第百二話「移動」
サブタイが思いつかないので、暫定的にこれでいきます。
まだまだ特訓中のミズハとブレアだったが、特訓を続行しながらリディア共和国へと向かっていた。
三人は馬車をレンタルし、舗装された道を進んでいる。
リディア共和国に向かう前にリディアの代表であるミラへと手紙を送っていた。
スレッドが封印されている森はリディアの人間でも簡単に入ることの出来ない神聖な森である。仲間が封印されているからと勝手に入っていいわけではない。
そこで、先に許可を申請しておくことでスムーズに入ることが出来る様にするため、ミラへと繋ぎを取ったのだ。
「リディアか。懐かしいね」
「カロリーナは他の国に行ったりしないのか?」
「今はもうあの森からあまり出歩かないね。一応自分が有名人であることは理解しているからね」
ミズハの問いに答えたカロリーナはいつもとは違い、変装を施していた。帽子を深々と被り、服装はいつも以上に地味になっている。
「寝ているから、到着したら起こしておくれ」
「了解した」
そんなカロリーナの姿に二人は苦笑し、馬車は道を進んでいた。
リディア共和国と南ハイロウは隣同士であるものの、行き来には関所を通らなければならない。南ハイロウに入る際には多少時間が掛かったが、今回はそれほど時間が掛からなかった。
その理由としては、ミラから送られた許可証の力が強かった。暫定的とはいえ、ミラはリディア共和国の代表なのだ。その代表が許可した書類は関所に勤めている兵士には効果絶大だった。
許可証を貰う際にはミラに薬が完成したことは伝えてある。薬の完成を知ったミラは、二人がスレッドの元に来るのに合わせて合流することになっている。
その為、本来ならレンタルグリフォン等でもっと早くに到着できたが、ミラとの合流もあり、馬車で行くことになったのだ。
「…………もうすぐだな」
「…………うん」
二人の視線の先にはスレッドが封印された森が見えていた。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「ああ、ミラも元気そうだな」
森の入口には既にミラが到着していた。ミラの隣には護衛の兵士が数人控えており、彼女が国の代表であることが再認識させられる。
既に国としての許可は下りており、すぐにでも森の奥へ進むことが出来る。
「…………なかなか良い森だね」
目の前に広がる森を見ながら、カロリーナは呟いた。
森には言い知れぬ神聖さが感じられる。生き物の気配はあまり感じられないのに、淀みなどは感じられない。
「彼女は?」
「彼女はカロリーナ。薬の作成者だ」
「…………とても魔女と呼ばれる人物には見えないね。歳も若いし」
辺りを見渡しているカロリーナに視線を向けながら、ミズハとミラはひそひそと話していた。さすがに本人に向かって魔女とは言い辛い。
しかし、ミラの言葉は聞こえていたようで、ニヤリと笑いながらカロリーナは二人に視線を向けた。
『ッ!?』
「心配しなくても、取って食ったりしないよ。それより、もう入ってもいいのかい?」
「あ、ああ。許可は出てるから大丈夫だ」
すぐにでも探検をしたそうなカロリーナ。戸惑いながらもミラが答えた。
今回の森への立ち入りには、多くの反対の声があった。神聖な森には多くの絶滅危惧種が存在する。生態系を維持するために人々の立ち入りを禁止しており、国の代表であってもそう簡単にはいかない。
更に森に入るのは魔女と呼ばれたカロリーナ。これまでの実績から森が破壊されるのではと上層部は危惧していた。
それでもミラは彼らを説得した。スレッドはこの国を救ったのだ。英雄を助けない理由は無い。
最終的にはミラの説得が実を結び、今回の立ち入りが実現した。
「おなか減った…………」
三人の会話に参加しなかったブレアは、おなかが減って力の抜けた状態で立ち尽くしていた。
「…………ガウ?」
深い森の奥。清らかな空気と氷による冷たい空気が一帯に漂っている。
懐かしい気配と匂いを感じた銀色の獣、ライアは眠りから覚め、顔を上げた。視線は森の外に向かう道へと向いている。
身体を起こし、やって来る気配に警戒する。懐かしい気配とはいえ、敵でないとは言い切れない。匂いなどいくらでも誤魔化せるのだ。
それに懐かしい気配と匂いの横には、知らない気配が一人感じられた。
「ライア!!」
「!? ワウ、ワウ!!」
しかし、警戒は直ぐに解かれた。現れたミズハとブレアの姿を見つけて、尻尾を振りながら二人に近づいていった。
「懐かしい、この手触り」
じゃれつくライアの毛並みを撫でながら、ブレアは懐かしさを感じていた。数か月ぶりのライアの毛並みは柔らかく、その手触りを再び感じられて嬉しくなった。
喜ぶ二人の後ろからミラとカロリーナが歩いてくる。近づいてきたカロリーナはライアを見て、珍しく驚いていた。
「…………まさかこれほどの氣獣に会えるなんてね」
じっとライアの全身を眺めながら、カロリーナは呟いた。
これまでカロリーナが見てきた氣獣は感情を持たず、難しい動きは出来ない。込められている氣も少なく、単体での戦いを出来る氣獣は少なかった。
理論の天才であったフォルスでもここまでの氣獣を造り出す理論を生み出せなかった。
だが、ライアは今までカロリーナが見てきた氣獣とは一線を画していた。氣の量は膨大で、ミズハ達にじゃれつくほど感情が見られる。
構成されている紋章もスレッドオリジナルで、カロリーナからしたら興味が湧く存在だ。
「…………そろそろ始めないかい? あまり兵士達を待たせて、心配させたくないからね」
ミラはあまり時間が掛けられないと語る。
護衛として連れてきた兵士は、森の入口で待機させている。ある程度の事情は説明してあるが、スレッドの治療はあまり見せられるものではない。
『竜の血』は基本的には使用禁止とされている。研究者が研究に使われるぐらいで、市場には全く出回らない。その理由は強すぎる魔力と毒が含まれているからだ。
強すぎる魔力と毒は使用者を滅ぼすだけでなく、その周りも破壊していく。その為使用が禁止されているのだ。
そんな『竜の血』を使用したスレッドの姿を彼らに見せるわけにはいかない。
「後でじっくり観察させてもらうかね。それじゃあブレア、封印を解きな」
「分かった」
ライアを撫でるのを止め、ブレアは氷漬けのスレッドに向き合った。ミズハも一歩下がってスレッドに視線を向けた。
武術大会から数カ月。遂にスレッドの治療が始まった。




