第6話 血判の騎士伝説
村の図書館は、静寂と古い書物の匂いに包まれていた。
重い木の扉が閉まると、外の風音は嘘のように消え、ランプの柔らかな光だけが閲覧室を照らしている。埃がゆっくりと漂い、時そのものが止まっているかのようだった。
アレクシスは棚に並ぶ革装丁の背表紙を見つめながら、小さく息を吐いた。
「……この匂い、嫌いじゃない。嘘が入り込む余地がない感じがする」
ミレイアが微笑む。
「埃っぽい匂い。でも確かに、ここなら真実に近づけそう」
二人は、地元で働く司書エリナ・フォスター(34)に案内され、奥の閲覧室へ入った。エリナは落ち着いた物腰の女性だが、その目にはどこか迷いがある。
「エリナさん、こんにちは。村の血判状についてお聞きしたいのですが」
ミレイアの声は柔らかいが、真剣だった。
エリナは一瞬視線を落とす。
「ああ……血判状、ですか。……それは、この村に古くから伝わる騎士伝説に関わるものです」
「騎士伝説?」
アレクシスが静かに問い返す。
「この村に騎士団があったという記録は見当たらなかったが」
「公式な騎士団ではありません」
エリナは低く言った。
「土地を守るために結成された、いわば自警の騎士たちです。争いがあったとき、彼らは自らの血で誓いを立て、血判状を交わしたと伝えられています」
「血で誓う……」
ミレイアが眉を寄せる。
「それほど強い結束が必要だった理由は?」
エリナは少し躊躇し、それから答えた。
「土地を巡る裏切りがあったのです。内部からの。だから二度と裏切りを許さぬよう、血で契約を交わした」
アレクシスの目が鋭くなる。
「裏切り者はどうなった?」
「……処刑された、と」
沈黙が落ちた。
ミレイアが静かに言う。
「その伝説が、今回のダミアンさんの死と関係している可能性は?」
エリナはゆっくり頷いた。
「直接的な証拠はありません。でも……ダミアン家で見つかった焼け焦げた血判状。あれは、ここに残る写しと酷似しています」
「写しがあるのですね」
アレクシスの声が低くなる。
「見せていただけますか」
書庫の扉が軋みを立てて開く。湿った空気と紙の匂いが押し寄せる。
奥では田中健一と渡辺恵理子が、別の資料を調べていた。
ミレイアは村の伝説集を開く。
「……ブラッドフォージ村。名前の由来は“血の鍛造”。争いの夜、血が地面に流れ、赤く染まったことから」
「血で鍛えられた村、か」
アレクシスが呟く。
「皮肉だな。誓いが村を守ったのか、それとも縛ったのか」
「これを見てください。」
ミレイアが指差す。
ページには血判状の写真。赤黒い染みが広がり、三つの誓いが記されている。
・土地を裏切らぬこと
・血を穢さぬこと
・誓いを破りし者は刑に処す
アレクシスが低く読み上げる。
「“血を穢さぬこと”……これが鍵だ」
「血を穢す、とは?」
ミレイアが問いかける。
「外部との婚姻か、裏切りか、それとも……血統の断絶か」
ミレイアの瞳が揺れる。
「ダミアンさんは、最近土地の再開発計画に関わっていたわね」
「土地を裏切らぬこと、に触れる」
アレクシスは続ける。
「ダミアン家は代々この土地の管理者だった。そして焼け焦げた血判状が発見された」
「つまり……」
ミレイアが小声で言う。
「誓いが破られた、と誰かが判断した?」
「もしくは、そう“見せかけた”」
二人は顔を見合わせる。
アレクシスがさらに資料をめくる。
「ここだ。誓いを破った家が“夜の裁き”に遭ったという記録」
「死の裁き……?」
「公式な処刑ではない。村人による私刑だ」
ミレイアの顔が青ざめる。
「じゃあ今回の事件も……?」
「騎士伝説を模倣した犯行だとすれば」
アレクシスは冷静に言う。
「犯人は村の歴史を深く知っている者。恐怖を利用している」
エリナが震える声で言った。
「では……呪いではないのですか?」
ミレイアは首を横に振る。
「呪いがあるとしたら、それは人の心にある。」
アレクシスは静かに頷いた。
「血判状はただの紙だ。だが、それを信じる人間がいる限り、刃にもなる」
ランプの光が揺れる。
古い書物の間に、重苦しい沈黙が漂った。
だが二人の瞳には、確かな光が宿っていた。
過去の誓いは、今も生きている。
だがその正体は人の意志だ。
「犯人は村の古い騎士伝説を使った。ならば我々は、伝説の裏を暴く」
書庫の奥で、ページをめくる音が響く。
村の呪われた誓いの真実は、もうすぐ姿を現そうとしていた。




