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霧都ヴァル・ロンドリア探偵事件簿ー怪物に戸籍のある街で  作者: 虫松
規制虫

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第6話 最上階の主

最上階へ続く階段は、館の他の部分とは明らかに空気が違っていた。


赤絨毯は途中で途切れ、

磨かれた木の床に変わる。


最上階のさらに上。

小さな真鍮の表札。


レオナ・グレイフォード


ガルム警部補がノックをする。


「警察だ」


間を置いて、扉が静かに開いた。


そこに立っていたのは、細身の人物だった。


中性的な顔立ち。

灰色がかった瞳。

しなやかな猫族特有の尾が、ゆっくりと揺れる。


ジェンダーの猫族。


レオナ・グレイフォード。


「ようこそ。騒がしい朝ですね」


声は穏やかだった。


部屋は広く、整然としている。


壁には建物の設計図。

古い契約書の額装。

そして暖炉の脇に、真鍮の重い燭台が一本。


床には運河を望む大きな窓。


監視塔よりもさらに高い位置。


「管理人が亡くなった件で」


ガルムが切り出す。


レオナは目を伏せる。


「残念です。

彼は少々……熱心すぎましたが」


“熱心”。


その言葉に、ミレイアはわずかな棘を感じた。


アレクシスは室内を一瞥する。


机の上に、書簡の束。


「犯行時刻、午前二時前後。あなたはどこに?」


ガルムの問いに、レオナは迷わず答える。


「自室にいました。書類整理を。私は猫の夜型ですので」


「証明は?」


「管理人との会話記録があります」


レオナは机から一枚の紙を取り出した。


通信管を使った通話記録。


午前一時四十分。


管理人のイヴァリングと短時間のやり取り。


内容は簡潔だ。


“規則強化について再考を求む”


“承知しかねる”


それが最後のやり取り。


「それ以降は?」


「連絡はありません」


レオナは肩をすくめる。


「彼は独断で規則を増やしていました。

私は所有者として、何度か制止しましたが」


その声は冷静だ。


怒りも、悲しみも、ほとんど見えない。


アレクシスは暖炉脇へ歩み寄る。


真鍮の燭台に指先を触れる。


重い。


握れば十分な質量。


磨かれているが、底部にわずかな擦れ。


彼は何も言わず、窓辺へ移動する。


窓は内側から鍵がかかっている。


足元には細い麻紐の束。


「園芸用です」


レオナが即座に説明する。


「屋上の鉢植えの固定に使います」


尾が、ゆらりと揺れる。


ガルムは帳面に記す。


「あなたと管理人の関係は?」


「雇用関係です。彼は管理人。私は建物の所有者」


淡々とした口調。


だが机の上には、最近の契約更新案が置かれていた。


“管理権限の再定義”


“規則制定には所有者の承認を要する”


イヴァリングの署名はない。


アレクシスはそれを静かに見た。


そして視線を戻す。


「あなたは、彼の規制に賛成していましたか?」


レオナは一瞬、微笑んだ。


「規則は建物の価値を守ります。ですが、過度な支配は価値を下げる」


絶妙な言い回し。


否定でも肯定でもない。


ガルムは最後に確認する。


「昨夜二時以降、この部屋を出ていないと?」


「出ていません」


即答だった。


沈黙が落ちる。


暖炉の灰が、わずかに崩れる音。


アレクシスは帽子を手に取った。


「本日はありがとうございました」


「いえ」


レオナは穏やかに頭を下げる。


三人が部屋を出る直前、尾がもう一度、ゆっくり揺れた。


階段を降りながら、ミレイアが小声で言う。


「どう思う?」


アレクシスは答えない。


ただ、ポケットの中で何かを指先でなぞっている。


細い麻繊維。


彼は何も言わない。


まだ。


だがその目は、すでに次の一手を読んでいるかのようだった。


屋根裏の扉が、静かに閉まる。


監視塔よりも高い場所。

そこにいたのは、真に“見下ろす者”だった。

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