第34話 リリナとの特訓
# 第34話 リリナとの特訓
## リリナの参加
転生三十九日目の朝。
セラが起き上がると、台所からいい匂いがしてきた。
「おはよう、セラ」
アリアだ。朝食の準備をしている。金色の髪が朝日を浴びて輝いている。
「おはよう、アリア。早起きだね」
「ええ。セラが今日も修行だから」
「昨日の融合魔法のこと、頭に残ってて」
あのフレイムウィンドとアクアストリームのこと。まだ掌に感覚が残っている気がする。
「セラは魔法のことばかり考えてるわね」
「いや、そうも……」
「ふふ、冗談よ。セラが真剣に魔法と向き合ってる姿、素敵だと思うわ」
(素敵、か。そんな言葉をかけてもらったことが前世ではなかった。——もっとも「魔法の練習に集中してる姿」という状況自体、転生しなければ一生なかったわけだが)
「アリア、私も魔法を勉強しようと思ってるの」
アリアが真剣な眼差しで言う。
「えっ、アリアも?」
「ええ。セラとリリナがあんなに頑張ってるのを見て、私も負けてられないって」
「二人で頑張ろう」
「うん、よろしくお願いします」
その時、ドアが元気よく開いた。
「あ、おはよう!」
リリナだ。手には……羊皮紙を持っている。
「おはよう、リリナちゃん」
「おはよう、リリナ。何持ってるの?」
「セラと、アリアに……相談したいことが」
リリナは箸を止め、セラとアリアを交互に見た。何かを言いたくて、でも恥ずかしさも感じているようだ。
(これは……なんか大事な話が来る予感がする)
「私は……セラと一緒に、修行したい」
「修行、って?」
「古代の修行場で。見学だけじゃなくて、私も一人前の修行生として」
(おっ、来た)
「リリナも修行、って?」
「そうなの。セラがあんなにすごい魔法を使ってるのを見て、私も頑張りたくて」
リリナの瞳には強い決意が宿っている。ただの興味じゃない。本気だ。
「でも、古代の修行場は長老の許可が……」
「もうもらった」
リリナは懐から羊皮紙を取り出した。そこには確かに長老の印章が押されている。
「長老に直接お願いしたの。セラと二人で修行できれば、お互いに高め合えるでしょ、って」
(行動力がすごい。まったく、こっちが「明日でいいか」と思ってる間に全部片付けてくる)
長老の印章が押された羊皮紙を見つめながら、セラは改めてリリナという人物のことを考えた。
最初に出会ったのは闘技大会だ。東側の集落の代表として戦い、その遠距離魔法でセラを追い詰めた。あの時の精密さは今でも覚えている。普通の風刃魔法なのに、なぜあれほど正確に当たるのか——風の流れを読む天才だ、と後から理解した。
その後、守護隊で一緒に訓練するようになって、リリナの真面目さも知った。練習では常に一番乗りで来て、最後まで残る。セラが「もう十分じゃないか」と思う頃、「まだ足りない」と言う。
(そういう姿勢が、俺に刺激を与えてくれる、か)
ライバルとして、これ以上ない相手だ。
「それは確かにその通りだけど……」
セラはアリアに視線を送った。
「セラ、どう思う?」
セラは考えた。リリナとの修行。彼女は東側の集落出身で、遠距離魔法を得意としている。闘技大会で対決し、互いに認め合った間柄。
二人で競い合えば、確かにお互いに高め合えるだろう。
「私はいいと思うよ。リリナとの競い合いは、私にとっても刺激になるはず」
「セラ……!」
「でも、甘く見てないでよね」
「もちろん! 私だって本気で来る」
「二人ともやる気満々ね」とアリアが笑う。
「私もセラの修行を見学したいし、リリナも頑張ってるなら、応援したいわ」
「分かったよ。リリナ、一緒に修行しよう」
「本当に?」
「ああ。ライバルとして、よろしく」
「嬉しい!」
朝食を食べ終えると、三人は出発の準備をした。
「水筒、持った?」
「うん、持ってる」
「おにぎりも作っておいたわ」
「ありがとう、アリア」
三人は家を出た。
森の朝は美しい。朝露に濡れた草木が、陽光を浴びてきらきらと輝いている。
「今日からは私も一人前の修行生として参加するの」
「うん、期待してる」
「長老からも基本から教わるらしい」
「基本は重要だよ」
「分かってるけど、やっぱり緊張する」
「大丈夫、リリナならできる」
(リリナのやる気は本物だ。この集中した目、見ていると俺まで引き締まる)
「セラみたいに融合魔法まで目指したいわ」
「それは高い目標だな」
「负けたくないもの」
「分かった、二人で競い合おう」
## 二人の競争
古代の修行場に到着すると、長老が既に待っていた。
三人が修行場に入ると、長老は既に的を複数配置し終えていた。手際が良い。毎日この準備をしているのだろうか。
(毎日的を並べる長老。古代エルフの末裔が、こんなに丁寧に準備してくれてる。礼儀として、全力で応えないといけないな)
「長老、今日からリリナも修行に加わります」
「知っておる。昨日、リリナから連絡を受けたわい」
「早い……」
「行動力がある娘じゃ。そういう性格は修行に向いておる」
リリナが少し得意げに口の端を上げた。セラはそれを見て、「早い……」とだけ繰り返すことしかできなかった。
(行動力。確かにリリナはそうだ。守護隊の訓練でも「言ったその日に実行してくる」タイプだ。俺は「明日でいいか」になりがちだが、その差がじわじわと出てくるんだろうな)
「おお、来たか」
「おはようございます、長老」
「うむ、セラ。そして今日はリリナもじゃな」
「はい! 私もお願いします!」
「元気があって結構」
長老は満足げに頷くと、二人の前に立った。
「リリナ、汝が修行を望むことは聞いておる。良きことだ。魔法の上達には、切磋琢磨が肝心」
「切磋琢磨、ですか?」
「ああ。互いに競い合い、高め合うこと。一人での修行も重要だが、良きライバルの存在は、計り知れない価値がある」
「セラと私が、ライバル?」
「そうじゃ。二人は共に特Aクラスの才能を持つ。互いに刺激し合えば、共に上達できるはず」
(特Aクラス。エルフ守護隊でいえばエース格だ。……まだ実感がないのは正直なところだが)
「分かりました。やります」
「私も! 负けないわよ」
修行場の中へ。
「まずは風刃魔法から復習するわよ」
「ああ、私も基本から復習する」
セラは昨日成功した融合魔法は一旦脇に置いて、基礎に立ち返ることにした。
風を感じる。
風は目に見えないが、確実に存在している。肌に触れる微かな流れ、木々が揺らされる気配。それらを全身で感じ、意識を集中させる。
「風よ、刃となれ——」
詠唱と共に、風が集まり始める。圧縮し、刃のように形成する。
「ウィンド・エッジ!」
放たれた風の刃が、的に正確に命中した。
同時に、リリナも魔法を放った。
「風の流れ、読んで!」
リリナの魔法は、風の流れを読み取り的を捉える。的確で無駄のない動き。
「二人とも良い調子じゃ」
長老が頷く。
「だが、ただ魔法を放つだけでは足らん。競い合ってみよ。二人で同時に的に向かい、より正確に、より迅速に」
「负けた方が、昼休みに的集めを務める」
「えっ、それ罰ゲーム?」
「修行の一環じゃ」
(……絶対罰ゲームだろ)
「分かりました。やります」
「私も! 负けないわよ」
「では、始めよう」
長老の合図と共に、二人は同時に動いた。
「ウィンド・エッジ!」
「風をまとえ、的を貫け!」
二つの風の刃がほぼ同時に放たれる。的に命中し、木片が散った。
「同時じゃな」
「惜しい」
「次は私が勝つ」
「まだ決まってない」
二人は何度も何度も魔法を放った。速さを競い、精度を競い、魔力の制御技術を競った。
最初は五分五分だったが、次第にセラがリードし始める。
「ちょっと、待って!」
「何?」
「ずっと速攻めばかりじゃない! もっと様々な条件で競い合うべきじゃない?」
「例えば?」
「例えば、遠距離からの精度競争」
「それは私の得意分野だけど」
「大丈夫、私も负けない」
「やってみよう」
(遠距離精度競争か。これはリリナの本領発揮だ。守護隊の訓練でも三十メートル先の標的を狙って外したことがなかった——こちらが油断したら一瞬で逆転される)
距離を取る。三十メートル先に小さな的が設置された。
「まずは私から」
リリナが深呼吸した。風の流れを感じ、的に意識を向ける。
「風よ、導きなさい」
風の刃が放たれる。繊細なカーブを描きながら、的に正確に命中した。
「すごいな、リリナ」
「次」
今度はセラの番。魔力を集中させ、イメージを描く。風の流れを利用し、的に向かって放つ。
「ウィンド・エッジ!」
風の刃がまっすぐに飛び、的に命中した。
「正確だ」
「お互い様ね」
リリナの魔法は、見る見るうちに的確になっていく。彼女は風の流れを読むことに長けており、遠距離からの精密射撃はセラと互角に渡り合える。
(これは本当にいいライバルだ。油断したらすぐ追い越される)
「競い合いは、確かに上達に繋がる」
「うん、セラと一緒だと、やる気が出る」
「同じ感覚。私も、もっと頑張れる」
「良い心がけじゃ」長老が満足げに二人を見ている。「互いに認め合い、尚且つ競い合う。それが真の修行」
「はいっ!」
「承知しました!」
## リリナの成長
昼休みが来ると、三人は休憩所に集まった。アリアが準備してくれた昼食を囲んで座る。
アリアが用意した昼食は、パンと野菜スープ、それとリリナが手作りしてきたという小さなお菓子だった。三人が並んで座り、修行場の外の景色を眺めながら食べる。
「二人ともよく動いてたね。見てて面白かった」
「アリアは余裕顔で見てたな」
「だって、本当に面白かったんだもの。二人が競い合って、どちらも諦めなくて。火花散ってたよ」
「また火花の話」
「だって本当に散ってた」
アリアが力説する。セラとリリナは顔を見合わせた。
「俺は散ってる感覚なかったが」
「私も」
「二人ともクールなのね。外から見てる私には、もっと激しく見えたわよ」
(参加者には「普通」に感じても、観客には「激しく」見える。よくある話だ。大事なのは、確かに二人とも本気だったということだ)
「でも、真剣だったのは分かった。二人ともありがとう」
「応援されると、頑張れる」
「私も。アリアに見てもらえると、なんか気が引き締まる」
リリナが素直に言う。アリアが照れくさそうに笑った。
「私なんて何もしてないよ」
「いるだけで違う。それは確かだよ」
「お疲れ様、二人とも」
「ありがとう、アリア」
「セラ、すごかったわよ」
「えっ、見てたの?」
「もちろん。リリナもすごかった」
「えへへ、ありがとう」
「二人で競い合ってて、火花が散ってたわ」
「火花って、大げさな」
「でも本当よ。二人の目が本気だったもの」
(……そうだったかもしれない。いや、そうだった。リリナに遠距離で追い越されそうになった時、本気で悔しかった。あれは紛れもなく本気の気持ちだった)
「三人で最強のチームになりたいの」
「ああ、そう思う」
「じゃあ、午後も修行頑張ろう」
「はい!」
午後の修行が始まった。今日のテーマは、リリナの新しい魔法への挑戦だった。
「見てて、セラ」
リリナが的の前に立った。その表情は真剣そのもの。
「風を螺旋に」
リリナが両手を前に出す。風が集まり始める。ただ集まるだけでなく、螺旋状に回転しながら集束している。
「ウィンド・ストーム!」
放たれた魔法は、渦を巻く風の奔流となって的に襲いかかった。的は吹き飛び、森の木々に突き刺さる。
「すごい……!」
セラは目を見開いた。
「風を螺旋状に回転させることで威力を増幅させる……その発想、賢いな」
「セラの融合魔法をヒントにしたの」
「私の魔法がヒントに?」
「風と火を融合させた時、二つの魔力が共鳴して威力が上がったじゃない。それを風単体でも実現できるんじゃないかと、考えてみたの」
「すごいな、リリナ。本当に頭がいい」
「褒められて嬉しい」
(いや、これは本当にすごい。俺のやってることを応用して、独自の魔法まで開発してる。嬉しいより若干悔しいが——それがライバルってことだ)
「まだ完成度は低いわ」
「十分すごいよ」
「私も試してみよう」
セラが的の前に立った。風を集める。螺旋状に回転させるイメージを描く。流体が渦を巻く時の構造を思い浮かべながら、風の回転に意識を乗せていく。
「ウィンド・ストーム!」
放たれた魔法は、リリナのものに似ていたが、より制御された形で的を捉えた。
「できた」
「セラは一回で成功するの」
「前世の物理の知識が役に立ったかな」
「でも、やる気が出てきた」
「それが良い」
(そう、これが本当の競い合いの良さだ。俺はリリナの発想に驚き、リリナは俺の習得速度に刺激を受ける。お互いに引き上げてる)
「新しい魔法、二人で習得できた」
「共鳴現象、学び合いの成果ね」
「これからも、お互いの新しい魔法を教え合おう」
「ええ、ぜひ」
長老が満足げに頷く。
「二人の成長は目を見張るものがある。ライバルの存在は、自分を引き上げてくれる」
## 二人の対話
夕方。セラとリリナは、休憩所で並んで座った。疲労感はあるが、同時に充実感もある。
「今日、楽しかった」
「うん、私も」
「二人で競い合うと、やる気が出る」
「私もそう思う。セラと一緒なら、もっと頑張れる」
(これ、アリアにも言われた言葉だな。俺、二人にとって「一緒にいるとやる気が出る存在」らしい。……それは素直に嬉しい)
夕陽が二人の顔を赤く染め、森全体が黄金色に輝いている。
「今日からずっと、一緒に修行したい」
「頼もしい味方だ」
「ふふ、これからよ」
二人の間に、穏やかな空気が流れる。
「セラ」
「ん?」
「私にとって、最高のライバルだ」
「……嬉しい」
「仲間としても、大切に思ってる」
「私も」
(こういう言葉を真剣な顔で言ってくれる相手がいる。それだけで、この世界に来た価値がある)
「これからも、ずっと」
「ずっと」
二人の間に、ライバル以上の絆が結ばれたことを感じる。言葉にするのは難しいが、確かにそこにある。
## 帰り道と約束
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
セラとリリナは並んで帰路についた。アリアも三人での帰り道を楽しんでいる。
「今日の修行、多くの収穫があった」
「新しい魔法も思いついたし」
「セラの風の流れを読む技術、参考になった」
「リリナの螺旋発想も、俺に刺激を与えてくれた」
「お互い様ね」とリリナが笑う。
「明日もまた一緒に修行する?」
「ええ、もちろん。セラに负けたくないから」
「负かしにくるのか……」
「そうよ。覚悟しなさい」
(いいな、この感じ。守護隊でも「明日また組み手してくれ」みたいな空気は時々あったが、今日のリリナのそれは全然違う。魔法の力、命に関わる力を磨き合う約束だ。——なのに、なぜかこんなに清々しい気分なんだろう)
「いいよ。望むところだ」
「じゃあ、約束よ。明日も全力で来る」
「ああ。俺も手を抜かない」
「それで十分」
アリアが二人の様子を見て微笑む。
「二人とも張り切ってて、いいわね」
「アリアはどうするの?」
「私は……見学続けながら、自分のペースで。でも、いつか二人と一緒に修行に入りたいな」
「それはいつでもどうぞ」
「じゃあ、楽しみにしてるわ」
三人は夕暮れの森を歩く。鳥のさえずりが遠くなり、草木が夜の色に染まり始めている。
(今日一日で、リリナとの絆が深まった。競い合いって、こんなに充実感をもたらすのか)
家が見えてきた頃、リリナが立ち止まった。
「セラ」
「ん?」
「ライバルとして、これからもよろしく」
「こちらこそ」
リリナが手を差し出す。セラはその手を握った。
「负けないわよ」
「俺もだ」
二人の握手。それは約束の証。
(握手という行為はどの世界でも同じだが——これは本物の約束だ。体の奥まで伝わってくる重みがある)
「セラ、明日は負かすから」
「望むところだ。でも今日の螺旋魔法は本当に凄かったよ」
「本当に?」
「本当に。発想が独自だった。あれは俺には思いつかなかった」
「……嬉しい」
リリナが小さく、でも確かに嬉しそうな顔をした。
(ライバルを認め合える関係、か。これが転生してきて得た、本物の宝だ)
三人は家に帰り着いた。
今日という一日が、三人の中に確かな何かを残していった。
夜、セラは自室で一日を振り返った。
今日のリリナの「ウィンド・ストーム」のこと。螺旋状に風を回転させて威力を増幅させるあの発想は、セラ自身が思いついていなかった。
(ライバルって、こういうものか。自分にはない視点を持ってる)
守護隊での訓練でも、ライバルが存在することはあった。でも、あれは勝ち負けに終始する競争だった。今日のリリナとの競い合いは違った。リリナの「螺旋」の発想をセラが習得し、セラの「融合魔法」の発想をリリナが応用した。お互いが成長している。
(二人とも勝てる競争。非零和ゲームだ。今ここに、本物のライバルがいる)
「リリナ、明日も本気で来るって言ってたな」
セラは小さく笑った。
「なら俺も、全力で答える」
布団に入り、目を閉じる。明日も修行がある。明日もリリナと競い合える。明日もアリアが応援してくれる。
(こんなに楽しみな明日が来るなんて)
「明日のリリナ、強くなってるといいな」
思わず呟く。
「ライバルが成長するのを楽しみにするって、俺には新しい感覚だ」
夜の静寂が、セラを眠りに包んでいった。




