第1話 夜葬ホテルの従業員
俺の名前はオズワルド。
ヴァル・ロンドリア郊外にある 夜葬ホテル で働いている。
……いや、正直に言おう。
働いていると言っても、
このホテルは周辺じゃ オンボロホテル と呼ばれている。
壁はひび割れ、廊下は軋み、雨の日には天井から水が垂れる。
本来ならとっくに取り壊されていてもおかしくない建物だ。
ホテルの外観
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だが一年前。
このホテルを、ある男が安く買い叩いた。
外から来た投資家
チョイナ国の男。
リン。
その男が思いついたのが、
この奇妙な商売だった。
「亡霊が視れる夜」
「霊が葬儀できるホテル」
つまり――
幽霊ツアーだ。
夜になるとホテルに亡霊が現れ、
最上階の祭壇では幽霊の葬儀が行われる。
怪談と葬式を混ぜたような、
妙なミステリー観光。
だが世の中には変わった奴がいるもので、
これが意外と人気らしい。
……そして俺は。
その幽霊役だ。
夕方。
古いホテルのロビーでは、従業員たちが忙しそうに動いていた。
俺は宿泊客のスーツケースを肩に担ぎながら声をかける。
「おーいイルミ、また客増えてるぞ。
今日は満室じゃねぇの?」
ベルボーイのイルミが振り向く。
まだ若いが、妙に真面目な男だ。
「そうなんですオズワルドさん。
今夜はミステリーツアーの団体客が来てるんです」
「へぇ。幽霊好きも多いもんだな」
俺は荷物をどんと床に置く。
その横でフロントのイリーナが帳簿をめくりながら言った。
「幽霊好きというより、怖いもの見たさでしょうね。
でも評判はいいわ」
料理場から怒鳴り声が飛ぶ。
「オズワルド!!」
料理長オスカーだ。
でかい腹を揺らしながら出てくる。
「客の荷物ばっか運んでないで厨房も手伝え!」
「無理無理。俺は荷物係だって」
すると廊下の奥からモップを持った男が現れる。
掃除係のゴンザレスだ。
「ハハハ!オズワルドは口だけは一人前だ!」
「うるせぇなゴンザレス。
俺はこのホテルのムードメーカーだぞ」
「それは認める」
イルミが真顔で言った。
「でも仕事はサボってます」
「おい」
ロビーに笑いが起きた。
このホテルはボロいが、
働いてる連中は悪くない。
……まぁ。
俺にはもう一つ理由がある。
ロビーの柱の横に立っている女性。
長い金髪を結んだ従業員。
キャロライン。
彼女がいるからだ。
俺は近づいて声をかける。
「よぉキャロライン」
彼女は微笑んだ。
「こんばんはオズワルド」
「今夜も幽霊役だろ?」
「そう」
俺は肩をすくめる。
「ほんとくだらねぇ仕事だよな」
キャロラインが小さく笑う。
「でもお客さん喜んでるよ?」
「布かぶってドア叩くだけだぞ」
「それでも怖いんだって」
俺は天井を見上げた。
ギシッ……
古い木材が軋む。
俺は冗談めかして言った。
「そのうちこのホテル、本物の幽霊出るんじゃねぇか?」
キャロラインが目を丸くする。
「やめてよ、怖い」
「大丈夫だ」
俺は笑った。
「幽霊より怖いのは人間だ」
そのとき。
ロビー奥の階段から男が降りてきた。
黒いスーツ。
痩せた顔。
このホテルの雇われ支配人。
ガウディー・ロンソン。
「準備はいいか」
低い声だった。
「今夜は特別な客がいる」
俺は軽く手を振る。
「支配人さんよ、安心しろ」
「俺の亡霊は一級品だ」
ガウディーは無表情だった。
「今夜の葬儀は最上階だ」
「棺桶はもう置いてある」
その言葉に、俺はふと疑問を口にした。
「なぁ支配人」
「一つ聞いていいか?」
ガウディーが振り向く。
「なんだ」
俺は言った。
「さっきゴンザレスと一緒に荷物運んでるとき思ったんだけどさ」
「やけに重くなかったか?」
一瞬。
ガウディーの表情が固まった。
だがすぐに言う。
「気のせいだ」
「古い棺桶だからな」
そう言って彼は去っていった。
俺は首をかしげる。
キャロラインが聞く。
「どうしたの?」
「いや」
俺は肩をすくめた。
「なんでもねぇ」
「ただの古い棺桶だろ」
そのとき。
夜のツアーが始まった。
俺は白い布をかぶる。
いつもの亡霊役。
廊下の灯りが落ちる。
客の部屋の前。
ドンドン!
俺は扉を叩く。
そして叫ぶ。
「ウゥゥゥ……」
客の悲鳴。
キャーーー!!
廊下に笑い声が響く。
いつもの夜だ。
いつもの幽霊ごっこ。
そのはずだった。
だが
次の瞬間。
ホテルの上階から。
今まで聞いたことのない悲鳴が響いた。
キャアアアアアア!!
「誰か!誰か来てくれ!!」
それは。
芝居じゃない。
本物の悲鳴だった。




