第八話「騒動」
「やあ、ミズハ。久しぶりだね。会いたかったよ」
「……私は会いたくなかった」
突然現れた男に、ミズハは嫌な顔を隠さずに肩を落とした。
男は赤を基調にした服に豪華な装飾を施し、腰に斬れるのかどうか分からないような剣を差している。防具も所々に金が使われていたりなど、強度的に戦いに耐えられなさそうな造りになっている。
輝く金髪に整った顔立ち。冒険者には必ずある魔物との戦いによる傷は全くなく、どう見ても冒険者に見えない。貴族のおぼっちゃまだ。
まるで自分に酔っているような表情でミズハに迫ってきた。
「いつ見ても君は綺麗だね。さすが俺のパートナーだ」
「お前とパーティを組んだ覚えはない」
「恥ずかしがることは無い。僕の愛はいつでも君にだけ向いているさ」
「……誰、これ?」
噛み合わない会話に、ついつい言葉を発してしまう。
ミズハは確実に嫌がっているし、どう見ても親しい雰囲気には見えない。突っ込みを入れずにはいられなかった。
スレッドの発言に、男達は一斉にスレッドを睨みつけた。キザな男の取り捲きたちは様々な武器を手にして、なぜか臨戦態勢だ。
「なんだね、君は? なぜ僕のミズハと一緒にいるんだい?」
「待て。私はお前の物じゃない。いい加減にしろ!!」
「怒っているミズハも綺麗だよ」
「話を聞け!!」
「大変だな、ミズハ」
「ガウ……」
全て分かっているといった風に笑顔でオーバーリアクションを取るキザ男。それにただただ怒っているミズハ。
気の抜けそうなやり取りに、スレッドとライアは憐みを込めた視線をミズハと男に向けた。
周りはいつものことといった感じで見ているだけだ。
このやり取りはミズハが初心者の頃から名物である。いつもキザ男がミズハを誘い、ミズハが断るが、男は全く動じない。
このままでは埒が明かないとスレッドはミズハに質問する。
「それで、結局誰?」
「……冒険者のヴィンセンテ・リースマン。しつこいストーカー男だ」
「ストーカーとは心外だな。それで、そのゴミはなんだい?」
ヴィンセンテは汚物でも見るかのように、スレッドを指さした。
ミズハはヴィンセンテの言葉に怒りを覚える。自分のパートナーを馬鹿にされたのだ。怒らずにはいられない。
「彼はスレッド。私のパートナーだ」
ギルド内の空気が変わった。目の前の男達だけでなく、ギルドにいた全員が固まった。
「な、な、な!!」
パートナー発言にヴィンセンテは顔を真っ赤にして、言葉を発せない状態になっていた。
ヴィンセンテ以外にも、男なら大抵の冒険者がミズハを誘った。その度に断られた。ミズハ自身にも誰かとパーティを組みたいという話は聞かなかった。
そんなミズハの『パートナー発言』だ。驚かずにはいられない。周りの冒険者たちは呆然とミズハを見つめていた。
「きっさまー!! 決闘だ!!」
「はっ??」
剣を抜き、スレッドに向けて突きつけられる。あまりにも脈絡のない展開に間抜けな声を上げてしまう。
スレッドの前にライアが立ち塞がる。主人に武器を向けた男に対して威嚇する。わずかに殺気が漏れているが、気が動転しているヴィンセンテは殺気に気付くことなく話を進めていった。
意味が分からず、どうしたものかと困惑する。
「一体どうしたらそうなる?」
「ミズハは僕の物なんだ!! 貴様などに渡さん!!」
「……もう滅茶苦茶だな」
溜息しか出ない。どれだけ言葉を交わしても、意思が通じ合えない。険悪な雰囲気だけが大きくなっていく。
戦いは必至。誰もがそう思った瞬間、制止する声が聞こえた。
「何をやっておるのかね?」
『!?』
奥からゆっくりと歩いてくる老人が、騒ぎの中心に近寄った。
白髪に眼鏡、杖をついた何処にでもいる老人に見えた。
だが、彼には威圧感とは違う何かを感じた。そこにいるだけで、誰もが背筋を伸ばさずにはいられない。そんな雰囲気を漂わせている。
老人が現れただけで、その場にいた全ての者が言葉を失った。
「リカルド殿……」
「誰?」
「このギルドのギルドマスターだ」
リカルド・クロッカート。元冒険者で最高ランクSSまで辿りついた冒険者の一人である。大剣を持って戦い、あらゆる魔物を一刀両断してきた逸話が残されている。歳の衰えた今でもその強さは健在で、暴れる冒険者十人を一瞬で取り押さえたこともあるほどだ。
そんな大物の睨みにヴィンセンテの身体が硬直する。周りの冒険者もこれから何が起こるのかと戦々恐々だ。
「またお前さんか。次は無い、と前回警告した筈じゃが?」
「あ、いえ、これは……」
慌てて剣を納め、直立不動で言い訳を始めるが、支離滅裂である。
ヴィンセンテは以前にも他の冒険者と問題を起こしている。双方に怪我はなかったものの、もう少しで戦闘に発展するところだった。それを無事に納めたのもリカルドだった。
少しは反省するかと思っていたが、反省の色が全く言っていいほど見えない。
リカルドは溜息を洩らしながら、ヴィンセンテに処分を下した。
「ポイント減点30と罰金じゃ。反省せい」
「なっ!? どうして僕だけ……」
「やり取りは見させてもらっておった。明らかにお前さんが原因じゃ。周りの者は注意で済ますが、次は無いぞ」
武器に手を掛けていた取り捲きたちも直立不動で何度も首を縦に振った。このような馬鹿なことで処分されては、たまったものではない。
その後、大した反論も出来ないまま、ヴィンセンテ達はギルドを出ていった。
「災難じゃったのう、お主。名前は?」
「スレッド・T・フェルスターです」
「T?」
(まさか、のう……)
スレッドのミドルネームに何か気になるものを感じた。ついつい黙って考え込んでしまった。
「あの……」
「ん? おお、すまんのう。懐かしいものを感じてのう」
リカルドは気にしないようにして、笑顔で二人を眺めた。
「今日から冒険者として、頑張るのじゃぞ」
「ありがとうございます」
「ミズハはこう見えて、無茶ばかりするからのう。しっかりサポートしてやってくれ」
「分かりました」
「リカルドさん、私はそんな無謀じゃありません」
笑いながらミズハの無茶を指摘して、スレッドがそれを真顔で受け止める。ミズハは憮然な表情で反論するが、二人共聞いていなかった。
その後、二人はクエストに向かうためリカルドに別れを告げ、ギルドを後にした。
リカルドは、立ち去るスレッドの後ろ姿に懐かしい感覚を思い出していた。