第7話 黒猫実験
夜。
霧都の空には月も見えない。
魔導大学研究棟の裏口から、三人は
静かに建物へ入った。
廊下は暗い。
魔導灯は最低限しか点いていない。
オズワルドが小声で言う。
「ほんとに入るんですか?」
アレクシスは答えない。
ただ歩く。
床。
壁。
装置の配置。
すべてを観察している。
やがて階段へたどり着いた。
下へ続く石の階段。
地下。
ミレイアが小さく呟く。
「……ここです」
「黒猫の感情」
「強くなっています」
三人はゆっくり降りた。
地下研究室の扉。
鉄の扉だった。
隙間から光が漏れている。
アレクシスが扉を押す。
ギィ……
重い音。
そして。
地下研究室の光景が現れた。
巨大な実験室。
中央には
巨大な装置。
金属の円盤。
無数の共鳴管。
魔導水晶。
そして――
檻。
そこに
黒猫が何匹もいる。
「にゃあ……」
「にゃあ……」
弱い鳴き声。
ミレイアの胸に感情が流れ込む。
恐怖。
不安。
助けを求める小さな心。
「……可哀想」
彼女が呟いた。
その時だった。
装置の前にいた男が振り向く。
研究員。
細い男。
白衣。
怯えた目。
オズワルドが言う。
「誰だ?」
男は後ずさった。
「ま、待て!」
「私はただの研究員だ!」
アレクシス
「名前を言え」
男
「クロフト!」
「助手研究員クロフトだ!」
彼は必死に言う。
「違う!」
「私は犯罪者じゃない!」
アレクシスが静かに言う。
「黒猫を集めた理由は?」
クロフトは装置を見る。
巨大な共鳴装置。
魔導録音装置。
共鳴増幅器。
そして言った。
「研究だ!」
「魔力分布の測定だ!」
オズワルド
「測定?」
クロフト
「黒猫は魔力を感じる!」
「だから鳴き声を録音して」
「都市に流す!」
「すると魔力の流れが変わる!」
彼の目は狂気じみていた。
「それで霧都の魔力分布が測定できるんだ!」
オズワルドが呆れる。
「猫を使って実験?」
クロフト
「これは科学だ!」
「偉大な研究だ!」
アレクシスは冷たく言った。
「ただの動物虐待だ」
クロフトの顔が歪む。
「理解できないのか!」
「これはドクター・ハロルドの理論だ!」
その瞬間。
アレクシスの目が光った。
「ハロルドの?」
クロフトは気づいた。
言ってはいけないことを。
「……」
沈黙。
次の瞬間。
クロフトは突然走った。
「くそっ!」
奥の通路へ逃げ出す。
オズワルド
「待て!」
だがそのとき。
バチン!
火花。
装置が爆ぜた。
魔導水晶が割れる。
次の瞬間。
ボォッ!!
炎が上がる。
共鳴装置が燃え上がった。
ミレイア
「火事です!」
煙が一気に広がる。
オズワルド
「くそ!」
檻の中の猫が騒ぎ出す。
「にゃあ!」
「にゃあ!」
ミレイアが駆け寄る。
檻を開ける。
「大丈夫」
「もう怖くない」
猫たちが飛び出す。
その中に一匹。
首に鈴。
緑の目。
リリアの黒猫。
「……モルガナ」
ミレイアが抱き上げた。
猫は震えている。
アレクシスが言う。
「オズワルド」
「猫を連れて出ろ」
オズワルド
「師匠、了解です!」
彼はコートの中に猫を入れる。
数匹を抱える。
「さあ逃げるぞ!」
炎は天井に広がっていた。
装置が崩れる
魔導管が爆ぜる。
研究室はすでに
火の海だった。
三人は出口へ走る。
煙。
熱。
落ちてくる鉄管。
ミレイアはモルガナを抱えて走る。
猫たちが後ろからついてくる。
階段。
一段。
また一段。
オズワルドが叫ぶ。
「急げ!」
ついに扉を押し開ける。
夜の空気。
三人は研究棟の外へ飛び出した。
次の瞬間。
ドン!!
地下で爆発。
炎が窓から噴き出した。
研究棟の地下が燃えている。
オズワルドが息を吐く。
「……助かった」
猫たちが足元で鳴く。
ミレイアはモルガナを撫でた。
「もう大丈夫」
猫は小さく鳴く。
その時。
アレクシスが研究棟を見上げた。
燃える窓。
煙。
そして彼は言った。
「ドクターハロルドがいない」
オズワルド
「え?」
研究室には
クロフトしかいなかった。
ハロルドの姿は
どこにもない。
アレクシスの目が鋭くなる。
「つまり」
「これは」
静かな声。
「序章だ」
霧都の夜。
炎に包まれる研究棟の影で
ある天才が
静かに姿を消していた。




