第11話 事件の結末と終焉
犬笛の音に導かれるように、巨大な影が現れた。
パブスだった。
狼のような黒い毛並み。
燃えるような琥珀の瞳。
鋼のような筋肉がうねり、巨大な四肢が床を踏むたび、集会場の床板がきしんだ。
村人たちは息を呑む。
次の瞬間
村人たちは膝をついた。
「神獣様だ……!」
「村の守り神様……!」
「我らをお守りください!」
まるで神を拝むように、魔獣犬パブロに頭を下げる。
パブスはゆっくり歩き、集会場の中央へ来ると、低く唸りながら座り込んだ。
グルルルル……
喉の奥で鳴る重い唸り。
獣の威圧感が、空気を震わせる。
アレクシスはその光景を黙って見ていた。
その時だった。
「もうやめてください!」
声が響いた。
前へ出てきたのは地主のひとり。
セシリア・モーレン
彼女は震えながら叫んだ。
「パブスちゃんを……!」
「これ以上酷い目に合わせないでください!」
村人たちが驚いて顔を上げる。
セシリアは胸元から古びた巻物を取り出した。
赤黒く染まった紙。
血の印がいくつも押されている。
彼女はそれを掲げた。
「これが……」
震える声。
「村の掟」
「地の血判状です。」
集会場に衝撃が走る。
アレクシスの目が細くなる。
蝋燭の光の中で、血の印が鈍く光る。
セシリアは震える声で読み上げた。
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■地の血判状 ■(ブラッドフォージ村の掟)
我ら、ヴァン・ロドリア郊外、霧深き古村ブラッドフォージの地主にして守護者は、
この血判状をもって、以下の誓いを永遠に記す。
一、村の平和と繁栄を守る誓い
我らは互いに協力し、争いを避け、村民と魔獣を問わず、共存の秩序を守ることを誓う。
二、土地と資源の公正な継承の誓い
我らは村の土地と資源を公平に分け合い、次世代へ正しく伝えることを誓う。
三、村への忠誠と防衛の誓い
我らは村に対する忠誠を誓い、外敵や無秩序な魔獣から守るため、全力を尽くすことを誓う。
■血の掟
我らの誓いを破る者には、村の掟に従い、死の裁きを下す。
裁きは、人間であれ魔獣であれ容赦なく、正統な血の判定に従う。魔獣による執行も認める。牙と爪は掟の具現である。
■永遠の証
この血判状は、我らの誓いが永遠に続く証として、代々受け継がれ、村の地と血に刻まれる。血で署名し、血で印を押すことで、掟は不変の力を持つ。
この血判状が存在する限り、村の闇は潜み、掟は生き続ける。破る者は魔獣の牙に、あるいは人の手による死の裁きを免れない。
■血の署名(自筆)
家当主 ダミアン・グレイヴァー(血の印)
長老 ガブリエル・ロウ (血の印)
家当主 セシリア・モーレン (血の印)
代表 ルパート・ダイン (血の印)
家当主 イザベラ・クロフト(血の印)
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読み終えた瞬間。
集会場は完全な沈黙に包まれた。
セシリアは涙を流していた。
そして、震える声で言った。
「私たち地主の5人は……」
「亡きアルドリック・グレイヴァーの命令で、この血判状を書いたんです。」
村人たちがざわめく。
「私たちは……村の掟には逆らえない。」
アレクシスが静かに問いかけた。
「では、ダミアンの殺人は?」
セシリアは目を閉じた。
そして言った。
「ガブリエル・ロウの指示です。」
空気が凍る。
ガブリエルの表情がわずかに歪む。
セシリアは続けた。
「パブスを操り……ダミアンを殺しました。」
集会場が騒然となる。
そして。
セシリアは顔を上げた。
涙で濡れた目。
「犯人は……」
「私たちです。」
村人が息を呑む。
「私たち4人の地主が……」
「この事件を起こしたのです。」
蝋燭の光が揺れる。
そこに立つ四人の地主。
セシリア・モーレン(55)
ガブリエル・ロウ(70)
イザベラ・クロフト(43)
ルパート・ダイン(60)
セシリアはゆっくり語った。
村の土地を巡る争い。
地の血判の掟。
そして村の土地を守るという狂った使命。
「私たちは……村の掟に従っただけなんです。」
ミレイアは静かに目を閉じた。
アレクシスは低く言った。
「村の掟は法律ではありません。」
「ただの殺人です。」
その時だった。
ガルム警部補が一歩前へ出た。
重い声。
「話は全部聞いた。」
金属の手錠が光る。
「ブラッドフォージ村の連続殺人事件の容疑で」
「四人を逮捕する。」
村人たちがざわめく。
ガルムは冷静に命じた。
「全員動くな。」
部下たちが前へ出る。
四人に手錠がかけられる。
セシリアは抵抗しなかった。
ガブリエルも、イザベラも、ルパートも。
ただ静かに連行されていく。
その時。
パブスが低く唸った。
グルルル……
だが、襲わない。
ただ主人ガブリエルを見つめている。
忠実な兵士のように。
ガブリエルは振り返り、静かに言った。
「いい犬だ……パブス。」
霧が集会場に流れ込む。
四人は夜の闇へと警察車両へと連れて行かれた。
そして。
皆、自宅の家へと戻って行く。
巨大な魔獣犬だけが、静かに村の集会場の中央に座っていた。
守り神のように。
誰もいなくなった村の集会場
静寂の中。
『地の血判』事件の物語は、こうして終わりを告げた。




