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【推理〔文芸〕21位】霧都ヴァル・ロンドリア探偵事件簿ー怪物に戸籍のある街で  作者: 虫松
地の血判

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第5話 村人たちへ聴き込み調査

ダミアン邸を後にしたアレクシスとミレイアは、霧の漂う石畳を歩いていた。


「……感じるか?」


アレクシスが低く問う。


ミレイアは静かに頷く。


「ええ。恐怖が、村全体に染み込んでいるみたい。

でもそれだけじゃない……“従順”という感情も流れてくる。」


「従順?」


「何かに逆らわないと決めている心。

……まるで、見えない主に仕えているみたい。」


アレクシスの目が細くなる。


「ならば、その“主”を探そう。」


二人は、ひとりひとり声を拾うことを決意した。


ルーカス・フェン(38)

カフェ経営者


村の憩いの場であるカフェ《ミストブリュー》。

温かな灯りとは裏腹に、客の声はどこか沈んでいた。


「いらっしゃい、探偵さん。」


ルーカスはいつもの柔らかな笑みを浮かべる。


「ダミアン氏の件について伺いたい。」


アレクシスが切り出すと、店内の空気がわずかに凍った。


「……ひどい話だね。魔獣の仕業だって皆言ってる。」


ミレイアはそっと目を閉じる。


流れ込んでくる。


恐怖。

諦め。

そして、確信。


(この人は、“魔獣だと信じたい”のね……)


「血判については?」


ルーカスの指が一瞬だけ止まる。


「……昔話さ。土地に誓いを立てる儀式。破れば……裁きが来る、ってね。」


「裁きとは何ですか?」


「さあね。」


笑っている。だが心は叫んでいる。


来る。

また来る。

ミレイアは目を開けた。


「あなたは、音を聞いたことがあるでしょう。」


ルーカスの瞳が揺れた。


「……夜の遠吠えくらい、誰だって聞くさ。」


それ以上は語らなかった。


カイル・レイナー(29)

救護隊員


赤いレスキュージャケットが玄関先に干されている。


「俺は遺体を見た。」


カイルは低く言った。


「……あれは人間の力じゃない。」


ミレイアの胸に、あの夜の光景が流れ込む。


血。

裂けた喉。

そして巨大な影。


「あなたは見たのね。」


「見た……気がする。」


「気がする?」


「霧の中に、何か……黒い塊が。」


アレクシスが問う。


「人影ではない?」


「違う。四つ足だった。」


ミレイアの胸がざわめく。


(恐怖が記憶を形作っている……でも完全な虚偽じゃない)


「あなたは、血判を知っている。」


沈黙。


「……掟だよ。」


「どんな?」


「土地を裏切るな。

祖先を売るな。

それだけだ。」


だが彼の心の奥には、もっと具体的な“像”があった。


牙。

赤い目。

月下の影。


マリアン・ベル(42)

学校支援者


玄関先には整えられた花鉢。


扉の隙間から顔を出す。


「事件のことは本当に恐ろしいわ。」


声は落ち着いている。


だがミレイアには伝わる。


怯え。

子供たちを守りたい焦り。

“あれ”を刺激するなという本能。


「血判をご存知ですか?」


一瞬だけ、感情が凍る。


「……昔の風習よ。」


「詳しくは?」


「知らないわ。」


嘘だ。


彼女の心には、幼い頃に聞いた物語が浮かんでいる。


満月。

森。

血で押された拇印。


「あなたは子供たちに何を教えているのですか?」


「掟を守れ、と。」


それだけ言い、扉は閉じられた。


アリア・ヴォーン(28)

地元不動産社員


新しい家。新しい家具。新しい生活。


「血判? ああ、迷信でしょう。」


明るい声。


だが内心は鋭い。

再開発は成功させる。

邪魔者は排除される。


ミレイアはぞくりとした。


「あなたは魔獣の存在を信じますか?」


「ええ、信じたい人は信じればいい。」


「あなたは?」


「私は利益を信じるわ。」


だがその心の奥に、ほんの小さな恐れがある。


(もし本当に裁きがあるなら……)


ジュリアン・ローク(35)

フリー記者


路地裏で煙草を吸っていた。


「面白い村だよ。」


「何が?」


「誰もが“知っている”顔をしている。」


ミレイアは彼を見つめる。


この男は恐怖よりも好奇心が強い。


「血判は実在すると思いますか?」


「実在するさ。少なくとも“信じられている”。

それが一番危険だ。」


「魔獣は?」


ジュリアンは笑う。


「もし本物なら、記事になるな。」


彼は低く囁いた。


「だがな……足跡は確かにあった。」


「あなたは見た?」


「見た。あれは……演出には大きすぎる。」


そして図書館へ


聞き込みを終え、二人は顔を見合わせた。


「皆が、知っている。」


アレクシスが言う。


「だが“語らない”。」


ミレイアは小さく頷いた。


「恐怖だけじゃない。誓いに近い感情がある。

守ると決めている……何かを。」


「魔獣か。」


「……あるいは、村の掟そのもの。」


霧の向こうに図書館の塔が見える。


「エリナ・フォスターは歴史を知っている。」


アレクシスの声は静かだが鋭い。


「血判がただの儀式か、それとも“契約”か確かめよう。」


ミレイアは胸に手を当てた。


村の感情が波のように押し寄せる。


恐怖。

従順。

そして、どこかで静かに息を潜める“期待”。


(……誰かが裁かれることを、望んでいる?)


霧はさらに濃くなっていた。


二人は、エリナの待つ図書館へと足を速めた。

村の闇は、まだ底を見せていない。

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