実験の段階で多くの被験者が苦しみながら死亡し、生き残った者も副作用に苦しめられた。唯一の成功例であったアドニスも人格が破壊され、最早命令を聞くだけの人形のようになっていた。
研究者や資金を提供していた者は全員逮捕し、今は裁判待ちである。
「それと世界会議ですが、バルゼンド帝国の戴冠式の後に行なわれることが決定しました」
「…………よくハイロウ両国が会議を承諾したね。現在冷戦中である両国が顔を合わせて大丈夫なのかい?」
「調査の結果では、おそらく金が動いたのではないかと。両国ともに戦争で疲弊して、財政が危機的状況ですから」
「世知辛いねえ……」
ダニエルの考えにミラは苦笑する。
北ハイロウと南ハイロウは長らく戦争を行なってきた。その為今でも戦争の爪痕が各地に残っている。
そんな傷痕の中でも、一番被害が大きいのが国の財政状態だ。国民の所得は激減し、浮浪者が多発した。
そんな両国が今一番に必要としている物がお金である。
「うちからも援助の名目でアーセル王国とバルゼンド帝国に協力しております」
「マドックの隠し資金があって良かったよ。あれが無かったら、うちとしても協力は難しかったからね」
ハイロウ両国を動かす為にリディア共和国もアーセル王国とバルゼンド帝国に協力した。本来なら協力できるほどの資金は無かったのだが、事件の後処理をする中で、マドックが隠し持っていた資金が出てきた。
その額はかなりのもので、ハイロウ両国に支払ってもあまりがあるほどの額だった。
「とにかく、出発までに今ある書類は全て片付けてくださいね」
「…………あんたは鬼か!!」
冷静に仕事を促がすダニエルに、ミラは書類の山を一目見て叫んだ。明らかに終わる様な量ではなかった。
戴冠式を控えたバルゼンド帝国では準備に大忙しだった。準備は戴冠式だけではなく、世界会議も控えており、騎士団も準備に駆り出されていた。
世界会議は限られた者だけに情報が伝えられ、ジョアンに近衛騎士団、王族付きのメイドだけが準備に関わっていた。
「準備の状況はどうだ、ヨルゲン?」
「近日中には整うかと思います」
次期皇帝となるジョアンは、大人しく出来ずに自身も忙しく動き回っていた。メイドや兵士は恐縮しまくっていたが、次第に忙しさで遠慮なくジョアンに指示していた。
そして本日になってようやく一段落して、ヨルゲンに状況を確認していた。
「警備は万全か? テロなど起こっては、目も当てられないからな」
「問題ありません。既にアーセル王国とリディア共和国との共同警備で話が進んでおります。それにギルドの協力も得られており、ネズミ一匹入りこませんよ」
ヨルゲンはバルゼンド帝国の騎士団だけでは各国要人全てを護りきることは難しいと判断し、大国二カ国に騎士団の派遣を要請していた。
また、ギルドにも話をつけ、ランクB以上の冒険者に依頼を掛けている。
これならば天災級の魔物が現れても、対処出来るだろう。
「よし、最終確認を…………」
「それは他の者がしますから、ジョアン様はご自分の準備を進めてください!!」
ヨルゲンの報告を聞いても不安で確認に行こうとするジョアンを、ヨルゲンは溜息を洩らしながら自身の準備に入るように進める。
実は、ジョアンは城の様々な準備を手伝っていた為、身なりを整えたり資料を集めたりなどの自身の準備を殆どしていなかった。
ヨルゲンの進言を受け、ジョアンは今気付いたかのように自分自身の準備に取り掛かった。
まもなく、人類の未来を決定づけるための会議が始まろうとしていた。
第六章は他の章に比べて話数はあまり多くならないと思います。
それにしても、スレッド復活した割に出番が…………orz