第5話 ドクター・ハロルド
【】魔導大学研究棟【】
霧都でも最も古く、そして最も奇妙な建物の一つだった。
黒い石で造られた高い塔。
壁面には古代魔導式が刻まれ、窓からは淡い魔導灯の光が漏れている。
重い扉を押すと、内部は意外なほど静かだった。
長い廊下。
壁一面に並ぶ実験器具。
ガラス管。
魔力測定器。
音叉のような装置。
オズワルドが小声で言う。
「なんか……」
「怖い研究所ですね」
ミレイアは周囲を見渡している。
彼女の感応体質が反応していた。
この場所には、強い知性の感情が
満ちている。
探究心。
興奮。
そして
どこか冷たい理性。
奥の部屋の扉が開いた。
白衣の男が現れる。
若い。
三十前後。
長身で細身。
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眼鏡の奥の瞳は異様なほど鋭かった。
男は三人を一瞥する。
そして言った。
「夜の訪問とは珍しい」
落ち着いた声だった。
オズワルドが名乗る。
「星霧探偵事務所です」
「猫のたちが消える件で来ました」
男の眉がわずかに上がる。
「猫?」
彼はゆっくり歩いてくる。
「なるほど」
「君たちが噂の」
「街を調べ回っている探偵か」
アレクシスは静かに男を観察していた。
姿勢。
声。
視線。
頭脳の速さ。
そして机の上の論文。
そこに書かれている名前。
アレクシスが言った。
「ドクター・ハロルド」
男は微笑んだ。
「ご名答」
軽く一礼する。
「ドクター・ハロルド」
「魔導大学音響研究部門」
「主任研究者だ」
オズワルドが小声でミレイアに言う。
「なんかすごそうな人だな……」
ミレイアは頷く。
「ええ」
「この人」
「とても頭がいい」
ハロルドは机に寄りかかった。
そして興味深そうに言う。
「さて」
「猫たちが消えると言ったね?」
オズワルド
「はい」
「しかも黒猫だけです」
ハロルドは指で顎をなぞる。
「黒猫」
「それは興味深い」
「実に興味深い現象だ」
アレクシスが言う。
「あなたの研究は?」
ハロルドの目がわずかに輝いた。
「音」
「音と魔力」
彼は後ろの装置を指す。
金属の円盤。
共鳴管。
魔導水晶。
「私は研究している」
「魔力共鳴音響学」
オズワルド
「え?」
ハロルド
「魔力は」
「音を持つ」
「振動だ」
彼は装置を軽く叩く。
キィン……
金属音が響く。
「音を使えば」
「魔力の動きを観測できる」
「それが私の研究だ」
その瞬間。
アレクシスの目がわずかに細くなった。
ミレイアはそれを見逃さない。
二人の天才。
静かな空気が流れる。
ハロルドがアレクシスを見る。
まるで顕微鏡で標本を見るように。
「君は探偵か」
アレクシス
「そうだ」
ハロルドは微笑んだ。
それは穏やかな笑顔だった。
だがどこか試すような笑み。
「面白い」
「実に面白い」
彼は言った。
「科学者と探偵」
「どちらが真実に近づくか」
少し身を乗り出す。
「私は研究者だ」
「謎は」
「実験で解く」
そしてアレクシスを見つめる。
「君は?空想かな」
アレクシスは静かに答える。
「推理だ」
二人の視線が交わる。
霧都の夜。
この瞬間。
まだ誰も知らない。
この出会いが
後に霧都を揺るがす
二人の天才の宿命の対決
の始まりになることを。




