ぼっち先輩と溺愛クズ後輩の昼休み
冷たい風がプラタナスの梢を揺らして、葉っぱが音を立てて飛び散っていく。ここは校門前、ちらほらと周りに他の生徒の姿が見えて、正直その視線が痛いというか恥ずかしい。
「ちょっと、二人とも! みんな見てる! め、目立ってるから離してって!」
僕の手首は親友の敦也にがっしり掴まれ、背中からは後輩の律月の長い腕が僕の胸と腰に回ってきつめにハグされてる。
僕は今、不本意ながら、言わば校内随一のイケメン二人から力づくで奪い合われているようなとんでもない見た目になってる。
「離せって」
「「嫌だ」」
もう1回喚いたけど、どっちも放してくれないどころか、さらに強く僕にそれぞれの屈強な腕が絡みついてきた。
敦也は「建国顔」とか女子に言われてたきりっと男らしい表情をして、真正面から僕を見つめて言い放ってきた。
「歩陸、もう限界だ。戻ってきてくれ。お前がいないと毎日つまらない。癒しがない!」
「敦也、なにいって……」
「お願いだ」
「敦也……」
親友のお願い顔は流石に無下にできない。身体が前に出かけたところをぐっと後ろに引き戻された。
「アユ先輩のこと、こんだけ放って置いてさ。もうあんたの出る幕じゃないし。こんな面白くて可愛い人、簡単に手放しちゃダメだろ」
「ええ? 律月、なにいってんの?」
「それに。この人、もう俺のだし」
後ろで後輩の律月がイケボでせせら笑いながら、僕の足がほとんど浮くぐらいの強さで抱きかかえた。
「俺は、歩陸を手放したつもりなんてない」
「はあ? あんな寂しい思いさせて何言ってんの? この人、俺のそばにいさせるんで、あんたはすっこんでて?」
「歩陸、お前の気持ちはどうなんだ?」
「え……。僕は……」
中学からの親友と、すごく仲良くなった後輩と。どっちか一人なんて……、今ここで選べっていうの?
ただ僕は、お昼をのんびりと暖かいところで食べたかっただけなのに!
※※※
向こうの雑木林や青い空にふわふわ浮かんだ白い雲を眺めて、のんびりできて、ポカポカしながらひとりでお弁当を食べるのは気分転換になるし、割といい感じだ。
「クシュっ」
だけど最近、日に日に気温が下がってきてるのを感じる。暖かい格好をして散歩をするにはすごくいい気候なのかもしれないけど、このまま毎日外で弁当を食べるの、もっと寒くなったら結構つらそう。
体育館の横についてる鉄の扉、その下にある小さな階段に座ってるから、冷たさがじわじわお尻に伝わってくる。指先に息を吹きかけて鼻をずずっとすすった。
(あーあ。暖かいとこ、早く戻りたいなあ)
でもさ、まだ当分、もしかしたら今のクラスの間はもう、教室で弁当を食べられないのかも……。
「はあーあ」
でっかいため息が出てしまう。本当に、あの時、教室に忘れ物取りになんて行かなければよかった。
僕ってさ、色んな意味で引きが強いタイプなんだ。いい意味でも悪い意味でも。
こんなところに居合わせなくても良かったのになってことによくぶち当たる。
一昨日の出来事がまさにそれ。
二年になってから、ラッキーなことに中学からの親友の敦也と同じクラスになった。
そもそも僕と敦也が仲良くなったきっかけは、確か中学最初の体育の授業で二人一組になる時にたまたま組んだとか、そんなんだった気がするけどもう忘れた。そのくらいずっと前から仲のいい友達だ。
敦也は高校に入ってからぐんって身長も髪の毛も伸びて、急激に垢ぬけた。骨格がしっかりしてきたから、顎のラインとか頬のラインが男らしくシャープになった。
奥二重で切れ長の目がきりっとしてて、眉毛は元々直線で凛々しく吊り上がっててさ、まあ誰が見てもイケメンって言えるような見た目になった。
だけど中身は中学の頃のまんま変わらない、好物はメロンパンな、穏やかで優しいいい奴だ。
僕とは音楽の話とか好きなアイドルの話とか他愛ない話で盛り上がる感じの、普通の高校生。そんでまだ一度も彼女がいたことないのは、僕も敦也もどっちも同じなんだ。
まあ、僕はさ、姉と妹がいるってこともあるかもだけど、背が伸び悩んでて華奢め、ギャル系の華やかな見た目をしてる姉とうり二つの顔なんで、中学の時とか『サッカー部の姫』とか呼ばれてた。
そのせいか高校一年の時はダンス部の女子中心に、陽キャなギャルの友達が多かった。特にうちの姉をすげぇ慕ってる、学年随一の美人の麗良から『アユ君は先輩に似て、私の癖が詰まっためちゃくちゃ可愛い顔! 眉毛いじらせて!』とか度々メイクをされたりしてた。それで見た目のゆるふわギャル化がこの一年で進んだとか敦也にも笑われたっけ。
その子たちとはクラスが別れちゃって、今年は大体毎休み時間、敦也と一緒にいて喋ったりスマホ弄ったりしてた。
夏休みが明けて、文化祭が終わって、何となく周囲でも彼氏彼女持ちが増えつつあった頃、いくつかあった、クラスの女子グループの一つと僕等は昼休みに一緒にお昼を食べるようになってた。
女子も色々話しかけてくれるけど、やっぱり敦也と僕とで喋ることは多くなる、仕方ないよね? 仲いいんだし、お互い色々ほら、会話が弾むっていうか。
女子は女子で楽しそうにしてたし、そんなもんだろうって思ってたんだけど、放課後にたまたま忘れ物して教室に荷物取りに行ったらさ、その女子グループが中で話してるとこ聞いちゃったんだよね。
『サヤが敦也君に話しかけたいのにさ、夢野がいつも敦也君にくっついてて、ずっと喋りかけてるし、あいつ邪魔じゃない?』
(うおおお、聞いちゃいけないもの、聞いてしまった)
今まで一緒につるんでくれてた女子達は麗良を筆頭にみんな僕の事を『アユ君、可愛い! 目がぱっちり! 肌艶々で白っ! 髪色元々この薄茶色なの? 本当に王子様みたい。え、むしろ姫? 傾国顔ってやつ? 睫毛……、長い。ちょっとアイメークしてみてもいい?』って屈託なく話しかけてくれて、みんなの仲間に入れてくれてたからさ、女子にこんな感じで扱われたの初めてだった。
(こわっ)
そうっと廊下を後ずさりしようとしたのに、やっぱ女子って勘が鋭い。こっちを急にぐっと向いた子がいて、目があってしまった。ほとんどホラー映画だ。
あああ、恐ろしいことに聞いてたことがバレちゃって、『盗み聞きとか許せないんだけど。このこと、敦也君に話したらただじゃ置かないからね。サヤと敦也君と付き合う雰囲気になっていけるまで、あんたできるだけ教室で敦也君に話しかけないで。親友だったら友達の恋を応援してよね?』ってよってたかって凄まれてイマココ。
一人寂しく体育館裏でお弁当を食べる羽目になっちゃってる。
去年までは麗良達、派手で目立つ女友達に囲まれてたから、敦也と一緒にいたって他の女子からこんな絡まれ方したことなかったし、女子とはそこそこ仲良くできるって思いこんでたけど、思いもつかない落とし穴にはまったもんだ。
(まあさ、この状況の救いといえば、ここはすごく日当たりがいいってとこだな)
弁当を食べきったからバイト先で余って持っていったパンを取り出した。これ温めたらチョコが蕩けてベリーの風味も薫り高く美味しいパンなんだけど、今は寒くてカチコチ。歯で噛み千切ってもぐもぐとひたすらに噛んだ。
「はーあ」
ついた溜息が白くなるのももうじきかもしれない。まだほんのりと暖かいペットボトルのミルクティーに口をつける。
パンはまだ二つも残ってるけど、ここのはずっしりとお腹にたまるから、弁当食べたら一つ食べるので限界だ。だからこれでもうお昼はおしまい。
置いてきても良かったんだけど、姉さんと母さんに『敦也君に持ってってあげなさいよ』って言われたから持って来てる。まさか一緒にご飯食べてないっていえないし……。
ポケットにパンの包み紙を突っ込んだら指先に当たったものを取り出した。
ちょっとけばけばしいぐらいに鮮やかなピンクの小瓶。中にシャボン玉液が入ってる。レトロなタイプでライムグリーンのストローみたいなやつもついてる。昨日パン屋のオーナーから昨日貰ってポケットに突っ込んだんだった。
週末、パン屋のある商店街で子供用に配ってたんだって。
「歩陸、お前もまだガキみたいなもんだろ」ってさ、押し付けられたやつ。
体育館の外通路の低い壁の手すりに寄りかかる。ぺこっと蓋を開けた。それだけでぷくって半球のシャボン玉が口のとこにできてる。景色がさかさまに映る。虹色の泡の皮膜を見て、にまってなる。
(学校の中で今この時間、シャボン玉するようなやつは僕しかいないもん)
人に言ったらくだらないって言われそうな、そういうちょっぴりの特別感が好き。
(敦也なら、こういうの面白がってくれるのになあ)
今も暖かい教室で女子に囲まれて弁当を食べているはずの、中学からの親友を思うと、やっぱちょっぴり寂しい。でも女子にいい感じになるまで戻って来るなって念をおされちゃったから、我慢我慢。
どうしても敦也と喋りたくなったら通話すればいいだけだし。……でも敦也、部活忙しくて早く寝ちゃうからなあ。僕もバイト掛け持ちで忙しいし……。
(なんか寂しい。誰かと喋りたい)
麗良のグループのいるクラスにお昼食べに行ってもいいのかもだけど、流石に女子に泣きつくのは違うかなって思ってる。覚悟を決めてボッチ飯を始めたけど、でもやっぱ寂しいものは寂しい。
手すりにもたれて向こうを眺める。学校の隣は影と少しの雑木林になってる。日が差し込んで視界は開けてる。雑木林の向こうのどっかにはメタセコイアの林があって、彼氏彼女のいるやつらは映える写真目当てに、ちょっとしたお散歩に行ったりしてる。
今ちょっと人間不信気味だからさ、くそう、大事に想ってくれる人がいるって羨ましい。
(今日のぴかぴかの青空の下で、今シャボン玉飛ばしたら気分がスっとするかも)
ストローを小瓶につけてフーって息を吹き込んだら次々と転がりでるようにシャボン玉が飛び出して柔らかな風に乗って雑木林の方へと飛んで行った。
シャボン玉なんて小さい頃に遊んだ以来だ。不意の風に攫われて、もつれ合いながら飛んでる。キラキラしてるのが、綺麗だ。
もう1回、もう1回って夢中でシャボン玉をふいてたら、急に、向こうから話し声がしてきた。
(うわあ、人来た! なんで?)
「律月、今日、答えてくれるっていったよね?」
だいぶ押しの強そうな女子の声がして、僕はストローから口を離してぶるっと身構えた。
そのあとすぐに背の高い男子がこちらの方に向かって歩いて来た。ぱっと見、骨格からして大優勝って感じの王様体型だ。
女子からはやたら羨ましがられるけどそれって微妙な、薄っぺらい僕の身体とは真逆だ。厚みもあって、手足が長い。すでに雰囲気からしてイケメンオーラがビシバシ伝わってくる。
(カップルが二人っきりになりたくてここ来たってやつ? やばっ。むっちゃ、気まずいぞ)
こんなとこ誰かが来るなんて思ってもみなかったから、隠れようにも体育館の沿いに真っ直ぐ、裏の階段まで隠れられそうなとこがない。扉をこじ開けて中に入り込もうと思ったけどシャボン玉の容器を手に掴んだまま片手じゃ重すぎてうまくできない。
(また今回も、間が悪いことに……。引きが強すぎだろ)
流石にすぐ傍までは来ないだろって気になって、ちらって後ろを振り返ったら、男子の方と目があった。
(あー、やっぱイケメンだあ。顔面も大優勝)
遠目に見ても即、イケメンってわかる。敦也も今でこそ『上位カーストのイケメン』ってクラスのモブチームから言われてるみたいだけど、同じかそれよりかっこいいって思った。
知的で整った印象を受けたのはきっと、襟足も短い黒髪のアップバンクショートのせいかも。無造作に流した前髪の下から覗く、程よく大きな涼しげな目元は一重? 奥二重?って感じの中間ぐらいの優し気な印象だけど、僕を見ても動じない、視線に芯の強さがある。口角は上がった薄めの唇、クールで落ち着いた落ち着いた雰囲気だ。
すっと目線を外されて我に返る。
アイドル好きの姉の影響でいろんなタイプのイケメン・美人を見るのが割と好きなんだ。じっと見すぎて変に思われたかな? でもそっちが急にここに来たから悪いんじゃん。先客は僕なんだから。
(これ以上こっちに来ないでくれぇ!)
僕の心の叫びが通じたのか、男子がそこで立ち止まって、女子の姿は体育館の入り口側に隠れたままで、僕から死角になった。
ほっとしたのは一瞬で、次の瞬間からまたドキドキが始まってしまった。
「興味が持てないから、あんたとは付き合えない」
その後すぐ、乾いた『ぱちん』って音が僕の耳にまで届いた。間髪入れずに足早に階段を駆け下りる音が続く。
(しゅ、修羅場ああああ。僕ののんびりランチが修羅場に飲み込まれる!)
流石にもうこっちには来ないだろうって思ったのに、「はー」って吐き捨てるような低いため息の後、頬を摩りながら男子の方がこっちに向かって歩いて来た。
(うわああ、こっちくんな。すごく気まずいよお)
僕の気持ちなんて知ったことかって感じ、足が長いせいかあっという間に僕のいるあたりまでやってくると、お構いなしって感じに僕が弁当箱やミルクティー、食べ終わってないパンなんかを置き去りにしてる、その隣に、長身のイケメンはどかっと腰を下ろした。僕はまだ立ってシャボン玉やってる間抜けな体勢のまんま。
「……」
「……」
お互い無言。いや、普通こんな時、流石に話しかけないっしょ。昼休みはまだあと20分ぐらいあるんだ。あああ、どうしよう。教室に戻ろうか……。
(でも戻ってくんなよって女子に睨まれるだろうしなあ……)
数人の女子の視線は怖い。とりあえず僕は途方に暮れながらシャボン玉のストローを口に加えて、ぷーって息を吹き込んだ。コロコロと音が鳴るようにシャボンの泡が風に乗って踊り出ていく。
気持ちを落ち着けようと、二回、三回ってシャボン玉を量産したら、後ろですごく大きな笑い声がした。
「はは。あんた、なんでこんなところでボッチでシャボン玉やってんの?」
振り返ったらちょっと赤くなった頬をして、イケメンが無邪気に笑ってる。長い手足を持て余し気味に薄い段差に座ってて、さっきまで侘しさがこいつがいたら急に華やいだ雰囲気になった。
(見たことない顔? 先輩? 同級生?)
急いで制服の胸についた校章を確認したらなんと赤だった。
(くっそこいつ、一年生じゃん)
「はああ? ボッチとか失礼だなあ! なにタメ口きいてんの? 僕の方が先輩だし、先客だったんだからな。そっちこそ修羅場持ち込んで、人の昼休みののんびりタイム邪魔しないでくれる?」
一息で言い返したら「可愛いのに意外と気が強いんですね、ボッチ先輩」とか言われた。
(なんだよ、爽やかなの、見た目だけじゃん。すげぇ曲者じゃん)
くそう、変なあだ名付けられた。しかもさらっと可愛いとか言いやがった。
女子にぶたれてたし、こいつ実は爽やかな見た目に反してタラシ系?
警戒しながらちゃんと振り返って、外通路のへりに寄り掛かった。
「ボッチ先輩じゃない。僕の名前は夢野歩陸だ」
「へー。名前までゆるふわ、うちのポメ丸みてぇ」
「はあ?」
まあ、見た目に関してはそう言われがち。生まれつきふわふわ薄茶色の髪と目、肌も赤くはなるけど日に焼けないし、薄っぺらい系華奢な体格。腰なんて敦也に両手で掴めるって言われるほどだ。目ばっかり大きくて口とか鼻とか小さめだし、形は悪くないのに眉も脱色してないのに色が薄め。背も170センチに届いてない。なんかはかなげ、白っぽいって言われる。ほっとけ。
更に保護色みたいな姉チョイスのミルクティーベージュのカーディガンを羽織ってるから、全体的にふわふわ見られがちで、女子にもなんというかあんまり男子扱いされてない。中学まで私服で敦也と出かけてると、頻繁に女子に間違えられた。流石に制服着てたら間違えられないけど……。
「お前は何て名前なんだよ。クズ一年」
女子に昼休みにビンタされてる男、イコール、クズ。
反射的にやばいあだ名をつけ返して鼻で笑ったら、大して応えてないって顔でむしろ口角を上げてにやりってされた。
「柳木律月。律月呼びでいいっすよ。あんたのが先輩なんでしょ?」
(不遜すぎるな、こいつ。全然僕の事先輩扱いしてない)
むっと唇を尖らせたら、にやってまた笑われた。
「おい、なんでここ座ってんだよ」
「ここあんたのものじゃないだろ」
「そうだけどさ……。なんで……」
(なんでぶたれてたかとかは聞いた方がいいのかな? それともこのままいなくなるのを待つ?)
迷ってたら律月が立ち上がって僕の隣の手すり壁に身体を屈めて肘をついた。
「先輩、俺に興味持ってくれた感じ?」
「はあ? 何、その言い方。タラシっぽい。昼休みに女子にぶたれるわけだ。名前もヤナギだし? ふらふらしてんの?」
「タラシ……。じゃあ先輩もたらされてくれます?」
にっこり、これだけ見たら爽やかないい笑顔で、さらっと俺が置き去りにしてたパン二つを指さしてる。
「昼休みなのに何も食べてなくて腹減りました。こんな顔じゃ弁当とりに教室戻れないし、購買ももう品薄だろうし」
「はあ? なんで僕がお前の世話をやかないといけないの? 見た目と違って図々しい奴」
「見た目? 見た目はどんなふうに見えてたんですか?」
「ええ? 爽やかそうな、スポーツやってそうな、イケメ……」
って言い掛けたらにやにやされたから俺はまた、むむっと唇を噤んだ。
(こいつ。自分の容姿の良さを分かってて、親切にされるのを当然って思ってるような顔だ)
なんかムカつくって思ったけど、この寒い中、頬っぺたちょっと腫らしてお腹空かせてるやつを放って置くのはどうなんだろ。
(こいつ一応年下だし、パンは余ってる。それにさっき「教室に戻れない」っていってたな)
その言葉に、僕はなんか妙なシンパシーを感じてしまった。校内で二人、教室に戻れないやつが行きついた先がこの体育館裏だ。
(まあなんかちょっと、この状況エモくなってきたかもな)
何でも面白がったもん勝ちだ。それに一人じゃつまらなかったからちょうどいい。
「いいよ、律月がそれ食べて。これバイト先で昨日貰ったやつ。ちょっと、いや大分ハードタイプのパンだけど、味は絶品だから」
「ええ! あざーす。言ってみるもんだな」
途端にさっきまでの皮肉げな笑顔じゃなくて年相応の、にかっていう笑顔になった。
(そんな顔できるんじゃん。可愛いな)
「優しいじゃん、ボッチ先輩」
(前言撤回。可愛いとか、なしなし。生意気!)
「だからぼっちいうな、ゆらゆらヤナギ! 飲み物買ってきてやるよ。何がいい? 俺的に
はコーヒーかミルクティと合うぞ」
「ええ、すげぇ、優しいなあ、アユちゃん先輩」
名前呼びなのは気になったけど、世話をやいたからか、一応変なあだ名から格上げになった。
「流石に悪いんで、俺のスマホ持ってって。これで買ってきて下さい。コーヒーでも紅茶でもなんでもいいです」
「え。いいのかよ? 見ず知らずの男にスマホ預けて」
じいっと律月を見返したら、あっちもこちらをじいっと覗き込んできた。
「大げさ。同じ学校に通ってんだし、俺ら今、知り合ったじゃないですか」
「そうだけど」
ぐいって手首を引っ張られて、ぎょっとしたらいい顔が近づいて来た。なになになに、何されんのって思ったら耳元で囁かれる。
「それに先輩なんて俺が本気出したらどうとでもできるし」
手首をこいつの掌から引っこ抜こうと思ったのに、確かにびくともしない。
「くそお! なんなん、お前! ほんと性格悪っ!」
「先輩可愛くて、なんかつい、からかいたくなった。ごめんね」
「はあ? そこで待ってろよ」
「かーわい。アユちゃん先輩」
押し付けられたスマホをひったくって、僕は校舎の方に駆け出した。
体育館から渡り廊下を戻ってすぐに自販機があるから買ってくるのはすぐにできる。
がちゃんって落ちてきたホットのコーヒーを小脇に抱えた。ストローを持っていた方の手がシャボン玉液でペタペタになっちゃってたから、そのまま一番近くのトイレに行って手を洗う。ぷくっと泡が掌についた。丹念に洗って、ハンドタオルを出してからふと思った。
(あいつ頬っぺた腫れてたな……)
あんな風に強がってても、ぶたれたら嫌だろうな。告白の返事をしたんだろう。それで振ったら、ぶたれてた。学校内で修羅場すぎだろ……。
(振ったってことは、相手の子のこと好きじゃなかったってことだよな)
ずきんって胸が傷んだのは誰かに感情移入したとかじゃなくて今恋愛感情そのものが僕にとっての鬼門になってるからだろう。
(噂ってすぐ広まるからなんかあれだよな。教室に帰りにくいのわかるかも)
僕は拭いたばかりのハンドタオルを水で丹念にゆすいだ。何度もすすいだ後にびちゃびちゃじゃない程度に水を絞って、それをもって律月の元に戻った。飲み物を差しだしたら「ありがとうございます」ってうけとって殊勝な返事をした。
そのあとはお茶を飲むでもなく、さっきより大人しくなってる。憂いのある表情になって、膝を抱えてしょぼっとしてる。
急に学校の中っていう日常空間でさ、感情の波立つことが起こると、変なテンションになるしエモーショナルな気分になってその時は興奮するかもだけど、落ち着いたら落ち着いたで色々考え出しちゃうとなんか落ち込んだりするのかもな。
律月は横から見たらより立体感とシャープな顎のラインが際立つ綺麗な顔立ちをしてた。俺は隣に座ってうっすら赤くなっている頬にハンドタオルを押し当てた。
「冷たっ!」
反射的に大きな手が僕の手を握りこんできた。
「冷やした方がいいだろ、それ」
「アユちゃん先輩、ほんと、優しいんだね」
半分僕に対してというより、独り言みたいな呟きだった。声色に滲む、寂しさに秋風が吹いて余計に侘しい。
「あ……。冷たくて、頭冷える」
(こいつなんか、訳ありなんかな?)
そう思わせる、放っておけない感じがある。まあ、こいつからしたら一人でシャボン玉吹いてる呑気な先輩の俺だって、それなりに「訳アリだ」。
「パン、食べる? どっちも甘い奴だけどどっちも食べていいよ。美味しいよ。食べたら多分、元気出る」
こくって頷かれたけど、握られた手がそのまま、放してくれない。縋られてる気分。されるがまま、こいつを放っておけなくて、さらに頬にハンドタオルを押し当てた。
「ねえ、このまま、次の授業さぼっちゃおうか?」
そんな言葉が自然と口についてしまった。
「サボって、なにすんの? シャボン玉?」
さっきみたいな揶揄い口調に戻ってきたから、俺はうっすら赤い肌のきれいなほっぺをグイっと押した。
「痛いって」
身じろぎしたら、ざりって靴の下で砂が音を立てた。ハンドタオルだけ残して手を抜いた。
「軽口叩けるなら大丈夫そうじゃん。早くパン食べなよ。時間無くなる」
「あのさ」
呼びかけられたから横を向いたら、じっとこっちを見つめてくる目と目があった。座ってても目線は僅かに高い。真剣な表情、最初の理知的な印象が戻ってきてるのに、視線は少し熱っぽさを帯びてる。大人びて見えるけど、内側の熱がにじみ出てくるようなドキッとするような表情だ。
「アユちゃ先輩、俺と一緒にさぼってくれる?」
(僕に傍に居てほしそうな顔してる)
僕は頷いて、隣に座って空を見あげた。静かな青空を黒っぽい鳥が飛んでいく。律月も顔をあげた。
「いいよ。傍にいてあげる」
「ここ、静かでいいですね」
「うん」
「教室は、うるさすぎる」
「うん」
なんか変な感じ。さっきまで知らない者同士がこんな直ぐ隣に座って一緒に空を眺めてる。教室から追い出された僕だ。そんな僕に傍にいて欲しそうな人がいる。
それだけで、次の授業をサボる理由にしては上等だと思った。
その日から僕と律月は昼休み、ここで落ち合うことになった。
※※※
「今日は冷えるのでカップ麺も食べようと思います! 律月、味噌と醤油どっちがいい?」
カップ麺をリュックから取り出したら律月が流石に慌てた感じになったからしてやったりって気分だ。
「味噌がいい。お湯どうすんの? 先輩おにぎり梅とおかかどっちがいい?」って両手にアルミホイルに包まれたおにぎりを持って、長い腕を僕に向かって手をさし伸ばしてきた。
「梅干しの方がいい。これ持ってきた!」
リュックを漁って電気ケトルを手に鼻高々の僕に、律月は端正な顔を豪快にクシャって歪めて大笑いした。まあ、律月ってビジュ良すぎてあんまり崩れてないけどさ。
「電気ケトル!! アユちゃん先輩、まじか。家からこれ持ってきたの?」
「そーだよ。最近寒さやばいじゃん? びっくりさせようと思って。暖かい汁もの食べたいって思ったから。あー汁は飲み干せよ? 流しに流した先輩がいて学校で食べるの禁止になったらしいからさ」
「禁止なんだ?」
律月、爽やかな容姿でにやって悪い顔も中々いい感じだぞ。
「飲み干して、二重にビニール袋に入れて捨てれば大丈夫だろ」
「昨日のホットサンドメーカーといい、これといい。先輩、発想がほんと、天才すぎる」
「やっぱ人生楽しまないとさあ!」
あの日から一週間。日に日に寒さは増してきたけど、僕と律月はここで昼を食べ続けてる。初めてここであった翌日、律月はパンをあげたお返しに、僕にミルクティとおにぎりを持ってきてくれた。
次の日は律月の母さんが、兄と弟がいる律月たち三兄弟の為に大量に揚げたっていう唐揚げを持ってきた。その日は僕の弁当は姉さんが作った焼きそばがぎゅうぎゅうに詰まってて、悪くはなかったんだけど米も食べたくて仕方なくなった。
それで律月と連絡先を交換して、昼に何を食べるか前の晩に相談する感じになった。まあカップ麺とかホットサンドとかは、なんか驚かせたくて内緒でやったんだけどさ。
「りつきぃ、人来ないよな?」
「大丈夫」
「初日、たまたま先生が来てさ、『体育館の中では飲食禁止だからな』って言われんだよ。中はいってないのに」
「それはウザい」
「ウザいよね~」
「でもま、勝手にコンセント使ってんのばれたらやばいから見張り続けて」
ペットボトルに水を入れてきたから、それを注いで、体育館にこっそり入り込んで探し出したコンセントで湯が沸いた。
「これで、珈琲とか紅茶入れんのも楽しいかも。豆から入れる奴。昼からかなりチルだな。あっちの林が山に見えなくもない」
「アユちゃん先輩、意外とマメで丁寧な暮らしとか大人になったら好きそう」
「そうかあ? 律月のがまめじゃん」
律月は意外とマメだってわかった。お湯をもって戻ったいつもの場所にはレジャーシートにアウトドア用のアルミの小さなテーブル。さらにミルクティーカラーのブランケットが二枚も置かれていた。全部律月が学校に持ち込んだものだ。父親がキャンプが好きで、そのグッズが家にあったんだって。
「どんどん増えてくな。これ全部ロッカーに置いてるのか? 教科書はいらなくない?」
「綺麗に畳めば入るから。先輩はなんでもぐちゃぐちゃって片づけるから入らなくなるんだろ」
「悪かったな。ガサツで」
テーブルの上に蓋を開けたカップ麺を載せて、お湯を注ぐと湯気がふわりと上がった。
「お湯、ぎり、足りた?」
「足りた。タイマーセットした。4分待ってろ。くしゅんっ、くしゅっ」
って言った後なんかくしゃみが出てしまった。
「何その仔犬みたいなくしゃみ! アユちゃん先輩、ほらここ座って。あったかくしないと」
一枚敷いたブランケットの上に、僕の手を引いて座らせた。ふかふかと暖かい。コンクリートの上に直に座ってた頃からしたらものすごい進化だ。
「お前がモテんの、なんか分かる」
律月は目元を細めると、まあ美形なんだけどちょっと何考えてるのか分からない感じになるの、独特な感じだ。
「毒舌アユちゃん先輩から褒められるとは」
「その長ったらしいあだ名やめてくれない?」
「じゃあ、アユちゃん!」
「調子にのるなよ。一年。アユ先輩でいいだろ。それに僕、別に毒舌じゃないし。気を許した相手にはそりゃ、ちょっと口が軽くなるけど」
「へー。俺に気を許してるんだ?」
「……まあな。今学校でいちばん喋ってるかもしれないし。お前と喋んの楽しいし」
「かーわい。先輩こそタラシだ。俺今きゅんってなった」
わざとらしく胸の辺りを抑える仕草に、僕は口の形で『げー』ってやった。
「お前、そういう軽口叩くからさあ。女子に色々……」
「色々?」
「何でもない。クシュっ」
「風邪? 大丈夫?」
「別にまだ喉とか痛くないし、大丈夫だから」
「昨日何度か咳してたし、先輩が風邪ひいたら、今度は俺がボッチになるだろ」
「えっ。律月、でかいのにボッチ嫌なんだ?」
「大きさ関係なくない?」
「僕が居ないと寂しい?」
からかったつもりだったんだけど、黒目が大きい切れ長の目に捉えられてクスッと微笑まれた。
「寂しいよ」
「うぐっ」
というか照れてしまう。多分絶対、こいつとさしでご飯食べたい人なんて沢山いるんだろうなって思う。モテオーラ全開のビジュアルなのに、たまに年下だなって雰囲気醸し出されると面倒見てやりたくなっちゃうだろ。
「そう、律月に真っすぐ言われると、なんか調子狂うなあ」
「だから風邪ひいちゃダメだよ。アユ先輩に休まれたら困る」
さらにひざ掛けサイズのブランケットで頭から被せられた。
「ほら。暖かくしないと」
乱れた前髪を直そうとしたら、立膝をついた姿勢のまま、僕を見下ろして前髪を指先で直してくる。細やかな仕草にされるがまま。こいつの距離感のバグりは今に始まったことじゃない。
もっとかがめばキスでもできそうな距離で世話をやかれると、男同士だって流石にドキドキする。そんなのこいつに悟られたら、それをいじられそうで絶対言いたくないけど。
目をそらして下を向いたら、知ってか知らずか、律月が大きな掌でむぎゅっと俺の頬を顎ごと挟んできた。
「なにすんだよ」
「顔ちっちゃい。片手でここまで掴める。まつげ長いっすね、アユ先輩。上目遣い、この距離だとドキッとする」
「な、なにいってんだよ!」
(こういうとこ、きっとこいつの事好きな女子が付き合えるに違いないって思っちゃうんだろうなあ)
「なーあ、律月って好きなやついるの? そうなら誰に対してもこんなふうに距離近いの、止めた方がいいぞ。男の俺はともかく、女子にやったら絶対やばいから。思わせぶりの、勘違い大量生産される」
「それ、聞きますか? クズ一年に」
「うわー。そのあだ名覚えてたんだ。地獄耳すぎ」
「初対面でシャボン玉吹いてたふわふわ系でポメみたいに可愛いくせに、口開いたら毒舌だな、この人って思ったから」
「うるさいなあ。それで、お前。好きなやついるのかよ」
「うーん。今は気になる人がいるかな」
僕から目をそらして、なんか少しとぼけた言い方だから、これはホントなのか嘘なのか分からん。はぐらかしやがって、つまらんな。
「好きなやつ、いるんだ?」
「好き、そうだな。好きかも」
「どんな子?」
「……なんかすげえ、面白い子」
「ふーん。クラスメイト? その子がいたからこの間の子ふったの? 告白とかしないの?」
じいっと見つめてたら「ま、そのうちな」ってふいっと目線を外された。
「えー。教えてよ」
今度はカップ麺のタイマー音に出鼻をくじかれた。
「食べましょう。いい匂いすぎて腹が限界」
「たしかに」
律月は割り箸を割って僕に渡してくれる。続けて蓋を取ったカップ麺。至れり尽くせり。
律月の方の食べる準備ができたところで「「いただきます」」って、二人ではもった。
もはや二週間で、僕らの息はピッタリなんだ。
「アユ先輩って、土日何してます?」
律月は飲み物みたいにラーメンを食べ終わって、早くもデカデカおにぎりに到達してる。こりゃ育ち盛りだって感じの食べっぷりだ。
「あー。今週は土曜パン屋のバイトに入ってる。平日はコンビニでもバイトしてるよ」
「じゃあ、日曜は空いてます?」
「空いてる」
「……今度、二人で出かけません?」
「いいよ」
「やった」
(そこは気になる子、誘った方がいいんじゃないか?)
ツッコミ入れようとしたけど、おにぎりを平らげた律月が結構いい顔で嬉しそうにしてたからやめておいた。
今日は曇り空。冬が近づいてる。ラーメンは美味い。こんなとこで食べると余計に美味い。
姉さんに見つかったら怒られそうだけど、きっちり汁まで飲み干してカップを重ねてレジ袋にきっちり二重にして律月が捨ててる。
「なあ、律月。来週さ、昼休み教室戻る?」
「えっ……」
「えって。来週天気悪くなるらしいし、ここだと雨が吹き込むから。それにお前だって寒いだろ?」
律月が急に立ち上がったかと思ったら、僕の後ろに回ってどかっと座る。律月が胡座を書いた姿勢になって、ブランケットを被った僕をぐっと自分の膝の上に引き寄せてきた。
(バ、バ、バックハグ、だと?)
動揺を悟られたくないのに長い腕の中に捕らえられたら、自然とその腕に手を添えてしまった。温もりは伝わる、けども! なんで急にバッグハグ?!
じっとしてたら伝わってくる熱で、律月の腕ん中は広くて暖かい。大きな手がぐっと僕に絡みついて来た。
「……まだ、少しだけ、続けません? ほら、こうしてたら暖かいし」
頬や首筋に、温かい律月の吐息がかかるのがこそばゆい。
「……こ、これ。律月は暖かいのか?」
そしたらさらにぎゅうって強く抱きしめられた。
「ひゃあ!」
動揺がバレないようにしたいのに、声が上擦ってアホみたいだ。律月が耳元でクスクス笑ってる。律月は余裕そう。流石モテイケメン。
「先輩、うちのワンコみたいに暖かいよ。あったかくて、すごく可愛いんだ。あいつも」
「……律月、まだ教室戻りたくないのか?」
「先輩こそ。なんでここでボッチしてるんですか?」
それはお互い、言いづらくて聞きづらくてそのままになってたやつ。なんでここで昼飯食べる羽目になってるのかって。
「この姿勢だったら。顔見なかったら言える?」
「お前こそ、この姿勢ならいえるのか? 先に言えよ」
「……そうですね。でも、聞いて気まずくなって逃げるの無しですよ?」
「こんな、がっしり抱きしめられてたら逃げられないって」
「……そうだね。逃がさない」
「こっわ」
「こんな面白い人、他に居ないから。俺が独り占めしてんの」
ぎゅぎゅうって抱きしめられてそのまま黙ってしまったから、僕は律月の腕を強く掴んだ。
「……誤魔化さないで。で、なんで?」
少しだけ間があいて、律月が囁くような静かな声で話し始めた。
「……俺にこないだ告白してきたクラスの子、俺の仲良い友達が好きな子」
(そっか……。そういうことか)
「あー。それは気まずいね」
「気まずいっしょ? 友達がその子のこと好きだって言うから、昼を教室で食べるグループも女子グループと一緒になって食べてて、友達の好きな子だから、俺なりに親切にしてた。距離が近いなとは思ったんだけど……。友達じゃなくて俺に告白してきた。だから最低な男って思われるような振り方して……。傷つけた。女子の噂回るの早いからさ。友達も俺の事最低な奴だって思って、今ちょっと気まずい 」
僕とはちょっと違うけど、律月も友達絡みの事で教室にいにくくなってたんだ。あの時感じた共感は間違いじゃなかった。
「そうなんだ……」
「教室にいると、今の俺は邪魔な奴だからさ」
切ないため息の後、僕の肩の辺りにグリグリって頭を押し付けられた。
甘えたな仕草に 胸がきゅうってしめつけられたから、僕はブランケットから腕を伸ばして黒髪が艶やかな頭を優しくなでてやった。
「律月、何も知らんでタラシとか言ってごめんな?」
「別にいいよ。これからは親切にするのは本当に好きな人にだけにしようって肝に銘じだから」
「そっか。わかったよ」
「ほんとにわかってる?」
なんて言いながら、頭から離そうとした俺の手を外側から指を添わせるみたいに掴んできた。
指の間に、長くて僕よりゴツゴツした指が差し入れられてぎゅうって掴む。
まるで手でもハグされてるみたいだ。
「だから、アユ先輩はこれからも俺とお昼を食べてくれないとダメだよ。いい? 俺はいくらでも親切にしてもいい相手ができて嬉しいんだから」
「まあ、そうか。そうだかな……」
(僕みたいなボッチ男子、放っておけないんだろうな。僕なら勘違いなんてされないし……)
う? なんか意識してなかったけどちょっと胸の当たりがチクってした感じに戸惑ってしまった。
「それで、先輩は?」
「僕は……」
口に出そうとして、そしたら遠くで予鈴がなった。
「律月、これ早く片付けないと」
「あー。明日土曜なのに、こんなん中途半端なのやだよ」
「やだよって、そんなガキみたいな」
ようやく僕を離して手際よく片付けを始めた律月を見る。
「ゴミ貸して。俺が持ってく」
「いいよ。リュックに入れるから」
「やめとけって。匂いつくし。寒い? ブランケットとったら可哀想だな。アユ先輩、ほっそいから、すぐ冷えそう。てか横顔とか白くてほっそりしてて、綺麗で……。たまに消えてなくなりそう。儚なすぎ」
「大丈夫だよ」
ぎゅむって正面から抱きしめてこられて、何となくのしかかってくるぬくぬく温かな大型犬を想像してしまった。
「今週の日曜日に会えない? 会えないの寂しいな」
教室に帰る時間のが寂しいなって思う程度には僕も寂しい。結構こいつのことが好き……。
(好き? 好きってなんだ?)
「今週は……、無理」
ああ、この男。律月。沼りそうなタイプ。一人をふったところで次から次に惚れられそうだ。
だってこんなに、格好よくてすごく優しい。
俺は律月の腕から逃げ出して、リュックに自分が持ってきたものを詰めながら下を向く。
「今日、放課後、少し話せない? 来週に持ちこしとか嫌なんだ」
「ここ、以外で、律月と会うの?」
ゾクってした。律月って、ここ以外ではきっとクラスの中心人物って感じだと思う。黙ってたら爽やかで理知的な見た目をしてて、人目を惹く。
片や僕っていえば……。
『あいつ、邪魔なんだよね』
投げつけられた訳じゃない、たまたま聞いてしまった言葉だけど、僕は蘇った言葉に身震いした。
「律月と、僕とじゃ、なんか釣り合わないだろ。学年違うし、見た目も雰囲気も真逆だし」
「なんだよ、それになんの意味があるの?」
「それは、人から見て……、釣り合わないと、いろいろ言われて……」
「他の誰かがどう言おうかなんて関係ないでしょ? 俺らがいいなら」
「関係なくないから、僕もお前も、ここに逃げてきてるんだろ?」
その時、律月の顔から笑顔が完全に滑り落ちて、足元でがちゃんって割れたような感じになった。
(言っちゃいけないこと言った……)
「僕……。ごめん。来週から、教室戻ろう」
「待って!」
それだけ言うと、律月の制止する声も無視して、僕は教室まで走って帰っていった。
※※※
放課後、ちょっと、いや大分、律月に言い過ぎたなあって思って、スマホで律月の名前をタップしてはまたトップ画に戻して「はあって」ため息をつく。昼休みが終わってからずっとこんな感じ。また律月との個チャを出す。やり取りは昨日の夜で終わったままだ。
(謝る? なんかノンデリなこと言ってごめんっていう? 本当はさ、僕もお前と来週もこれからもずっと、一緒にお昼食べたいって思ってるって……。言っていいのかな……)
教室から逃げて、体育館裏から逃げたら、僕はずっと逃げっぱなしのまんまだ。もう昼休みに学校の中に僕の居場所なんてなくなる。それに大事な人と一緒にいられない学校生活なんて意味あるのかなって、むなしい気分のなま力なくリュックを背負った。
(あんなこと言ったからもう、律月月曜日に体育館裏、こないかもな……)
やっぱ謝ろう。来週から、外よりはまだ温かい空き教室探して、一緒にご飯食べよう。
そう言いたくて、スマホをもう一度取り出したら、後ろから声をかけられた。
「歩睦、ちょっといいか?」
「敦也……」
スマホに気を取られて気づけなかったけど、何だか思いつめたような顔をした敦也がいつの間にか隣に立ってた。だけど敦也越しの向こうに苦手な女子グループがいて、敦也の事が好きな女の子が怖い顔でこっちを睨みつけてきた。
(律月に来週お昼一緒に食べるの断られたらさ、流石にもうぼっちで昼食べるのヤダ。そしたら来週から教室戻ることになるかもだし……。今、女子を刺激したくない……)
「急いでるから」
「歩睦」
早く律月に連絡が取りたい。昼にいったこと謝りたい。
敦也の横をすり抜けて、足早に教室を出たのに、何故だか後ろから追いかけてこられた。昇降口までやってきて、靴箱からスニーカーを出して踵を踏みつけたまま外に飛び出す。玄関のガラス戸を越え、短い階段を駆け下りながら校門へ向かっていくのに、まだまだ敦也が付いてくる。
「歩睦、待ってくれ」
もう一度呼びかけられて、追い越され気味に手首を掴まれた。仕方なく僕は立ち止まる。
(こんな強引なことする奴じゃないのに……)
ただならぬ様子の敦也は荷物も持っていない。ちょっと怖いくらいに真剣な顔でこっちを見てくるから、僕は何かこいつを怒らせるようなことをしたかと心の中で首をひねった。
「敦也部活行くんでしょ? なんで追いかけて来たの?」
「話があるんだ」
「話?」
「お前、最近俺の事避けてるだろ」
(避けてる……ってことになるのか?)
僕的には色々気を使ったつもりだったんだけどな。敦也だって『可愛い恋人が欲しい』って前に言ってたし、だったら敦也の為にも僕とべったりじゃない方がいいんじゃないかってそう思ったから、これはいいことなんだって思い込むようにしてた。だけどそれが敦也の事を傷つけているなんて考えたこともなかった。
「避けてる、わけじゃないけど……」
「じゃあなんで教室で一緒に昼を食べない?」
「それは……。前に話しただろ? 去年のクラスメイトと一緒にお昼食べてるって……」
去年のクラスメイトの女子達とお昼を食べてるって、一応敦也にはそういう言い訳をしていたんだ。苦肉の策の口から出た言い訳だったんだけど……。
「昼休み。別のクラスの友達と食べるって言ってたけど、俺、お前の事探して全クラス見に行ったけどお前はどこにもいなかった」
「っ!」
「去年お前が仲が良かった女子にも聞いた回ったけど、来てないって……。お前昼休み、どこに行ってるんだ?」
まさか敦也がそんな行動に出ているとは思わなかった。胸がドクンってなるほどびっくりして、手首を握られている方の腕を引こうとしたら、させまいって感じに逆に敦也が僕のリュックを背負った背中まで左手を回した。僕はそのまま、がっつり敦也に掴まえられてしまった。
体格に差があるからこんな風にされたらもう逃げ出せなくて、僕は悩ましく眉根を寄せた敦也の顔を、情けない顔で見上げることしかできなくなってしまった。
「そんなに俺と一緒にいるのが嫌か? 俺、お前が気に障るようなこと何かした?」
「違う、違うけど……」
「じゃあなんで?」
「……」
「ちゃんと話してくれ。お前何か隠してるのか?」
(今敦也に本当の事を言う? 敦也と二人なら教室で孤立しても、平気? 敦也を巻き込むことになるけど……。いや、それは良くないか。女子との約束は守らないと……。クラスでまた何を言われるか分からなくて怖い。情けないけど、怖いって一度思ってしまったから中々苦手感を拭えない。いっそあの女子が告白して敦也にあっさりフラれてくれたら、教室に戻って敦也とまたお昼を食べられるのかもしれないけど……)
そうずるいことを思ったのに、頭の中に最初に会った日の、律月のちょっぴり寂しそうな笑顔が浮かんできた。
「歩睦。昼休み、お前がどこでどうしているのか、心配でたまらないんだ。教室じゃなければ、外なのか? 寒くなってきたのに……、歩睦は痩せてて風邪ひきやすくて、寒いところにいたらすぐ唇青くなるだろ。毎シーズン、インフルエンザにかかって苦しんでたし」
流石、付き合いが長い。敦也が今も外の風で冷たくなった僕の頬を掌でなぞる。
「教室戻って、俺と昼飯を食べよう。な?」
親友からそこまで言われた。でも僕の気持ちはもう決まってた。
(律月に連絡して、僕が作った新しい居場所を気に入ってくれた、あいつを大事にしなきゃ。大事な人と一緒にいられる、お昼休みを守るんだ)
「敦也……、僕ね。僕今まで……」
お昼、楽しく食べてたよ。温めてくれる人と一緒だったんだ。
そう言おうと思った瞬間、後ろから僕の胸に長い腕がするりとかかった。
「この人もう、俺と毎日昼飯食べるって約束してるんで、無理です」
今度は後ろから、広い腕の中に囲われた。後ろからだってわかる、強引な仕草と容姿に似合った爽やかな香りに、僕は慌てて首を反らして後ろを見上げた。
「律月! 何やってんの?!」
「校門のとこで、あんたが出てくんの待ってたんだよ。さっき話しが途中だっただろ? あんな中途半端に喧嘩別れみたいになってさ。また来週なんて無理だろ。俺、お前と離れたくない」
「律月……」
必死な声やしがみ付いてくるみたいな仕草が、全部律月の気持ちを僕に届けていた。
「……歩睦。こいつは?」
聞いたこともないような敦也のすごく低い訝し気な声に、僕はでかい二人の真ん中に挟まれたまま震えあがった。
「ちょっと、二人とも! みんな見てる! め、目立ってるから離してって!」
敦也は手首を放してくれないまま、膝を折れば当たるぐらいの位置にいるし、後ろからは律月が長い腕をゆったりと僕の胸と腰に回してバックハグされている。
「離せって」
「「嫌だ」」
もう1回喚いたけど、どっちも放してくれないどころか、四本の腕がさらに強く僕に絡みついた。
ああ、僕はきっと、ぱっと見は校内随一のイケメン二人から力づくで奪い合われているようなとんでもない状態になってる。
「歩陸、もう限界だ。戻ってきてくれ。お前がいないと毎日つまらない。癒しがない!」
「敦也、なにいって……」
「お願いだ」
一番の親友のお願い顔は流石に無下にできない。無下にはできないんだけど、後ろの後輩の事も、放っておけないんだ。
「敦也……」
身体が前に出かけたところを尚も強引な律月の腕に阻まれ、ぐっと後ろに引き戻された。
「アユ先輩のこと、これだけ放って置いてさ。もうあんたの出る幕じゃないし。こんな面白くて可愛い人、簡単に手放しちゃダメだろ」
「ええ? 律月、なにいってんの?」
「この人、もう俺のだし」
後ろで後輩の律月がイケボでせせら笑い、僕をほとんど足が浮くぐらいの強さで抱き抱えた。
「俺は、歩陸を手放したつもりなんてない」
「はあ? あんな寂しい思いさせて何言ってんの? この人もう、俺の傍にいさせるんで、あんたはすっこんでろよ」
「お前に命令される筋合いはない。なあ、歩陸。お前の気持ちはどうなんだ?」
「え……。僕は……」
「どっちと昼休み、一緒にいるか、応えて」
「どっちとって……」
「アユ先輩が、どうして教室にいられなくなったか。俺は理由を知らないし、言いたくないなら聞かない。だけどそれと先輩が俺と一緒にいられない理由の根っこが全部似た理由なんだとしたら、安心してよ。俺は先輩の傍を離れない。あんたの事、ちゃんと護るから。寒い場所で一人ぼっちにするなんて、そんな寂しい思いを絶対させない」
「律月……」
(僕の漠然とした不安みたいなやつ、律月にはなんでかなんか伝わってたんだ……)
多分、察しがいい律月は、色々感づいていたんだろうなって思う。だけどただ何も聞かずに僕を温めて、元気づけてくれることだけを頑張ってくれたんだ。
(ありがとう。律月。律月がいてくれると、勇気が出る。邪魔者扱いされた僕を大事にしてくれる人がいるってだけでも、どんなに心強かったか分かんないよ)
口に出すにはギャラリーが多すぎる。二人きりの時にちゃんと言いたい。
今はただ、前に回った律月の手に感謝を込めて手を重ねたら、するっと手を抜かれて逆に上から包まれた。
「寒くなったら空き教室に入ればいい。だからこれからもさ、昼休み、二人っきりで一緒にいようよ。いいでしょ? アユ先輩」
「僕もそう思ってたよ。……ありがと。律月」
だんだん校舎から出てきた人が増えてきて、あっちにクラスの女子までも敦也を追いかけてきたみたいだ。もちろんまた、般若みたいな顔つきでこっちを見てる。
察しがいい律月がそれに気が付いたみたいだ。僕の視界を塞いで守るみたいに、頭を腕の中に抱えこまれた。
「アユ先輩、クラスでなんかあったんだろ? あんた絡みじゃねぇの?」
「歩睦……、そうなのか?」
「え……、あ……」
こんな時うまく誤魔化せない、ぱっといい答えが浮かばなくて僕のバカ野郎って思ってたら、ざわつく嫌な雰囲気を打ち破るように、明るくて力強い声が響いた。
「あー! アユ君だあ。なにしてるの?」
別の女子グループを引きつれて、遠巻きにしていた人たちを割るように前に躍り出てきたのは、去年はクラスメイトだった友達の麗良だ。同中出身だから、敦也と同じぐらい僕との付き合いが長い。ダンス部所属で学年一のSNSのフォロワー数を誇る超絶美少女だ。
そんな彼女が肩で風を切るようにしてダンス部の友達を引き連れ、こっちに向かって来たから、クラスの女子が怯んだみたいに一歩後ろに下がった。
「なにって、この状態見て……」
分かるわけないだろお!!! って自分に突っ込みを入れたんだけど、あっさりと彼女が大笑いした。
「あはは、アユ君! 圧倒的姫! ヤバイ顔面男子二人に取り合われてるう! 流石サッカー部の姫ポジ!」
「おい、そのあだ名広めないで!」
「姫、姫だって」ってさざ波みたいに周りにざわざわ声が広がっていく。止めてくれ、高校ではサッカー部には入らなかったし、そろそろ少しは男子扱いしてもらいたいんだから。
「姫かあ。確かに。アユ先輩は俺にとっては不遇なお姫様って感じ。俺が来たからもう安心してね。お姫様」
「り、律月、何言ってんの? 頭沸いたの?」
「あー、きた。その毒舌痺れるなあ」
「歩睦、なんだこの生意気な一年は。こんな奴と昼メシ一緒に食べているのか? 俺の事を教室に置き去りにして」
「嫉妬ですか? 醜いですねえ? 先輩」
「なんだと?!」
「煽るな、律月。敦也もこいつの言うこと間に受けるな!」
「あはは。なんなの、あんたたち、面白すぎ」
じたばたと暴れたら、麗良がすぐ傍までやってきた。僕は学校上位カーストの三人に囲われて顔面の圧でくらくらしてしまいそうだ。
麗良が綺麗に巻いた長い髪をかき上げて、にっこり微笑む。
「なあに? 三角関係? うけるんだけど」
「うけない!」
「だって敦也ってばすごい顔で歩睦のこと、私のとこまで探しに来たんだよ? 敦也は昔から歩睦の事しか興味ないんだし。この忠犬君、教室においてったら可哀そうでしょ?」
なんてズバズバ言いながら僕の額を綺麗に手入れされた爪でくいっと小突いた。
「痛いよ、麗良」
「こっちの一年はあれだあ。うちのダンス部の後輩ふったやつだあ」
「世間狭すぎてこわっ」
まさかあの律月を張り倒した女子が麗良の知り合いだったとは……。
「そっか、そういうことかあ。なんかわかっちゃった」
「何がそういうことなんだよ?」
「あんた他に好きな子がいたんだったら、そういう風に言いなさいよ。ああいう言い方で振るのは良くないよ」
(女子こわっ。何もかも知られてる……)
そういって結構すごい圧で麗良に上目遣いに睨みつけられたのに、律月は柳を手で押したみたいにのらりくらりとした声で、「そう思ってもらっていいけど。俺、好きな子いるから」ってあっさり答えてた。
(律月の、好きな子……)
つき、ちっさい針みたいなやつが胸の真ん中に刺さったみたい。
「律月さあ。好きな子いるならその子とお昼食べなよ。お前が告ればきっと大丈夫だって」
もうなんか抵抗するのも疲れて、律月の胸に全体重を任せたのに、びくともしない。ほんと、生意気な奴だ。こうして律月とわちゃわちゃしてられるのも、今日が最後かと思ったら、なんだか寂しくて涙が出そう。
(ああ、やっぱり、僕律月の事すごく気に入ってたんだな)
「律月。お前はいい奴だから、きっとその子もお前の中身もひっくるめて、好きになってくれると思うよ。あんまり好きな子苛めたりとか、変なことしちゃ駄目だぞ。大事にするんだぞ」
「はい。先輩の言う通り、そうします」
なんだか弾んだいい返事。いいよ。律月。いい昼休みを過ごして。ボンボヤージュじゃなくて、こういう時何ていえばいいんだろ。良いランチタイムを!とか、言えばいいのかな。そんな単語なさそうだけど。
「そっか、うん。それがいいよ」
なんだか胸がまたチリチリって痛んだんだ。だけど、律月が寂しい顔しなくてすむならそれでいいのかなって思ったりした。
「そんな寂しそうな顔したらさ、ぐってくる。ほんと、この人可愛いよな。これ、誰がどう見ても脈ありって思うだろ? 違います?」
律月が言った言葉は誰に向けてなのか一瞬分からなくて、顔を上げたら敦也が哀しそうな顔で僕の顔を見つめてた。
「これからも俺と昼飯一緒に食べてくださいね。アユ先輩。大好きです」
そう言われて頬に柔らかなものがかすっていった後、周囲でどでかい悲鳴がクラッカーを一斉に鳴らしたみたいに沸き起こった。
一瞬何が起こったか本当に分からなくて、だけどすっと屈んでいた律月の顔が離れていったのを見て、ああ、頬っぺたに律月がキスをしたんだって、分かったらもう顔が熱くて熱くて堪らなくなった。
「お、お前! ひ、人前でチューとか何してくれてんの?!」
「だって、先輩が俺の告白OKしてくれたってことでしょ? さっき『お前が告ればきっと大丈夫』っていったから」
「ええ? 昼は好きな人と……ってええ? そういうこと?」
頭の中が大混乱、敦也の手が手首をすっと離れた。
「これからも二人でお昼食べようね」
「あ、うん……。よろしくお願い、します」
あまりにも恥かしくてちっさい声で答えたけど、これってもしかして、告白だったってこと? だ、大好きって言ってたような? なんか頭がふわふわして、わけわかんなくなっちゃった。
周りはすごく騒いでいるし、今更「今告りましたか?」なんて聞けなくて。僕いつの間にか、生意気でマメで、溺愛してくる、彼氏が出来ちゃったみたいだ。
そんなこんなで僕のぼっち昼メシ生活はおしまい。
だけどさ。体育館裏はあの後押しかけてきた麗良のグループで賑やかになってしまって、律月と僕だけの秘密の場所じゃなくなった。何と敦也もやってきて、一緒に食べたい人みんなでお昼を食べる。
クラスの女子も何人か、人気者の麗良と仲良くなりたくてこっちに来てるけど、敦也の事が好きだった子たちは興味がなくなったんだか、敦也と僕に絡んでこなくなった、らしい。
まあ、麗良の圧が怖いだけなのかもだけど。
僕はレジャーシートの上、両側に律月と敦也に挟まれて、なんか二人とも僕に寄ってくるから狭いんだけどさ。まあ寒い冬にはぬくぬくできるから、まあいっかな。後輩兼好きピと親友のお陰で、毎日昼休みがハッピーだ。
「歩睦、次の日曜は俺と出かけるんだよな?」
「うん」
敦也と買い物に行くのは別に昔からやってたことだし。僕は素直に頷いた。
「え? アユ先輩、なんでこいつと出かけんの? こいつと出かけるくらいなら、俺とラブラブデートしようよ」
「えー。でも。律月、今週の日曜日、用事あるって言ってただろ? 僕ちょっと買いたいものあるし」
「だけど、ダメだろ。こいつと二人とか……」
僕がなんで?って小首を傾げたら、「だってこいつ……」って言いかけてから、ふふんって感じに笑った敦也を見て律月がぐっと黙った。
「俺と歩睦は親友同士だからなあ。普通にこれからも出かけるよな?」
「あ、うん。普通に、買い物だよ。買い物」
「こっの、鈍感ぼっちが! そいつ、絶対お前のこと……」
「え、なに?」
「心の狭いやつと付き合っていると苦労するぞ、歩睦。お前には昔からお前の事何でも知ってる奴の方がいいんじゃないかな?」
「あたしとかあ?」
なんて麗良がちゃちゃを入れてきたら、律月と敦也が同時に「「それはない」」ってはもって、顔を見合わせてから分かりやすく、ぷいっと顔を背けてた。仲がいいんだか悪いんだか分からない二人の掛け合い、僕も見ていて嫌いじゃない。
「クシュ」
冷たい風が吹いて、僕がくしゃみをしたら、左から敦也が僕の右肩を引き寄せて負けじと律月が右から僕の腰を引き寄せてる。
「離せよ。俺のアユ先輩だぞ。俺が温めるの」
「別に友達同士、肩ぐらい組むぞ」
まるでおしくらまんじゅうみたいに、両側から引っ張り合われて、なんか楽しくなってきた。
「あはは。ぼっちじゃない冬は暖かいね」
「あー。ほんと。アユ君たち見てると飽きないわ」
麗良と女子達が元気な笑い声を立てた。こういうの、悪くない。体育館裏は静かじゃなくなったけど、ボッチでもなくなった。
今日もいい天気。ブランケットで僕をぐるぐる巻きにした過保護な恋人の腕に抱きかかえられながら、僕は青空を見上げてから目を瞑り、瞼越しに降り注ぐ日差しを心地よく思った。
終




