第百三話「治療」
「フリーズアウト」
治療を開始するに当たり、ブレアはスレッドの封印を解除した。スレッドを覆っている氷が融かされ、地面に横たわらせる。
後は時の紋章術を解除するだけだ。
「さて、始めるとしようか」
カロリーナは手に持っていた袋から小瓶を取り出した。小瓶には紫色の怪しい物体が入っている。丸く固められたその物体を取り出し、スレッドの近くにしゃがみ込む。
「今時間を――――」
「ああ、構わないよ」
時の紋章術を解除しようとしたブレアを止め、紋章を展開して自分で時の紋章術を解除する。
止まっていた時が動きだし、スレッドの身体が微かに動く。時を止めていたとはいえ、長時間動いていなかったことで動きが鈍い。
意識は無く、微かな呼吸だけが聞こえる。
「さて、どうやって飲ませようかね」
これからスレッドに怪しい紫の薬を飲ませないといけない。だが、意識の無いスレッドに飲ませるのは難しい。
どうしたものかと考えていたカロリーナの視線には、心配そうにスレッドを見つめるミズハとブレアの姿がある。
ニヤリと笑うカロリーナは楽しそうに一つの方法を提案した。その笑みは、悪魔の笑みのように見える。
「こいつは口移ししかないね」
『ッ!?』
カロリーナの提案した口移しに、二人の顔色が変わる。お互いの顔を見て、真剣な表情で喋り出した。
「ここは私が行なおう。大丈夫、セバスから完璧な口移しを習っているから」
確かにミズハはセバスから様々なことを叩きこまれている。カグラ家の当主になる為の色んな教養を身につけなければならない。その中には人工呼吸なども含まれている。
ミズハはなんだかよく分からないことを言いながら、カロリーナから薬を受け取ろうした。
しかし、その手を止める者がいた。ブレアだ。
「私もギルドで習った。同じ紋章術師の方がいいと思う」
ギルドでは初心者に基礎的な応急措置の講習を行なっている。必須ではないが、大抵の紋章術師は講習に参加している。
ブレアも講習を受けており、更には紋章術師の方が口移しで魔力の操作なども出来る筈だと、根拠のない持論を展開している。
「…………」
「…………」
お互いの主張をぶつけ合った後、二人は少しも動くことなく見つめ合った。
そんな二人の様子にカロリーナとミラは肩を竦める。まだまだ、時間が掛かりそうだ。
「そろそろ決まったかい? 時間が無いよ」
どちらが口移しをするかを話し合うミズハとブレア。話しあってから数分だが、その数分ですら今のスレッドには拙い。すぐにでも飲ませないといけない。
カロリーナからしたら、こんなくだらないことで時間を費やしてもしょうがない。
「…………う、うう」
『スレッド!!』
そうこうしているうちに、スレッドが意識を取り戻した。薄く眼を開き、呻き声を上げる。
「どうやら、口移ししなくてもよさそうだね」
薬をスレッドの口に押し込もうとするカロリーナの視線の端には、口移し出来ずに肩を落とすミズハとブレアがいた。
二人を無視して、カロリーナが薬をスレッドの口にねじ込んだ。
「!? うぐ!!」
「噛まずに飲み込みな。『竜の血』を中和させるものだよ」
カロリーナの言葉を聞き、スレッドは素直に薬を飲み込んだ。実際には意識を取り戻したばかりで、内容的にはあまり理解していなかった。
それでもスレッドは素直に飲み込んだ。飲み込めといったカロリーナの迫力に飲まないわけにはいなかった。
「ブレア、ちょっと手伝いな」
「あ、うん」
口移し出来ずに恨めしそうにスレッドを軽く睨んでいたブレアを呼び寄せる。ブレアがやって来るまでに紋章を展開しておく。
「何をすればいい?」
「あんたは身体強化の紋章をスレッドに掛け続けること」
「治癒でなくてもいいの?」
「そっちは私が担当してあげるよ」
カロリーナが用意した薬だけでは、『竜の血』の毒を完全に中和させることはできない。そこで紋章術と併用して毒を中和させていくのだ。
その際に必要な紋章が「治癒」と「身体強化」である。治癒で薬の補助を行ない、身体強化で自己治癒力を高める。
二人の展開した紋章がぶつからない様に注意しながら、作業を続けていく。
「一点に集中させず、全身に満遍なく行き渡らせな。それと魔女の眼を発動させな」
「……分かった」
素直に魔女の眼を発動させ、慎重に、丁寧に作業を進めていく。重要な部分はカロリーナが担ってくれているが、それでもブレアのこなす役割も大きい。
治療は順調に進んでいた。
「ふう…………」
30分後、カロリーナとブレアは紋章を解除した。スレッドの様子をみると先ほどまでの息苦しさは見られず、穏やかに眠っているようだ。
「…………大丈夫、なのか?」
「ああ。リハビリなどはあるが、命に別条はないよ」
大丈夫という言葉を聞き、ミズハ達は抱き合って喜んだ。
穏やかに寝ているとはいえ、まったく問題が無いとは言えない。
「さあ、移動させるよ。いつまでも地面に横たわらせておくのは可哀想だ」
とびっきりの笑顔で喜ぶミズハとブレアに苦笑しながら、ミラが手を叩いてスレッドを運ぼうと準備を促がす。
意識が無いとはいえ、このままいつまでも森の中にいるわけにはいかない。
「クゥゥン…………」
治療が完了しても眼を覚まさないスレッドに、ライアは心配そうに鳴きながらスレッドの顔を舐めている。
そんなライアの頭を撫でながら、カロリーナは優しく微笑んだ。
「心配しなくても、あんたのご主人様は無事だよ。さあ、ご主人を運ぶのを手伝っておくれ」
「ガウ!!」
喜ぶライアはすぐにでもスレッドを運ぼうと袖を銜えていた。ライアのそんないじましい行動についつい微笑んでしまう。
荷物をまとめ、ミズハ達は森を後にした。
えー、ここでお知らせがあります。
このごろ年末で仕事が忙しくなり、帰ってきてから
なかなか執筆が進みません。
そこで冬休みに入るまで更新を一時停止しようと思います。
おそらく2週間弱程度だとは思いますが、
楽しみにされていた方には大変申し訳ないです。
執筆自体はちょっとずつしようと思いますので、
冬休みに入ってから更新しようと思います。
その間感想やリクエスト等の返事はしますので、
どんどん送ってください。
それまでしばらくの間お待ちください。