第九十九話「模擬戦その一」
もしかしたらタイトルをそのうち変えるかもしれません。
「…………」
刀を腰に構え、大きな岩の前で静かに佇むミズハ。意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ましていく。
目の前の岩には紋章術による強化が施されている。生半可な攻撃では欠片も削り取ることが出来ない。
軽く息を吐く。ゆっくりと腰を落とし、重心を安定させる。そっと右手を柄に触れ、いつでも振り抜けるように姿勢を整える。
「…………はあぁ!!」
流れてくる風が止んだ瞬間、ミズハは刀を鞘から抜き、横一線に振り抜く。再び風が吹き始め、目の間にある岩に赤い筋が出来る。赤い筋から岩は横にずれていき、岩の上半分が横に落ちていく。
「ふう…………」
再び息を吐き、全身の力を抜く。先ほど切り裂いた岩を確認する。
切り裂かれた岩の断面は赤くなっていた。火傷しそうなほどの熱を持ち、切り口は切り裂いたというよりは熱による融解のように溶けているようだ。
ミズハの手に持っている刀も熱を持ち、刀身に刻まれている古代文字は紅く輝いている。正常に紋章術が発動した結果だ。
パチ、パチ、パチ。
「なかなか見事だね」
音のする方に視線を向けると、拍手をしながらミズハに近づいてくるカロリーナの姿があった。
ちなみに、視線の端には岩の上でカロリーナから借りた魔道書を読んでいるブレアの姿があった。岩に強化の紋章術を掛けたのもブレアである。
「どうだい、刀の調子は?」
「大丈夫だ。きちんと調整されている」
「それは良かった」
ミズハは刀を掲げながら、カロリーナの問いに答える。
ファイラル山で手に入れた刀だが、刀身自体は問題なかったが他は幾つか問題があった。細かな部品が錆びていたり、ミズハの手に合っていなかったりと調整が必要だった。
最初は街の武器屋に調整してもらおうとしたが、断られてしまった。かなり精巧な造りをしており、下手をすると武器を破壊してしまう可能性だってある。
そこでカロリーナは薬作りの合間に刀の調整を行なってくれた。様々なことに精通したカロリーナは武器の調整も出来た。
調整された刀はミズハの手に馴染み、今まで使用していた刀同様に扱えるまでになった。
「薬作りは大丈夫なのか?」
「心配しなくても、順調だよ。今は薬の反応待ちだよ」
そう言って、カロリーナは不敵に笑う。
薬の材料が全て集まり、カロリーナは早速作業に取り掛かった。
幾つもの薬を磨り潰し、怪しい色をした葉を煎じていく。それらを混ぜ合わせ、反応させていく。
順調に進んでいたが、すぐに完成する訳ではない。薬同士を反応させている間は反応が落ち着くまで待たなければならない。反応が落ち着く前に作業を進めてしまっては失敗する可能性がある。
どれもこれも貴重な材料だ。少しも無駄にできない。
「出来る限りの最速で作っているから、待っていな。ところで…………」
「ん…………?」
刀を鞘に納め、汗を拭いているところにカロリーナがミズハとブレアに提案する。
「次の作業まで手ほどきをしてやろう。どうだい?」
カロリーナの提案を受けたミズハとブレア。準備のために木刀を取りに行こうとしたが、カロリーナは刀で構わないという。
「しかし…………」
カロリーナが元冒険者として強かったとはいえ、ミズハとブレア二人を相手にするのは難しいはずだ。その上紋章武器を使用しては危険だ。
だが、カロリーナは余裕の笑みを浮かべる。
「年老いたとはいえ、小娘二人に負けるほど衰えちゃいないよ」
『む…………』
今のセリフにはさすがにカチンときた。二人は鋭い視線をカロリーナに向ける。その視線には殺気が含まれている。
一般人なら震え上がってしまう殺気だが、カロリーナは軽く受け流していた。
確かにカロリーナは伝説の紋章術士だ。これまでの技術を垣間見るに実力はミズハ達より上だろう。
それでも、ミズハもブレアも実力は一流だ。以前よりもはるかに力をつけ、ランクS級のキングゴブリンやサラマンダーを倒すことが出来るほどだ。
「さて、始めようか」
腰に手を当て、木刀を肩に乗せて立っているカロリーナが開始を宣言した。
「フレア!!」
カロリーナの挑発にまんまと乗ってしまったミズハは、様子見をすることなく炎を産み出し突っ込んだ。
「まだまだ青いね」
その動きを見て、カロリーナは笑う。単調な動きはスピードが速くても、先の動きが読めてしまっては意味が無い。
軽く手を上げ、横に振る。次の瞬間、多数の紋章が空中に浮かび上がる。
それを見たミズハはスピードを緩め、警戒する。しかし、それはカロリーナから見たら失敗だった。
「やっぱり、まだまだだね」
ドン!!
「ッ!?」
目の前に紋章が展開されていたにも関わらず、ミズハは背中に衝撃を受けた。激しい衝撃はミズハの体勢を崩し、身体を覆っていた炎がかき消される。
どうして紋章は目の前にあるにも関わらず、ミズハの後ろから衝撃が来たのか。
それは目の前にある紋章は見せかけで、カロリーナはミズハの後ろから紋章術を放ったためである。
どうにか身体を踏ん張り、前面にいるであろうカロリーナに対して刀を構える。そこでミズハの視線が捉えたのは、多数の紋章だけだった。
「こっちだよ」
「!?」
次に聞こえてきたのは、ミズハの右側からだった。直ぐに反対側へと飛び、カロリーナの拳を回避する。
「確かに魔物相手ならそれでいいかもしれない!! だけどね、今後あんた達が相手をするのは知能のある魔族だ!! そんな単調な攻撃じゃ当たりはしないよ!!」
「くっ!!」
ミズハは必死に攻撃を繰り出すが、カロリーナは涼しい顔で避けていく。その間にも拳を繰り出し、ミズハの動きに駄目出しをしていく。
予想外の動きを見せるカロリーナだが、強化の紋章術を使用しているわけではない。素でミズハを上回る動きを見せているのだ。
「…………」
次の模擬戦の為にカロリーナを観察していたブレアは言葉を失っていた。純粋な紋章術師ではないと思っていたが、ここまでの動きを見せるとは思わなかった。
「ふう…………」
一度距離を取り、気持ちを落ち着かせる。ミズハの攻撃はヒットせず、カロリーナの攻撃だけがヒットしていく。
このまま続けても、何の意味もない。ここは冷静さを取り戻さないといけない。
力を抜いて、今持てる力全てを炎という形に表す。生み出された炎は全て刀に集約されていき、まるで燃えているかのように刀身が紅く染まる。
これまでの刀の刀身ならば、ミズハの全力の炎に耐えることは出来なかった。古代の技術と特殊な素材で造られた刀は恐ろしいほどに硬度が高い。
それを見たカロリーナは、水の紋章術で身体の周りに水の膜を張った。
「その程度で受け止められると?」
「まさか。あんたの力はこの程度では止められないのは分かっているよ。でもね、やりようによってはどうとでもなるものさ」
まるでその言葉を試すかのように、ミズハは何も言わずにカロリーナに斬り掛かった。
凄まじい熱量は薄い水の膜などものともせず、一瞬で蒸気に変えていく。それでもカロリーナは笑みを崩さない。
次々と攻撃を繰り出すが、先ほど変わらず攻撃は全く当らない。その代わり水の膜が少しずつ無くなっていく。
それと同時に、ミズハの刀の熱も冷めていった。
「…………」
「分かっただろう。能力だけじゃ強くはなれないよ。さて、そろそろ終わりにしようか」
しばらく攻防が続いたが、カロリーナの攻撃でミズハとの模擬戦は終わりを迎えた。
お腹に左手を添え、紋章を展開させる。次に右の拳に紋章を展開し、ミズハのお腹に展開した紋章に勢いよく重ね合わせた。
要領としてはスレッドの使用する合体紋章だ。成功すれば凄まじいエネルギーがミズハを覆うが、失敗すれば暴発する。
衝撃がミズハの意識を奪い、後ろへと吹き飛ぶ。地面に落ちる瞬間に風の紋章術で衝撃を和らげる。
ミズハとの模擬戦が終了し、カロリーナは意識をブレアに向けた。
「次、行ってみようか」
一戦しても汗すら掻いていないカロリーナはブレアに向けて紋章を展開する。
第2ラウンドが始まる。
…………いまいち戦闘に納得いってませんので、
次の更新と一緒にこの話数も改訂します。
前話でもお伝えしましたが、企画のリクエストを受け付けています。
次の話数まで受け付けますので、適度に送ってください(笑)