第5話 地下室の密室
地下の石室は、昼なお暗かった。
厚い扉。
内側に落とされた鉄の閂。
窓はなく、通風孔のみ。
その構造は単純であるがゆえに、不可解だった。
ガルム警部補は腕を組んだ。
「内側から施錠。争いは少ない。
鈍器は見つからず。怪物の怪力説が最も早い説明だ」
アレクシスは答えない。
彼は通風孔の下にしゃがみ込んでいた。
金属の縁に指を走らせる。
「……擦れ跡がある」
よく見なければ分からぬほどの細い線。
さらに指先に、わずかな繊維が絡む。
「麻製のロープだ」
ミレイアが驚く。
「通風孔から?」
「そうだ。だが侵入ではない」
彼は立ち上がり、閂を調べる。
鉄の棒に、極小の摩耗。
「閂に結び目をかけ、外から引いた。
扉を閉めたあと、通風孔越しにロープを操作して閂を落とす。
そしてロープを引き抜く」
ガルムが目を細める。
「それなら、外側から施錠できる」
「密室は偽装だ」
地下室の構造は単純だった。
ゆえに、単純な仕掛けで足りる。
怪力は不要。
怪物でなくても可能。
アレクシスは遺体の検視報告書を広げる。
「死因は後頭部の強打。
即死に近い。争う時間はなかった」
背後からの一撃。
不意打ち。
凶器は現場にない。
「持ち去られている」
ガルムが低く言う。
地下室内には血痕が最小限しかない。
打撃後、犯人は冷静に動いた。
アレクシスは、丸められた管理規約を取り上げる。
「これも妙だ」
紙の繊維に唾液は少ない。
「死後に押し込まれている」
ミレイアが顔をしかめる。
「侮辱……」
「象徴だ」
イヴァリングの口に、彼自身の掟。
それは宣告ではない。
処刑。
沈黙が落ちる。
ガルム警部補は地下室を見回す。
「凶器がない。ロープもない。
指紋も決定打がない」
「犯行後に持ち去られた。
そしてそれが可能なのは、館内を自由に動ける者」
アレクシスの視線が扉へ向く。
館の住人全員に動機がある。
だが密室は破れた。
怪物でなくても可能。
その事実は、疑いの向きを変えるはずだった。
だが館の空気は違った。
廊下ではまだ囁きが続いている。
「影喰いなら……」
「半狼人なら……」
人は、単純な答えを好む。
異形という答えを。
アレクシスは静かに言う。
「怪物は便利な仮説だ」
「だが、便利な仮説ほど危険だ」
彼は地下室を出る直前、もう一度振り返った。
石床。
閂。
通風孔。
すべては整っている。
あまりにも整いすぎている。
「計算された密室だ」
霧が階段を這い上がる。
密室は解けた。
だが犯人は、まだ見えない。
そして凶器もまた、館のどこかに消えている。




