第6話 不自然な管
魔導大学研究棟を出ると、夜の霧が
さらに濃くなっていた。
塔の壁は黒く湿り、街灯の光がぼんやりと滲んでいる。
オズワルドは小さく息を吐いた。
「いやあ……」
「なんかあのハロルド先生」
「普通の研究者って感じじゃないですね」
ミレイアは何も言わない。
彼女の意識はまだ研究棟の中の感情
を追っていた。
冷静。
知的興奮。
そして――
何かを隠す、冷たい意志。
そのとき。
アレクシスが足を止めた。
「待て」
オズワルド
「え?」
アレクシスは研究棟の外壁の下を見ている。
石壁と石畳の境目。
霧で濡れた地面。
そこに――
細い金属管。
オズワルドがしゃがみ込む。
「なんだこれ」
管は指ほどの細さで、壁から地面へと
伸びていた。
そして石畳の隙間に沿って
路地の奥へ続いている。
オズワルド
「水道管ですか?」
「研究棟って水使うし」
アレクシスは首を振る。
「いや」
彼は管を軽く叩いた。
カン
乾いた金属音が響く。
アレクシスの目が細くなる。
「これは」
「音の導管だ」
オズワルド
「え?」
ミレイアもしゃがむ
「音の管?」
アレクシスは説明した。
「細い金属管は」
「音を遠くまで伝える」
「しかも」
「方向を操作できる」
オズワルドが目を丸くする。
「じゃあ……」
彼は空を見上げた。
「さっきの猫の声」
ミレイアが静かに言う。
「つまり」
「鳴き声はここから?」
アレクシスは立ち上がった。
管は路地の奥へと伸びている。
そしていくつかの分岐。
街のあちこちへ。
「おそらく」
「霧都の複数の路地へ」
「音を送れる」
オズワルド
「そんな装置を……?」
アレクシス
「研究棟なら可能だ」
だが彼は腕を組んだ。
「しかし」
「まだ証明が足りない」
ミレイアが目を閉じる。
彼女の感応体質が
再び何かを拾った。
微かな感情。
小さい。
弱い。
しかし確かにある。
彼女の顔が少し青くなる。
「……感じます」
オズワルド
「え?」
ミレイア
「黒猫」
「たくさん」
彼女の胸に流れ込む感情。
恐怖。
混乱。
逃げ場のない不安。
小さな生き物たちの感情。
「……怖がってる」
震える声。
「とても」
「怖がってる」
オズワルドが周囲を見る。
「え?」
「どこにいるんだ?」
ミレイアはゆっくり研究棟を見る。
黒い塔。
高い窓。
閉ざされた扉。
「……この建物の中」
静かな確信。
「黒猫が」
「いる」
オズワルドが驚く。
「じゃあ!」
「やっぱりあの教授が」
その言葉を
アレクシスが止めた。
「結論を急ぐな」
冷静な声。
「推理には」
「証明が必要だ」
彼はもう一度金属管を見る。
音の導管。
猫の声。
研究棟。
黒猫の恐怖。
そして小さくつぶやく。
「だが」
「仮説としては」
「極めて美しい」
霧の夜。
研究棟の窓に
かすかな光が揺れる。
その奥で
誰かが
実験を続けているかのように。




