第1話 血の歌姫
霧都ヴァル・ロンドリア。
夜になると街は濃い霧に包まれ、
ガス灯と魔導灯がぼんやりと揺れる。
その霧の中心にそびえる巨大な劇場。
ヴァル・オペラ劇場。
吸血鬼貴族たちが運営する
霧都最大の娯楽施設だった。
赤いシャンデリア。
黒い大理石の階段。
金と血の色で装飾された舞台。
夜になると吸血鬼の貴族たちが集い、
人間の芸術を楽しむ。
まるで獲物を眺めるように。
その夜。
新作オペラ
《血の王女》
初演の夜だった。
観客席には吸血鬼伯爵たち。
魔導貴族。
大富豪。
すべての席が埋まり、
開幕の鐘が鳴るのを待っていた。
だが―
舞台裏では
静かな悲劇が起きていた。
楽屋。
主演歌姫。
ソフィア・ローゼンベルク。
霧都一の美声と呼ばれる歌姫。
白いドレス。紅い薔薇の髪飾り。
鏡の前で最後の準備をしていた。
机の上には喉を潤すための
ワイングラス。
彼女は、そっとそれを口に運ぶ。
一口。
その瞬間――
胸を押さえた。
「……あ……?」
呼吸が苦しい。
体が震える。
喉が焼けるように熱い。
毒。
ソフィアは気づいた。
「誰……が……」
鏡の中で
自分の顔が青く変わっていく。
遠くで開幕の鐘が鳴る。
ゴーン……
ゴーン……
コンコン。
ドアを叩く音。
舞台係
「ソフィア様、まもなく開幕です!」
返事はない。
ソフィアは
ドアへ手を伸ばす。
だが力が抜けた。
ガタン。
椅子が倒れる。
彼女は床へ崩れ落ちた。
白いドレスの裾がゆっくりと広がる。
鏡の前。
まるで舞台の死のシーンのように。
唇からかすかな血。
そして
最後の言葉。
「……血の……王女……」
そのまま動かなくなった。
数分後。
ドアが破られる。
楽屋は
・内側から施錠
・廊下には警備
・監視魔導石あり
完全密室。
床には
倒れた歌姫。
霧都最高の歌声はその夜
永遠に沈黙した。
翌朝。
新聞が街を騒がせる。
《霧都新聞》
大見出し。
「血の王女の呪いか
主演歌姫、密室で毒殺」
星霧探偵事務所。
机の上に新聞。
それを読んでいたのは
アレクシス・グレイヴン
霧都ヴァル・ロンドリアで
最高の頭脳を持つ天才探偵。
向かいには
秘書
ミレイア・ルーンベル
共感型魔導感応体質。
人の感情を読み取る力を持つ。
そして
弟子
オズワルド・ハーゲン
驚異的なコミュニケーション能力を持つ
人たらしの青年。
オズワルド
「吸血鬼劇場で殺人か……」
「血が降りますね」
ミレイア
「しかも密室です」
アレクシスは新聞を閉じる。
そして静かに言った。
「面白い」
ミレイア
「え?」
アレクシスは窓の外を見る。
「密室毒殺」
「舞台は吸血鬼歌劇場」
「そして開幕の夜」
彼は
静かに微笑む。
「これは――」
「犯人が用意した」
「殺人劇の舞台だ」
窓の外。
霧の街。
遠くに
ヴァル・オペラ劇場が見える。
その屋根の上で一羽の黒いコウモリが
闇へ飛び立った。
霧都に新たな殺人劇の幕が
上がろうとしていた。




