プロローグ
『スレッドよ。これを読んでいるということは、どうやらわしは死んだようじゃの』
その手紙は、長年過ごした小屋の中にあるタンスの中から見つかった。服と服との間に紛れ込んでおり、手紙を書いた者が隠したようだ。
『人間はいつか死ぬ。悲しむことはない。というか、お前さんにそんな心配する事もないかのう』
「分かってるじゃねえか……」
強がって呟く青年、スレッドの目からは涙が流れていた。
悲しくないわけがない。手紙の差出人、フォルス・T・バーストバインドは、捨て子だったスレッドを拾い、時に厳しく、時に優しく、愛情を持って育ててくれた。
周りを自然に囲まれた中で色んな事を教えてくれた。その全てが脳裏に浮かんでいる。
『生きていくための術は全て教えたつもりじゃ。お前さんの実力ならば問題なく生きていけるじゃろう』
今度は修行の日々が思い浮かぶ。座学から実践まで本気でしごかれた。実践で死にかけることなどよくあることだった。
結局一度として勝つことは出来なかった。それだけは心残りとなった。
『さて、あまり長々と書くのはわしの性に合わん。ここからは諸注意じゃ。まず、山を下りるなら極力全力を出すな。お前さんの力は少々独特で、知られれば面倒なことになるじゃろう』
「……ああ、分かってる」
一緒に暮らしている時、常々スレッドの力は独特なもので、知られてしまえば最悪モルモットにされると言われていた。世間を知らないスレッドだが、尊敬していたフォルスの言葉を信じていた。
『荷物はわしなりに纏めておいた。少しはお金も入っておる。それとささやかな餞別を置いておく。お前さん用に調整しておるから遠慮なく使え』
それは、机の上に置いてあった碧い手甲である。新品のように磨かれ、窓から射す日の光が表面を輝かせている。
『ふむ、これ以上書き加えることはないかのう。そろそろ書き疲れてきたわい』
両手に手甲を嵌めていく。スレッドの為に調整されたそれが手に馴染んでいく。フォルスの思いをしっかりと感じ取り、涙を拭う。
頭を上げ、顔を引き締める。そこには決意を秘めた男の顔があった。
『お前さんと生きた十数年、本当に楽しかったわい。ありがとう』
読み終わった手紙を綺麗に折りたたみ、そっと机の上に置いた。
フォルスが用意してくれた袋に入った荷物を肩に担ぎ、小屋の扉を開けた。
『お前さんはお前さんの人生を楽しんでこい!!』
「行ってきます」
こうして、スレッドの旅は始まった。