第2話 現場検証
霧は夜になっても薄れなかった。
霊術師アルバート・クロウリー邸、書斎前。
規制線の向こうで記者たちがざわめく。
屋内には、魔導灯の白い光。
室内にいるのは三人。
アレクシス・グレイヴン。
ミレイア・ルーンベル。
そして、ガルム警部補。
狼貌の警部補は手袋をはめ、低く報告を始めた。
■ 事件概要(現場検証報告)
「被害者は霊術師アルバート・クロウリー」
梁から垂れる縄を見上げる。
「発見時刻は午後十時四十分。
第一発見者は娘リディア」
視線を床へ。
「書斎中央の梁から首吊り状態。
足元には転倒した椅子」
ガルム警部補は扉を指す。
「室内は内側から施錠。破壊痕なし」
窓へ歩み寄る。
「窓は封印結界。外部干渉の痕跡なし」
振り返る。
「完全密室だ」
彼は羊皮紙を広げた。
「死体周辺に強い霊気反応」
空気がひやりとする。
ミレイアの喉が小さく鳴る。
「……濃いです」
ガルム警部補が続ける。
「壁面に“怨”の文字。
血液ではない。霊気反応塗料の可能性」
机の上の紙を示す。
「遺書。自筆と思われる。
内容は“霊に取り憑かれた。償う”」
アレクシスは目を細める。
「自責の文体か」
「そうだ。だが筆圧が不安定だ」
ガルム警部補の声がわずかに低くなる。
「死因は窒息死」
一拍。
「だが首の絞め痕が不自然だ」
アレクシスが顔を上げる。
「説明を」
「頸部に圧迫痕が二重にある」
ミレイアが息を呑む。
「二重……?」
「ひとつは縄による典型的索条痕。
だがその下に、水平に近い圧迫痕」
「絞殺か」
「その可能性が高い」
ガルムはさらに続ける。
「検死医の見解では、
まず何らかの方法で頸部を強く圧迫。
その後、吊られた」
沈黙が落ちる。
「死亡推定時刻は午後九時前後」
「発見は十時四十分」
「約一時間半の空白がある」
ガルム警部補は死体の足元を指す。
「床に爪痕がない」
「首吊りであれば、通常は足掻く」
「だが床の埃は乱れていない」
アレクシスが静かに言う。
「自発的な首吊りではない」
「私もそう考える」
ガルムは頷く。
「だが問題は密室だ」
窓は封印結界。
扉は内鍵。
魔導検査でも破壊痕なし。
「霊障反応は確かに強い。
だがこれは被害者の職業上、日常的とも言える」
ミレイアが小さく呟く。
「……でも違います」
二人の視線が彼女へ向く。
「この霊気、怖がっています」
「怖がる?」
「……死にたくなかった人の感情です」
部屋が静まり返る。
ガル警部補ムが低く言う。
「つまり」
アレクシスが答える。
「これは自殺ではない他殺だ」
彼は縄を見上げる。
「幽霊がやったと世間は言うだろう」
「だが幽霊は縄を結ばない」
霧都ヴァル・ロンドリア。
怪物に戸籍がある街で。
今度は“見えない存在”が犯人とされている。
だが。
死体の首は、真実を語っている。
アレクシスは静かに宣言した。
「まず解くのは密室ではない」
「解くのは最初の圧迫痕だ」
霧の夜。
『首吊る部屋』論理の解体が始まる。




