第2話 消える魔女たち
霧都ヴァル・ロンドリアの東。
山脈の奥深く、地図にもほとんど記されない谷がある。
谷の名は
シュトレゴイカバール。
ハンガリーの古い言葉で
「魔女の村」を意味する。
谷には濃い霧が溜まり、
背の高いもみの木が空を覆い、
昼でさえ光が薄い。
この土地には、古い伝説がある。
昔、ここには邪教の民が住んでいた。
彼らは人の神ではなく、太古の神々を崇めていた。
森から。
村から。
旅人から。
彼らは女性や子供を攫い
生贄にした。
その祭壇が
村外れの台地に立つ
黒の碑である。
高さ五メートルの
八角形の黒い石柱。
表面には誰も解読できない文字。
それはまるで
人類の言語ではない何かのようだった。
古い記録によればここでは定期的に
「魔女の集会」
が行われていた。
夜。
篝火。
祈祷。
そして生贄。
この恐ろしい噂を聞いたトルコ軍は村を襲撃した。
彼らは邪教徒を皆殺しにした。
だが。
それだけでは終わらなかった。
黒の碑の近くの洞窟。
そこから現れたという。
巨大な影。
蟇蛙のような怪物。
兵士の数百人が死んだ。
最後に
祝福された鋼鉄の剣でその怪物は倒されたと記録されている。
それ以来。
シュトレゴイカバールは呪われた村
として語り継がれている。
そして現在。
再び。
この村で
怪人女性が消え始めた。
ヴァル・ロンドリア探偵事務所。
暖炉の火が静かに揺れている。
机の前で長身の男が椅子に座っていた。
細い指。
灰色の瞳。
探偵。
アレクシス・グレイヴン。
彼の前には一人の老人が座っている。
シュトレゴイカバールの村長だった。
村長は帽子を握りしめていた。
手が震えている。
「……お願いです」
「助けてください」
アレクシスは静かに紅茶を置いた。
「事情を聞きましょう」
村長は言った。
「村の女たちが……」
「消えているんです」
「一人、また一人と……」
部屋の隅で本を読んでいた少女が顔を上げた。
ミレイア
「怪人女性?」
村長は頷いた。
「はい……」
「猫耳族、翼族、蛇族……」
「すべて怪人です」
煙草をくゆらせていた男が言った。
筋骨隆々。
帽子を目深に被った男。
オズワルド
「人さらいですか?」
村長は首を振った。
「違うんです……」
「村の人間は」
「皆こう言っている」
彼は震える声で言った。
「神が」
「魔女を裁いている」
暖炉の火が
ぱちりと鳴った。
アレクシスの目が細くなる。
「ほう」
「神、ですか」
村長はさらに言った。
「しかも……」
「最近、村の空気がおかしい」
「怪人への憎しみが……」
「急に強くなっているんです」
その時。
ミレイアが小さく呟いた。
「……変」
アレクシスが見る。
ミレイアは窓の外を見ていた。
「街の感情が変」
「人の心が……」
「誰かに誘導されてる」
オズワルドが言う。
「洗脳ってことか?」
ミレイアはゆっくり頷いた。
「怪人への憎しみが」
「急激に増えてる」
「自然じゃない」
アレクシスは立ち上がった。
コートを取る。
「なるほど」
「では」
「行きましょう」
彼は微笑んだ。
「魔女の村へ」
その夜。
シュトレゴイカバール。
霧が谷を覆っている。
村の家々は
暗く静まり返っていた。
そして。
村外れの森。
一人の女性が歩いていた。
小さなランタン。
翼族の少女。
突然。
彼女の足が止まった。
遠くから。
音が聞こえる。
――ゴォォォン
教会の鐘。
重い音が
谷に響いた。
少女はふらりとよろめく。
「……あれ……」
目がぼやける。
頭が
ぼんやりする。
霧の中。
人影が現れた。
黒い服。
フード。
白い仮面。
彼らは少女を囲んだ。
「見つけた魔女だ!!」
低い声。
少女は倒れる。
意識が消える。
男たちは彼女を抱えた。
霧の向こう。
教会の尖塔。
鐘が
再び鳴る。
――ゴォォォン
谷の奥。
森の闇。
そして。
遠くの丘の上。
黒い石碑が
月光に照らされていた。
その表面の文字は
まるで
蠢いているように見えた。
そして誰も知らない。
この村ですでに古代の魔女裁判が始まっていたことを
星霧探偵事務所による
霧都ヴァル・ロンドリア探偵事件簿
『魔女裁判』事件が幕を開けた。




