第3話 魔獣犬の影
アレクシスはダミアン・グレイヴァー(40)はアドリック・グレイヴァー(68)
の家にあった血判について何か知っていると思い、 ダミアン家に向かった。
彼の心には疑問が渦巻 いていた。血判とは一体何なのか?そして、それがこの事件にどのように関連しているのか?
ダミアン・グレイヴァー(40)の屋敷は、父の邸宅とは
対照的に新興貴族らしい華美さを誇っていた。
鉄門の向こうには、蒸気式噴水と魔導灯に照らされた庭園。
だがその夜、その光はどこか不気味に揺れていた。
「妙に静かだな……」
アレクシスは低く呟いた。
ミレイアは頷く。空気が重い。嵐の前のような、圧迫する沈黙。
呼び鈴に応答はない。
扉は、わずかに開いていた。
中へ踏み込んだ瞬間、鉄の匂いが鼻を刺した。
居間の扉を押し開ける。
その光景は、熟練の探偵であるアレクシスでさえ、ほんの刹那、息を止めさせた。
家具は倒れ、魔導ランプは砕け、床一面に血が広がっている。
そして中央に
ダミアン・グレイヴァーの遺体。
首は深く斬り裂かれ、喉元はほとんど切断されかけていた。
その手には、何かを掴もうとした痕跡。
だが武器は彼の背後、壁際に転がっている。
「自殺ではないな。」
アレクシスが即断する。
壁には、血で書かれた文字。
【地の血判状を忘れるな】
ミレイアが蒼白な顔で目を閉じた。
「残留思念が……強すぎます……」
彼女の瞳が淡く光る。
地の血判……
村の掟、呪い……
裁き……牙……
「牙だと?」
アレクシスが視線を落とす。
その時、使用人の一人が震える声で叫んだ。
「……足跡だ。」
血溜まりの中に、はっきりと刻まれている。
人間のものではない。
巨大な犬の足跡。
それは居間の中央から窓辺へ続き、そして庭へと消えていた。
しかも、その大きさ。
通常の猟犬の倍はある。
門外でざわめきが起こる。
駆けつけた村人たちが、窓越しにそれを見たのだ。
「まさか……」
「見ろ……あの足跡……」
「アルドリック様の……魔獣パブスじゃないのか……?」
その名が出た瞬間、空気が凍った。
パブス。
アルドリックが溺愛していた巨大、魔獣犬。
主人の死後、行方知れずになっていた。
老婆が叫ぶ。
「血判の呪いじゃああ!」
誰かが叫び返す。
「魔獣の裁きだ!」
「掟に背いたからだ!」
「土地を売った報いだ!」
ざわめきは一瞬で恐慌へ変わる。
「落ち着け!」
村長エドワードが怒鳴るが、声は群衆の恐怖に呑まれる。
「見ただろう!人間業じゃない!」
「首をあんな風に……!」
「牙だ……あれは牙だ……!」
ミレイアはアレクシスを見た。
「……本当に、魔獣なのでしょうか。」
アレクシスは膝をつき、足跡の縁を指でなぞった。
「恐怖は、常に最も単純な答えを選ぶ。」
「では違うと?」
「私はまだ何も断定していない。」
彼はゆっくり立ち上がる。
「だが一つ言えることがある。」
群衆が息を呑む。
「この足跡は、偶然ここに残されたのではない。」
ざわめきが止まる。
「見せつけるためだ。」
その言葉に、村人たちの背筋が凍る。
夜風が窓を揺らした。
庭の暗闇の奥
何かが動いたような気がした。
だが、誰も確かめに行こうとはしなかった。
ブラッドフォージ村の夜は、いよいよ深く沈み始めていた。
血判の名は、もはや噂ではない。
恐怖そのものとして、村を支配し始めていたのである。
そしてアレクシスは静かに呟いた。
「……面白い。」
その目は恐怖ではなく、
知性の光で燃えていた。
闇が濃いほど、真実は鮮明になる。
だがその闇の奥に潜むものが何であるか、まだ、誰も知らない。




